14. 「当たり前」を疑う――ケーキの話をする人、スポンジがない人
著者: 桜林直子
悩み相談やカウンセリングでもなく、かといって、ひとりでああでもないこうでもないと考え続けるのでもなく。誰かを相手に自分のことを話すことで感情や考えを整理したり、世の中のできごとについて一緒に考えたり――。そんな「雑談」をサービスとして提供する“仕事”を2020年から続けている桜林直子さん(サクちゃん)による、「たのしい雑談」入門です。
雑談の仕事をしている中で、「自分がこれをできるのは、当たり前ではなくて、単に得意だからなのだな」とわかることがある。
たとえば、優先順位をつけること。わたしにとってそれは、いちばん先にやることで、それをしないと一歩も先に進まない。「何を大事にするか」がわからないまま行動を決めることはない。優先順位をつけようと思ってしているというよりは、それなしでは進め方がわからないのだ。
しかし、優先順位をつけるのがむずかしいという人がたくさんいる。どうやって決めたらいいかわからないと言う。そんな人たちの話をよくよく聞いてみると、見えてくるものがある。
「なにかを決めるときに、どうやって決めているの?」
「決めるために考えていると頭の中に出てくるのが、『これであってる?』と心配する声です」
「あってるかどうかは、考えたらわかるの?」
「わからないです。だからずっと確信が持てなくて、決断に自信がないんです」
「あってるかどうか、どこに正解があるイメージなのかな?」
「うーん、正解かどうかは先に進まないとわからないので、事前にわかると思っているわけではないんだけど、間違えたくないという気持ちがつよいんですかね」
なるほど。自分の行動に「これであってるか」どうか心配になるのは、正解が自分の外側にあると思っているということで、それを間違えたくないのだと。その考え方で自分の行動を決めようとしても、なかなか決められないし、決めたとしても不安や心配でいっぱいになるのは当然だ。
「これであってるか」を優先してしまう人
わたしが優先順位をつけるとき、「これであってるか」どうかを気にしたことはない。先ほどの雑談のお相手が言っていた通り、先に進まないとわからないからだ。そんなことより、「こうしたい」が何より先にあった。
「こうしたい」と言っても、わたしの場合、なにかポジティブなことを目指す願いではなく、とにかく目の前に具体的な困りごとがあって、それを解決するための、マイナスをゼロにするための「こうしたい」だった。どちらかと言うと「なにはなくともこうしないと話にならん」という感じでもあった。
ともあれ、自分がどうしたいか。そのために何をすればいいのか。それだけを考える。やり方や進み方の選択で迷うことがあっても、「こうしたい」という目的に近づくやり方はひとつしかないわけではないので、やってみた結果違ったとしても「間違い」ではない。他のやり方に変えればいいだけだ。
自分の欲求を正直に出すのが先で、やり方はその後。結果はもっと後で、始める前にはわからない。わたしにとってはそれが当たり前の考え方で、実際にそうしてきたが、そう思えない人がいる。
「こうしたい」を抑えて後回しにし、外側に正解があるのではと探していたら、自分の欲求を素直に出すことすら難しくなってしまうだろう。
確実な結果が先にわかっていないと、怖くて行動できない。だから決断も行動もできずにきてしまった。しかし、このままではまずい気がする——。そう言ってわたしのところに雑談をしに来てくれる人が多くいるのだ。
考え方を否定する前に背景を知る
うまくいかないやり方は変えた方がいいし、そのためには捉え方や考え方から変えられるといい。そういうとき、今までの自分の考え方をただ否定するのではなく、その考え方を持つようになった背景から観察する。
「自分からはこう見える」というのは事実で、それをなかったことにするのはむずかしい。その背景にある経験や価値観をよく知って、「だからこの考え方になったんだね」と認める段階が必要だ。その後で、今はそのやり方ではうまくいかないのであれば、意識的に考え方を変えてもいい、変えた方がいいと自分で認める。
時間がかかるかもしれないが、この段階を踏まないと、「頭ではこうしたほうがいいとわかっているけどできない」という状態に陥りやすい。
何であれ、当たり前のようにできる人が、様々な理由でできない人にやり方を教えるとき、表面上のやり方だけを「こうすればいいだけだよ」と言っても、なかなか伝わらない。一度もっともっと手前に戻って、「なぜできないか」を一緒に知る必要があるとわたしは思う。
ケーキの味の前に、スポンジの土台がない
Podcast「となりの雑談」で、ジェーン・スーさんと雑談しているときにも、この「もっと手前」という話がよく出る。
たとえば、仕事の選び方について話していて、スーさんが「仕事は、自分が得意なことをするのがいいよね」と言ったとき、わたしが「それはそう。間違いなくそうなんだけど、『仕事は嫌なことをするからお金をもらえる』と考えてしまう人もいるんだよ」と言うと、スーさんは「えー! そんな人いるの? なんでそんなふうに思っちゃうの? ぜんぜんわかんない!」と驚く。
たしかに、そんなふうに考えてしまうのはよくない。絶対に良い方へ行けない。それはわかる。わかってはいるが、それでも、かつて自分がそうだったように、自然に生きてきたらそう思い込まざるを得なかった人がたくさんいる。
ケーキの話をしていて、一方はケーキの味やデコレーションについて話しているが、もう一方にはそのケーキの土台となるスポンジがない。会話の中で、そういうことが起こるのだ。
ケーキの味やデコレーションについて、まったくわからないこともないし、その話をするのは間違いだとも思わない。むしろ、きっと正しいのだろう。しかし、こちらはスポンジケーキから作らないといけない。まだその段階では、味やデコレーションの話はできない。
子どもの頃に親に見守られ、邪魔されることなく自分のスポンジケーキを作り上げることができた人は、全員がひとりひとつのケーキの土台を持っているのが当然だと思ってしまう。しかし、作っても作っても大人をはじめとした周囲に壊され、ケーキの土台を持つことを許されなかった人が、残念ながらたくさんいる。何度作ろうとしても壊されるので、いつしか諦めて、土台がないまま育つことになる。そういう人たちにとって、しっかりとした土台がある人の考え方や行動は、自分とはまったく違うものに見える。いいなあ、すごいなあととても眩しく感じる。
子どもの頃は、自分にケーキの土台がないことに気がつかないが、成長の過程で、自分にはないものを確実に持っている人がいるのだと知る。そして、性格や個性の違いだけではない、自分は何かが人とは違うと感じていた違和感の正体を知る。
スポンジケーキを自分で作る
自分の圧倒的な不足を知って、どうにかならないものかと考える。しかし、スポンジケーキは一体何でできているのか、どうやって作ればいいのか、そこからわからないのだ。
途方に暮れる。持っている人に聞いても、意識的に作ったものではないので、作り方はわからない。というより、何の話をしているのかさえわからないことが多いだろう。
ここで、「ないのだから仕方がない」と諦めてしまうと、「ある人」と「ない人」をくっきりと分け、「ない人」側に立って、「ある人」を自分とは違う特権のある人間だとして扱うことになる。自分はそれにはなれないし、「ない」ことをアイデンティティとすることになる。
そうした方が楽かもしれないし、どうやっても「ある人」になれる気もしない。わたしもそう思っていたが、そこで「疑う力」を発揮した。
「本当にそうなのかな? 自然にはスポンジケーキの土台を持てなかったけど、それは自分のせいじゃない。それなのに、『ない人』として生きていかないといけないのかな? イヤなんだけど!」と。
そうして、わたしはスポンジケーキの材料や、作り方を研究し、実験をした。
身近な大人に愛されてのびのび育った人のスポンジケーキを観察した。まずはじめに必要な材料は、「素直さ」だった。どうしよう、素直さ、持ってない。
素直さは、あとから手に入れることはできるのだろうか。もう30代(当時)だけど、可能だろうか。半信半疑ながらも、素直な人の真似をしながら、練習に練習を重ね、成功体験から少しずつ身につけることができた。
自然に持ちあわせた素直さを「ネイティブ素直」だとすると、わたしのは後天的に意図して作られた「クリエイティブ素直」だ。持っていなかったけど、素直は、作れる。
自分の欲を知り、地面に這い上がる
素直さの練習をしていて、いちばんの課題だったのが、これもまたスポンジケーキの作り方に大いに関わる「自分の欲を知る」ことだった。
欲は勝手に溢れ出るものだという人からすれば、何のことかわからないと思うが、スポンジの土台が作られなかった理由のひとつに「自分の欲を後回しにし、抑えないといけなかった」というのがよくある。そうしたくてしたわけではなく、環境から、そうせざるを得なかったのだ。
まずは、欲を抑えている蓋を見つけなければいけない。見つけたら、それを少しずつでも剥がさないといけない。その蓋は、かつて自分を守るためにできたものがほとんどだろう。だから、やめるには時間がかかる。しかし、今はもう必要がないなら、その方法はもうやめてもいいよと許可を出す必要がある。
蓋を剥がして自分の欲を知らないと、素直に「こうしたい」と願うことはできないからだ。
こうして書いていても、スポンジケーキを作るにも、材料を集める手前にやらなければいけないことがありすぎて、道のりが長すぎるなと気が遠くなる。
それでも、この工程を避けては通れないのだ。他の人たちにとって「頑張る」とは、ケーキの味をよくすることだったり、素敵なデコレーションを施すことだったりするかもしれないが、かつてのわたしにとっては、このスポンジケーキを自力で作ることだけが「頑張る」べきところだった。
地面の上で上手に走る方法を知る前に、土の中から自力で地面に這い上がることを頑張らないといけないのだ。チャレンジができるのはしっかりした土台があるからで、失敗しても死なないと思えるからだ。土の中で同じようにチャレンジしても、飛ぶことはできず、さらに埋まってしまうかもしれない。一旦、土から出て自分の足で地面の上に立たないといけないのだ。
「当たり前」を疑い続ける
先日、「となりの雑談」のイベントの中で、ジェーン・スーさんが「自分にとってつらい出来事があったときはめちゃくちゃ落ち込んだけれど、時間が経ったら自然に浮上してきた。その経験が『つらいことがあっても自分は起き上がれる、大丈夫だ』という自信につながっている」という話をした。今度は「えー! そんな人いるの?」とこちらが驚く番だった。
対してわたしの自信は「小さな“やってみた”」の積み重ねでできていると話した。時間とともに自動的に浮上したことなど一度もない。何もしなければ土の中から足を掴まれて引きずり込まれてしまう。どうにか立ち上がるために、意思を持ってひとつひとつ「やってみた」「できた」という経験から、少しずつ上がってこられた。
わたしのスポンジケーキの土台は、大人になってから意思のみで作られたもので、もしかしたら子どもの頃に作られた人のそれとは決定的に材料が足りないのかもしれない。
わたしが土の中から地上に上がり、ようやく自分の足で立つことができたのは30代のことだから、今でもまだ自分に土が付いている時もある。
まだまだこれからも「当たり前」を疑い続けないといけない。
*次回は、2025年1月22日水曜日更新の予定です。
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桜林直子
1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキーショップ「SAC about cookies」を開店。noteで発表したエッセイが注目を集め、テレビ番組「セブンルール」に出演。20年には著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)を出版。現在は「雑談の人」という看板を掲げ、マンツーマン雑談サービス「サクちゃん聞いて」を主宰。コラムニストのジェーン・スーさんとのポッドキャスト番組「となりの雑談」( @zatsudan954)も配信中。X:@sac_ring
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 桜林直子
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1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキーショップ「SAC about cookies」を開店。noteで発表したエッセイが注目を集め、テレビ番組「セブンルール」に出演。20年には著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)を出版。現在は「雑談の人」という看板を掲げ、マンツーマン雑談サービス「サクちゃん聞いて」を主宰。コラムニストのジェーン・スーさんとのポッドキャスト番組「となりの雑談」( @zatsudan954)も配信中。X:@sac_ring
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