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随筆 小林秀雄

2017年3月15日 随筆 小林秀雄

十二 「うまい店」はどううまいのか

著者: 池田雅延

 前回、最後に、小林秀雄は知の人と思われている、だから、「甚五郎」を目にした瞬間の小林先生の直観は、本居宣長に初めて出会ったときの直観と同心円を描いていたといっては顰蹙を買うかも知れないが……と書いた。これにもわけがある。
 私たちは、皆、食べることが好きだし、一緒に食事をすることが、家族はもちろん、友達づきあいにおいても、職場の人間関係においても、絶妙の融和につながることを知っている。だから、そのうち一杯とか、ぜひお食事をご一緒にとかと、しょっちゅう言っている。ところが、これと裏腹に、食べるということを賤しんだり、蔑んだりする気持ちも潜んでいる。あいつは食いしん坊でと陰口を叩いてみたり、自分がそうは言われないようにと気を使ったりしているのである。
 食べるということに対するこうした卑下の感情は、鎌倉・室町の頃からあったらしい。小林秀雄は、「本居宣長補記Ⅱ」(「小林秀雄全作品」第28集所収)に書いている。知られるとおり、伊勢神宮には内宮と外宮とがあり、内宮には天照大神(あまてらすおおみかみ)が、外宮には豊受大神(とようけのおおかみ)が祀られている。外宮の豊受大神は、食物を司る神である。が、中世以来、この豊受大神には異論が相次いだ。畏れ多くも日の神である天照大神と並び祀られる神が、食の神であるとはどうしたことか、もっと立派な神が他にいるではないか、というのである。
 これに対して、宣長は言う。世の中に宝は数々あるが、最高の宝は食べ物である、物事すべて、命というものがあってこそであり、どんな修行も学問も、命がなくては始まらない、ゆえに、人の世にあって最も大事なものは命であり、その命を保たせるものは食である、古代の人たちはそれがよくわかっていた、だから日の神と並ぶのは食の神なのだ、食の神を措(お)いてはないのだ、天照大神と並べるに豊受大神とはいかがなものかなどと言うのは、後世の「物識り」たちの、物を識らない賢しらである……。
 小林秀雄は、この宣長の説くところを精しく読んでいき、――私達は、生き物として、色欲食欲の強い力から誰も逃れられはしない、歌もその発するところを尋ねて行けば、この生活の根柢にある欲望に達せざるを得ない、あたかも万人に肉体があるが如く、誰も持っているこの尋常な欲望を離れて歌もなければ道もない……、と書き、そこから再び人間の知の領域の所産と思われている歌(和歌)と言葉の問題へと向かうのである。

 そういう次第で、小林先生にあっては、知欲、食欲はまちがいなく同心円を描いていたと言っていいのだが、前回、先生は、うまいものとはどういうことかをよく心得た店でうまいものを食べたい一心で……と書いたについても読者から感想が寄せられた。これだけファーストフードの店やチェーン店があふれかえっている今日では、小林先生のように直観力を鍛えておいしい店を見つけるということは難しくなっていると感じます、食べ物に限らず、何もかもが小林先生の時代ではなくなってしまっています、どうすればいいでしょうか、というのである。
 そのとおりであろう。ファーストフードが当面の食欲をすぐ満たし、すこし張りこんでという店でさえネットで教えてもらう現代では、小林先生が言った「君、この店、うまいよ!」「どうだ、うめえだろう!」の「うまい」もほとんど実感できなくなっているのではなかろうか。むろん、食べ物のうまいまずいは先天的な味覚の個人差にもよるだろうし、郷愁もあるだろう。つまりは、おふくろの味である。だから、先生に教えてもらった「うまい店」が、絶対だとまで言うつもりはないが、今日のようにテレビの番組やネットの「いいね!」が「うまい店」の評価軸とされている時代となっては、ネットのネの字もなかった時代の先生は何をもってうまいとしていたか、うまいと言ったか、そこは知っておいてもらわなければならない。そうでないと、「甚五郎」をうまいと言った先生の一言も、ネットの「いいね!」と十把一絡げにされてしまうかも知れないし、そうなってはこの「随筆」で、「丸治」や「甚五郎」を紹介した意味が半減するからである。

 「甚五郎」から二、三年たって、先生を囲む何人かで小旅行をしたときのことだ。この旅には講演会といったような重荷はなかったから、幹事を仰せつかった私は然るべき筋から然るべき小料理屋を二、三教えてもらい、ここならと思える一軒を予約した。「甚五郎」のときとはちがって下見に出向く時間はなかったが、見当はついた。
 当日、その小料理の店の座敷に上がって、先生は機嫌よく盃を重ね、話しぶりもいつもどおりだった。ところが、注文した料理がほぼ出尽した頃だ、仲居が部屋を出ていくのを見計らって言われた、「池田君、この店はだめだよ」。声は名古屋の天ぷらのときほど暗くはなかったし、顔には笑みもたたえられていた、それでも私は緊張した。
 「甘味が一貫していないんだ。いいかい、最初に刺身が出ただろう。あの刺身の甘味に、後の料理の甘味が合っていない。どんな魚にも自然の甘味というものがあるよな。この、自然そのままの魚の甘味の系統に、煮物であれ吸物であれ、人間が施す甘味はすべて揃える、これができなければ職人ではない……」。
 刺身の甘味の系統に、煮物の甘味も吸物の甘味も系統を揃える、その日の魚の微妙な甘味を敏感に味わい分け、魚の甘味を損なわないように後の料理の甘味に気を配る……。ということは、人間には手の出しようのない刺身という自然に、人間が手を出すことによって生れる煮物、吸物を従わせるということだ、自然の味を味わい分けて、その自然の味を活かし引き立てるように神経を行き届かせるということだ。先生の言う「うまい店」とは、こうして自然が生み出す微妙な味をそのままに、ありのままに味わえるように、人間の才知や手数はぎりぎりまで控えられている店であった。
 昭和三十一年(一九五六)十一月、五十四歳の秋に発表した「蟹まんじゅう」(同第21集所収)にも書いている。
 ――私は複雑に加工された食べ物を好まない。酒好きだから、食べ物の標準も、自(おのずか)ら酒の味から発しているらしい。ああ、いい酒だ、と思う時ほど舌が鋭敏によく働く時はない様だ。複雑な料理を食わされる時は、どうもいつも面白くない。舌が小馬鹿にされている様なあんばいで、一種の退屈感さえある。……

 そういうわけで、絵を見たり音楽を聴いたりするのと同じくらいに、食べるということにも熱心な先生だったが、食べ物についてしっかり書いた文章はひとつしかない。いま引いた「蟹まんじゅう」がそれである。
 昭和十二年の七月、日中戦争が始まり、先生は雑誌の従軍記者として、あるいは講演会の講師として何度か中国に渡ったが、その何度目かの中国で、遠路わざわざ蟹まんじゅうを食べに行った。その文章の書き出しでまず、「私は複雑に加工された食べ物を好まない。複雑な料理を食わされる時はどうもいつも面白くない」と言い、そういう好き嫌いの傾向から中国ではソバとマンジュウが一番うまいという独断説を持つに到り、そしてとうとう上海から揚州まで、親友の河上徹太郎と二人でマンジュウを食べに行ったのである。
 ――蒸籠(せいろう)には、枯松葉が一面に敷いてある。松葉と言っても、葉が無暗(むやみ)に長いのである。その上に、まっ白なまんじゅうが、行儀よく、ふくれ上って並んでいる。こいつを、あわててパクリとやってはいけない。中に、舌を火傷しそうなおつゆが入っているからである。半分食いちぎろうとすれば、おつゆがこぼれて了(しま)う。放って置けば、おつゆが外にしみ出て了う。頃合を見はからって、パクリとやらなくてはいけない。これは上海で練習済みである。見事にふくれ上った薄皮は、熱い蟹の卵のおつゆに、気持ちよく溶けるのである。……
 そして、最後にこう言う。
 ――肝腎な事を忘れるところだった。まんじゅうは酢を附けて食うのである。鎮江(ちんこう)は酢の名産地で、この鎮江酢をつけて食う。鎮江酢は、醤油の様に黒い酢で、非常に美味である。酢の中には、生姜(しょうが)が細かくきざみ込んである。
 これだけである。これが先生の「うまい!」である、どううまいかの一例である。垂涎の道中記は、ぜひとも先生の「蟹まんじゅう」で読まれたい。

(第十二回 了)

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

池田雅延

いけだ・まさのぶ 1946年(昭和21)生れ。70年新潮社に入社。71年、小林秀雄氏の書籍編集係となり、83年の氏の死去までその謦咳に接する。77年「本居宣長」を、2001年からは「小林秀雄全集」「小林秀雄全作品」を編集・刊行した。

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