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暮らしのサウンドスケイプ

2016年8月12日 暮らしのサウンドスケイプ

四季を告げる鳥の声 1 暖かな季節の鳥たち

著者: 三宮麻由子

銅版画・オバタクミ

 俳句を作るとき、私は音で聞こえる季語を中心に探しがちになる。中でも、鳥の声は細やかに季節の進行を音に訳してくれる。今回と次回は、暖かな季節から順に、四季の鳥の声をたどってみよう。
 春は、(さえず)り(鳥の鳴き声用語ではソング)と呼ばれる雄の求愛特有のフレーズが多く聞かれる。囀りの代表格であるウグイスは春告げ鳥と呼ばれるほど春と結び付けられているが、私の住む東京ではシジュウカラのほうがずっと早く囀りはじめる。早いときは一月半ばごろから、チチンプイ、チチンプイと聞こえるフレーズを歌い出す。春よ来い、春よ来いと魔法をかけているかのようだ。チッチャイチッチャイと聞こえるリズムで鳴くのもいる。「ぼくは小鳥、ちっちゃいんだよ」と自己紹介しているみたいでかわいらしい。
 この声がだんだん堂に入ってきて、チチチュイチチチュイと8ビートで鳴いたり、チーピーチーピーと息の長い二拍子になったりと日々多彩さが増してくる。地鳴きと呼ばれる普段の声にも、シーシーシーという細く畳み掛ける声が多く混じり、囀りたくて仕方がないというモードを感じる声になる。だから私にとっての春告げ鳥は、ウグイスでなくシジュウカラである。
 メジロは二月半ばくらいから囀りモードになるようだ。梅の香りが街にも溢れ、時折沈丁花の香りが混じり出すころ、暖かな晴天になるとメジロが囀りはじめる。チイーという呼びかけとチリチリという地鳴きより大きな声で、チルチルチル・チユチユ・リリリ・ジュウー・チリリリリと長く早口なソングを歌う。
 小川洋子氏は、小説『ことり』のなかで、メジロの囀りを「透き通った声で編まれたレース」と表現しておられる。一足先に鳴きはじめるシジュウカラは一度囀り出すと多少天気が悪くてもノリノリで歌っているが、メジロは人間でもちょっぴりボーッとなりそうな穏やかな日和でないと囀らない気がする。日本で一番小さな鳥の一つであるメジロたちが安心して歌える条件は、シジュウカラより厳しいのかもしれない。メジロたちが歌い出すと、私もなんだか安心する。彼らは二番手の春告げ鳥だ。
 晩春から初夏は各種雛鳥の声が楽しい。電柱や屋根のどこかでシリシリ、シリシリと控えめでかすれた声がしたら、スズメの雛である。巣の入り口から身を乗り出して親を呼ぶツバメの雛は、やはりかすれているが派手な声。雨戸の戸袋から騒々しい声がしたら、ムクドリの雛かもしれない。
 私が一番楽しみなのはシジュウカラの雛だ。シシシシシーと二音の和音で鳴く。巣立ったばかりの雛は、近くで「シシシシ」と話しかけると返事してくれることがある。口笛より、優しい声でシシシシと言うほうが通じ易いようだ。水辺もカモなどの雛で賑やかだ。
 大地と水のエネルギーを一身に受けて生まれてくる雛たちの声は、笑顔と元気をくれる春の贈り物である。

 夏の鳥は山や川が面白い。初夏の楽しみはクロツグミ、キビタキなど愛らしいソングの小鳥。
 梅雨の季節には、夜鳴く鳥も要チェックだ。本州に渡ってきたばかりのホトトギスが夜中の谷を鳴きながら往復している声はかなり恐い。
 山奥の温泉宿では、夜中にトラツグミ(ヌエ)の声が聞けることもある。気味悪いという聞き方もあるが、日本野鳥の会の創始者中西悟堂氏が書かれているように、その声は透明で美しい。純粋な一音が微妙に揺らぎ、高音と低音を組み合わせて鳴く。まるで夜の神が電波でシグナルを送っているかのようだ。
 俳句では夏に囀るウグイスを老鶯(ろうおう)と呼ぶ。ベテランの域に達した夏ウグイスの声には名人芸を思わせる貫禄がある。同じウグイスの仲間では、草原のジャズシンガーと呼ばれるコヨシキリや、仰々子(ぎょうぎょうし)の異名で知られるオオヨシキリが、思わず噴出しそうな早口の見事なアドリブでアシ原を賑わせる。
 夏の広々した山河を声で味わわせてくれる鳥たちもいる。広い川原を上下に飛びながらヒッヒッと鳴くセッカの声を追っていると、その反響の範囲と声の上がる高さから、大地の広さと空の高さを同時に感じられる。
 ヒバリは春の季語だが、声の広がりを聞くなら夏ヒバリのほうが適していると思う。夏ヒバリが聞けるときは天候が安定していて、声の位置を正確に追える。春のように霞の湿度によって音が吸い取られたり風で散乱しないからだろう。地面付近からまっすぐに声が上がり、放物線を描きながら空へと上り、高みで一頻り囀ってから降りてくる。息もつかずに鳴き通す声は縦横に広がり、空の奥と地表に同時に到達する。上下左右に響く彼らの声は、耳だけでなく心の視界を地平線まで開いてくれる。
 暖かな季節は、聞こえる鳥の声が多彩で、ソング中心のため聞き分け易い。彼らの声の只中に身をおいていると、命という球体のなかに包み込まれたような気持ちになる。天地に響く彼らの声は、この世界の壮大さを余すところなく聞かせてくれるのである。

(「考える人」2015年夏号掲載)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

三宮麻由子

さんのみやまゆこ エッセイスト。東京生まれ。4歳で病気のため光を失う。上智大学大学院博士前期課程修了(フランス文学専攻)。処女エッセイ集『鳥が教えてくれた空』で第2回NHK学園「自分史文学賞」大賞、『そっと耳を澄ませば』で第49回日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。『空が香る』、『ルポエッセイ 感じて歩く』など著書多数。通信社勤務。

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