小さな写真だけが頼りの、ほとんど何も知らない少年との細々とした手紙のやりとりが続いて一年が経った。きっかけは、生活習慣を改め、酒を辞めたことだった。それまで長年にわたって費やしてきた酒代がまるごと浮いたので、それで何か新しいことでもやろうと思いつき、紆余曲折あり、最終的にルワンダの少年と文通することになったのだ。人生何がどう転ぶかわからないとは、まさにこのことだ。
白くて厚めの紙に鉛筆で書かれた、丸い文字。その横に、イラストが数点描かれている。お元気ですか、お手紙ありがとうございますというシンプルな文面が多い。イラストは竹のカゴとか、枝三本とか、コップとか花とか、こちらもシンプルだ。でも、いつも色鉛筆で丁寧に色を塗ってある。その薄い色合いを見ていると、机に向かう少年の姿が見えるようである。
一方私は、日本の学校のことや日本での生活について短く手紙に書き、日本の風景写真や年齢が近い息子たちや犬の写真を同封して、送っている(手紙は短く書くよう心がけている。書き始めると何かと長くなりがちだから)。ただそれだけのことなのだが、自分で予想していた以上に、心躍らせながら返事を出していると思う。あまりに頻繁に返事を出しすぎて、怖がられないかと不安になるほど前のめりである。なぜだろう。自分でもよくわからない。行ったこともない遠い国に住む少年が、毎日学校にちゃんと行っているかどうか、母と二人暮らしという家庭で、どのように日々過ごしているか、ぼんやり考えたりする始末だ。
去年の年末に届いた手紙では、クリスマスに教会の礼拝に行くのをとても楽しみにしているとあり、いつもより少し長めに返事を書いてくれていた。クリスマスの一番の楽しみが教会での礼拝と書いた少年の思いに心を打たれ、「素敵なクリスマスになるといいですね。あなたが好きかどうかはわからないけれど、カードを送ります。開くと音楽が流れますよ」と手紙に書いて、音が鳴るカードと小さなプレゼントを選んで同封した。
一ヶ月ほど経過して、見覚えのある封筒が届いた。大慌てで開き、ポストの前で立ったまま読んで、もう一度最初から読み返した。足元に犬がじゃれついてくるのも無視して、何度か文字を追った。もちろん少年からの手紙で、便せん二枚を使って書いてくれていた。クリスマスカードとプレゼントはちゃんと届いたらしい。とても気に入ってくれたらしい。そして、「僕も母も元気です。毎日楽しく学校に通っています。またお手紙を下さい」と書いてあった。
「またお手紙を下さい」 確かにそうあった。
あの遠い国まで私の手紙はちゃんと届いている。少年は、日本という国から届く封筒を少しは喜んで開いてくれているだろうか。私が送った小さなプレゼントを見て、少年は何を感じたのだろう。クリスマス礼拝は素敵だっただろうか。クリスマスディナーはどんなメニューだったのだろう。詳しくは書かれていなかったけれど、いつもより長い文面からは、クリスマスを迎える喜びと、そして私への親しみのようなものがわずかに感じられた。少年からの手紙を握りしめ、仕事部屋まで走り、引き出しの中に丁寧にしまった。そして急いで便せんを取り出し、数行書いて、とりあえず春までは待とうと思いとどまった。桜の写真を同封したかったからだ。
結局私は、少年だけではなく、彼の母にも心を寄せているのかもしれないと気づいた。私が少年から届いた手紙を開封する瞬間の、あのささやかな喜びを、少年の母も私の手紙に感じてくれていればと願うのだ。私が少年の成長を見て喜び、安堵するように、私の手紙が、遠い日本という国に住む二人の少年の成長を垣間見る瞬間を、少年の母に届けることができていたらうれしい。私の書棚に少年と母の住む国に関する書籍が何冊も増えたように、私が住む国のことも、二人に少しでも伝わってほしい。
彼が青年になったとき、そういえば昔、日本から手紙や写真を送ってくれた人がいたっけなあと思い出してくれるぐらいでちょうどいい。私も、そういえばあの少年は、今頃何歳になっただろう、そろそろ大学に行く頃かなあなんて、そう思う日が来るのだろう。
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村井理子
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 村井理子
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むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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