夫の話によると、義父、物盗られ妄想が始まっているらしい。私は昨年末に発生したメンタル崩壊大事件「おとうちゃんを捨てないで」以来、義父には一度も会っていないので実際に見たわけではないのだが、ほぼ毎週、グループホームに面会に行っている夫曰く、「親父、実家の物が盗まれるとか、盗まれたって話ばかりするんだよなあ」ということだ。
「それは物盗られ妄想が始まっているんじゃないの!?」と、若干、ワクワクして私は答えた(そしてメモした)。夫は「そうかもしれない、あのしつこさは」と言った。ただでさえ粘着質な性格なのに、今度は物盗られ妄想でしつこいだなんて最悪だ。とんだトリモチ野郎だなと私は思ったのだが、夫には言わないでおいた。
最近、とある有名介護系YouTubeチャンネルをよく見ているのだが、登場する認知症の父親と母親の二人に物盗られ妄想があり、介護をしている娘さん(チャンネル管理者)が、非常に苦労している。その様子を動画で詳細に報告する。物盗られ妄想がエスカレートしていく様子がわかり、背筋がぞっとする。大変そうで心配になるが、これほど貴重な記録もあまりないと思いつつ、視聴している。
物盗られ妄想というのは、強い怒りのエネルギーを持つ妄想で、本人はそれが真実だと思っているため、警察への通報なんていとも簡単にやってしまうし、「あいつが盗んでいる」と決めつけた相手(しばしば、介護者である)に対する口撃は、大変激しいものになる。個人的な意見だが、認知症に伴う症状のなかで、介護者にとって最も辛い症状だろう。私も義母からその疑いをかけられたことがある。わが家の電話は鳴りっぱなしだった。私は粛々とメモを取り、いきいきとした表情で原稿に書けたからよかったものの、そのような手段がない場合は、ただただ、辛いだけだろう。
義父に物盗られ妄想が始まったとなると、たぶん、浮気妄想だとかその他の妄想も始まるな……と、若干、面倒くさ〜と思いながら、覚悟した。まあ、本人はグループホームにいることだし、職員さんもそのあたりは私なんかよりずっと詳しいはずだし、慣れているだろう。義母のときのような、例えば親戚に電話されたり、税理士に電話されたりなんてややこしいことは起きるわけがない……しかし……。
これは本当に正直に書いていることなのでご容赦願いたいのだが、ちょっと待って、この先、まだまだ紆余曲折ありそうじゃない? と、私は思ってしまった。だって、グループホームに入所してからの義父はというと、本当に健康で、ピカピカで、100歳も夢ではないほどの元気印おじいちゃんになっているのだ。その義父が、これから徐々に認知症の症状が進行し、あれやこれや、いろいろやって、それでそれで……。うわあ、この先、まだ長いぞなんて、私は思ってしまった(ごめんなさい)。健康に暮らせていることは大変ありがたいことですと、私は両手を合わせて仏様に感謝しそうな勢いなのだが、同時に、懐具合を心配したりしてしまう。リアルなお金の話をしているのではない(ないと思いたい)! あくまで、なんとなく不安になっているだけだ! なんとなくの話だ!
つまり、私は焦っている。この介護は、終わるのですか? と。義母は今、穏やかな状態で、グループホームで生活している。立ち上がることはできず、言葉も発することはあまりないが、食事はほとんど食べることができているし、肌つやも悪くない。このまま穏やかに、安心できる環境で暮らして行けば、まだまだ義母だって長生きできる。私と夫は、義理の両親をこのまま支えて行くことになるのだが、最後まで支えきることができるのか。私はそこを心配している。あまり言わないが、夫はそこを最も心配しているだろう。
私を悩ませているのは、これだけではない。義父母が住んでいた家のことだ。恐ろしいほどの荷物のある、あのだだっ広い家をどうするのか。夫はきちんと整理してちゃんとするとは言っているが、それが途方もない作業だということは、私にもわかる。一人では大変だろうから、私も手伝うことになるだろう(あわよくば記録したい)。そして、兄を持ち運べるサイズにした経験のある私には、気になることがまだある。先のことを心配してはいけないことはわかっているが、お、お、お墓とか、どうするのか……。義父は比叡山延暦寺大霊園のパンフレットを収集して私に手渡していたが、今まで手渡されたおせち料理のパンフレットの100倍ぐらい、あのパンフレットにはインパクトがあった。当然、「ここにワシを入れてくれ」という圧だと受け取った。オイオイ、あんた誰だよ!
後期高齢者介護には、グループホームへの入所で、一旦の区切りはついた。でも、問題は山積だ。グループホーム入居費用の確保、実家のメンテナンス、そして将来的に発生すると予測される様々なニーズへの対応だ。こんなことに対応しているうちに、自分が高齢者になってしまうと、もうすぐ二十歳になる双子の顔を見ながら、うっすら不安になってくる。どうせやるなら完璧にやって、すべて記録してやると思う自分と、そこまで体力持つかなと不安になる自分がいる。これから一体どうなってしまうのか。世界情勢も大変気になるが、もっと小さな目の前の世界の混乱だって、とても大変なのだ。
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村井理子
むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
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- 村井理子
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むらい・りこ 翻訳家。訳書に『ブッシュ妄言録』『ヘンテコピープル USA』『ローラ・ブッシュ自伝』『ゼロからトースターを作ってみた結果』『ダメ女たちの人生を変えた奇跡の料理教室』『子どもが生まれても夫を憎まずにすむ方法』『人間をお休みしてヤギになってみた結果』『サカナ・レッスン』『エデュケーション』『家がぐちゃぐちゃでいつも余裕がないあなたでも片づく方法』など。著書に『犬がいるから』『村井さんちの生活』『兄の終い』『全員悪人』『家族』『更年期障害だと思ってたら重病だった話』『本を読んだら散歩に行こう』『いらねえけどありがとう』『義父母の介護』など。『村井さんちのぎゅうぎゅう焼き』で、「ぎゅうぎゅう焼き」ブームを巻き起こす。ファーストレディ研究家でもある。
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