大変暑かった夏に、ようやく終わりが見えはじめた。退院して早5ヶ月、すっかり体調も回復して通常の生活に戻りつつある。しかし周囲からは、若干飛ばしすぎだからもうちょっとゆっくりしなさいと何度も言われ、正直、腹が立っている。めちゃくちゃスピードが出る高性能自転車を苦労してようやく手に入れたというのに、「それはあなたが苦労して手に入れた自転車だけれど、スピードを出さずに時速10キロぐらいで走りなさい」と言われている気分である。無理や。そんなの無理や。こんなにいい自転車があるっていうのに、何がうれしくてゆっくり走らねばならないのだ! 毎日、たた漫然と自転車を磨いていろと言うのか。部屋に飾って眺めておけというのか。事故ってもいい。また壊れてもいい。痛い目に遭うのは私だから、自由にさせて欲しい。思い切り走らせてくれ! どこまでもまっすぐ! もう無理だというほどスピードを出して、風を切って走りたい。どこまでも、どこまでも。美しい景色を、飽きるほど見たい!

 なにせ、うれしくてたまらないのだ。今までできなかった様々なことが、どんどんできるようになる強い喜びが、私をすっかり変えてしまった。今までの人生は、一体なんだったのだ? あの強い疲労感をどうやってやり過ごしていたのだ!? 鉛のように重い体を引きずって、私は一体なにをやっていたのだろうと、ふと考えてしまう。ああ、悔しい! 時間を巻き戻したい! 本当にバカだねえ、早く気づいて病院に行っていればよかったのに……と、昔の自分に言ってやりたい。しかし、そんなちっぽけな後悔など瞬時に吹き飛んでしまうような強い幸福感が、今、私の心を占領している。

 その強い幸福感は、自分を取り戻した幸福感である。自分の人生を再びこの手にした幸福感である。目に映るものすべてが新しく、美しく見える。この両手を伸ばして、触れ、そして自分の思うままにできる。そんなものごとが格段に増えた喜びがあまりにも強く、圧倒されてしまう。この幸福をなんと表現すればいいのだろう。私は生まれてはじめて、本当の意味で自由になった気がするのだ(ちなみに先日48歳になりました)。長い間身につけていた重い鎧を、何かのきっかけですべて脱ぎ捨てたかのような解放感がある。は~、すっきり!

 なにせ、空気を胸いっぱいに吸い込むことができる。何をしても息切れがしない。全身が痛むほどの疲労感を、これっぽっちも感じない。それだけで、たったそれだけで、ここまで人生は変わるのか。シビアな闘病をしたような気もちらりとするが、その記憶はすっかり薄れ、今となっては「ビワイチ(琵琶湖を一周すること)をやりたい」、「知床に行きたい」、「小屋を建てたい」、「ランニングをしたい」と、連日夢は膨らむ一方である。

 子どもたちは唖然としている。退院直後は「これからはずっと家にいるからね。安心していいんだよ、ウッウッ……」とうっすら目に涙を溜めてやさしく言っていた母親が、「冷凍庫にたこ焼き入ってるから! ほな、さいなら!」と出て行ってしまうのである。家に残された夫と子どもたちと犬が唖然としても無理はない。私は私で、アハハ~と笑いながら、好きなところに出かけていく。私は自由だ。どこまでも自由になることができたのだ。まともに動く心臓を、生まれてはじめて手に入れたのだ!

 病気が治ることで私が得たのは、健康だけではなく、自由な心だった。そしてなによりうれしいのは、自分自身を取り戻すことができたことだ。この感覚をうまく説明するのは難しい。でも、今までは家族のことで埋め尽くされていた私の心には、今は自分自身が常にいて、すっかり満室状態だ。そして、その状態が与えてくれる安心感は、とてつもなく大きい。私のもとに、私が帰ってきた。やっとのことで帰ってきてくれたのだ。

 だから、私は今、とても幸せだと思う。今までその存在をすっかり忘れてしまい、ないがしろにしてきた自分を取り戻すことができて、とても幸せだと思う。

 悩みがあるとすれば、仕事がまったくはかどらないということだ。毎日意味もなくうれしくて、何をしていても笑いが止まらず、なかなか作業が進まない。頭のなかに思い浮かぶフレーズは、楽しい、うれしい、最高! と、わが家の小学生男児と同じようなレベルである。浮かれていると思われてもいい。この状態を有頂天と呼ばずして、なにがそうなのだろう。

 指の間からこぼれ落ちそうになっていたものを、なんとか失わずに済んだ。また落とすのではないか、またすり抜けていくのではないかという不安がないわけではない。しかし、その時は、その時だ。再び、進むべき道を考えればいい。遠い場所にあると思っていた死は、気づいた時には自分の真後ろにいた。しかし、幸運であれば、その存在から一時的であれ逃げることはできるはずだ。今はそう考えている。

 ということで、今月からは以前と同じように、いつもの「村井さんちの生活」がはじまります。心配してくださった読者のみなさま、本当にありがとうございました。そして、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。