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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

 刑事裁判の傍聴を始めて15年が経った。傍聴マニアが高じて、ブログを開設。それが書籍化に至ったことが、ライターとしてのキャリアの始まりだ。現在は、刑事裁判の様子を執筆するほか、法廷を離れて被告人と面会や文通を行なったり、事件関係者に取材するなどして記事を書くことも増えてきていた。

 ところが予想だにせぬ新型コロナウイルス感染拡大に伴い、今年予定していた地方での事件取材をやめることにした。もともと歓迎されないアポなし取材であるのに、このタイミングで、しかも東京からとなれば、嫌がられるどころの騒ぎではない。なかには、あえて今、地方取材を、とけしかけてくる編集者もいるが、それに乗じるほどの非常識さは持ち合わせていない。夏までは刑事裁判の開廷もガクッと減り、家にいる時間がいきなり増えた。

 外に意識を向けても先行き不安になる時期は、書籍や動画に向かう集中力が増す。本棚に並べている事件本を手に取る。そういえば15年前、私が裁判所に通おうと思ったのは、様々な事件の書籍を読み倒すなか、被告人となった犯人が何を話すか直接見聞きしたいと考えたからだった。なかでも当時そのように事件書籍を読み倒すきっかけになったのが、未解決事件の書籍だ。なぜ犯人は捕まっていないのか。残された手がかりは何か。読み終わっても事件が解決しているわけではない。今犯人は何をしているのだろう、何を考えているのだろう。残された被害者の家族は何を思うのか…。気がかりは止まらない。

 かつて寝食を忘れ読み続けた日々を思い出しながら、再び未解決事件の書籍に目を通しているところ、このたびの執筆の依頼をいただいたので、一部を紹介したい。

殺人鬼ゾディアック』(亜紀書房)

ゲーリー・L・スチュワート、スーザン・ムスタファ(著)、高月園子(訳)

2015/8/26発売

 2000年代に公開されたデヴィッド・フィンチャー監督の映画『ゾディアック』をご覧になった方もいるだろう。キリスト教における七つの大罪をモチーフにして連続殺人を起こすゾディアックと、彼を追う刑事の物語である。モデルとなったのが映画のタイトルにもなっている『ゾディアック事件』だ。

 アメリカ・カリフォルニア州で1960年代末から70年代前半にかけて複数の男女が白人男性に襲われ、6名が殺害された。犯人は事件後に警察に電話をかけ犯人しか知り得ない情報を語ったほか、みずからを“ゾディアック”と名乗り、警察や新聞社にたびたび暗号文や手紙などを送りつけた。手紙には「この暗号文を第一面に掲載しろ」などの命令が書き込まれ、それに応じた新聞社もあったことから、初の『劇場型犯罪』ともいわれる。当時はメディアを巻き込み世間を大きく騒がせたゾディアックだったが、1974年を最後に連絡は途絶え、彼によるものとみられる事件も途絶えた。果たしてゾディアックとは何者なのか。これまで複数名が容疑者として有力視されてきたが、犯人逮捕には至らず、事件は現在も未解決となっている。

 本書はルイジアナ州在住のエンジニア、ゲーリーによる「自分の父こそがゾディアックなのではないか」という驚きのノンフィクションだ。ゲーリーは幼い頃に生みの親と離れ離れになり、養父母の元で育った。息子と幸せに暮らしていたところ、突然、実の母親だと名乗る女性・ジュディからの手紙が届く。これが全ての始まりだ。

 対話を重ね、少しずつ過去のわだかまりをほぐしてゆく母と息子だったが、なぜかジュディはゲーリーの父親について多くを語ろうとはしない。少しずつ自分で情報を集めてゆくと、当時14歳だった母は27歳だった父・ヴァンに見初められ、通学路にあるアイスクリームショップで愛を育んだ末に駆け落ちし、出産。そして破局したカップルだったことを知る。彼らの逃避行は当時『アイスクリーム・ロマンス』と大々的に報じられていた。

 ここでゲーリーのルーツ探しが終われば、生みの両親の許されざる恋の話、の本になっていたかもしれない。ところが偶然が起こった。ゲーリーが息子とゾディアックを特集したテレビ番組を観ている時に、その似顔絵が自分にそっくりなことを息子から指摘されるのだった。父親探しの旅がふたたび始まり、ゲーリーは最終的にヴァンの墓にたどり着く…。ヴァンとゾディアックにはいくつもの共通点があった。

 かくいう私も、積ん読していた本書を手に取ったきっかけが、古い録画番組をなんとなく観ていた時にゾディアックが紹介されていたことからだった。

謀殺 下山事件』(祥伝社)

矢田喜美雄 

2009/6/12発売

下山事件 最後の証言』(祥伝社)

柴田哲孝 

2007/7/1発売

 言わずと知れた「国鉄三大ミステリー事件」のひとつ。第二次世界大戦が終わって間もない1949年7月深夜に、当時の国鉄総裁・下山定則が常磐線の下りレール上にて轢断遺体で発見された。すでに1964年、殺人事件の公訴時効を迎えており、死の真相は分からないまま現在に至っている。

 重大未解決事件にはよくある現象だが、その事件に一家言ある者たちにはそれぞれの“真相”がある。本事件も同様に、そもそも殺人事件かどうかという自殺・他殺論争があるうえ、他殺においても生きながらにして電車に轢かれた生体轢断か、別の場所で殺害されて死後に轢かれた死後轢断かという論争が繰り広げられた過去があった。

 ネットで調べればこうした論争の片鱗は垣間見ることができる。さらに関連書籍の多さも相まって、なんだかややこしそうだという印象を与える。こういう“とっつきにくい”過去の未解決事件を知りたい時、どの書籍から読むかが重要になるかと思うが、まずは“下山事件の基本中の基本書”と呼ばれる『謀殺 下山事件』を読んでほしい。本書は朝日新聞社会部記者だった矢田喜美雄が、事件発生当時から積み重ねた取材の成果を記したものだ。第1章のみ読むだけでもアウトラインはつかめる。

 事件当時の日本はGHQ占領下にあった。下山総裁は轢断死体となって発見される前日朝、車で自宅を出て日本橋三越に立ち寄ってから消息を絶つ。直前には大規模な国鉄の人員整理を発表していた。こうした背景から謀略説が根強い。松本清張は『日本の黒い霧』においてGHQ・参謀第二部(G2)による関与を推理している。これに始まる謀略説の書籍を読み進めた者の終着駅が『下山事件 最後の証言』であろう。著者は祖父の23回忌にあたる法要後、親類縁者が集まる会食の席上にて、大叔母から「あの事件をやったのはね、もしかしたら、兄さんかもしれない…」と打ち明けられたことがきっかけで、下山事件の真相を追う取材を始める。著者の祖父は下山事件に関心を持つ“下山病”の者たちならば知らぬものはいない『亜細亜産業』に勤めていたというのである。東京・日本橋にあった貿易会社『亜細亜産業』の実態を、創業者の矢板(くろし)へのインタビューや親類への聞き取りから浮き彫りにしながら、著者なりの下山事件像を提示している。これは数多ある謀略説のひとつであり、我々が真相を知る日は永遠に来ないが、だからこそ下山事件は70年以上経ったいまも、関心を持たれ続けている。本書からは下山事件を取材するジャーナリストたちの関係性も垣間見え、それが個人的には興味深くもある。

 2009年の6月、千葉刑務所に収監されていた菅家利和さんが釈放された。1990年に栃木県足利市のパチンコ店駐車場で当時4歳の女児が行方不明になった『足利事件』において、菅家さんは女児を殺害したのち遺体を遺棄したとして事件翌年に逮捕され、公判で無期懲役が確定。服役していた。ところが再審請求をすすめるなか、東京高裁が認めたDNA型鑑定の結果、犯人のものとされるDNAと菅家さんのDNAが一致しないことが判明。菅家さんは釈放後に行われた再審で無罪が確定した。著者の清水氏は、菅家さん服役時から、足利事件の有罪認定に疑問を抱き、再度のDNA型鑑定の必要性を報じ続けてきた。

 冤罪事件の恐ろしさはふたつある。ひとつは、無実の者でも嫌疑をかけられれば、ときに有罪になってしまうこと。もうひとつは、実際は事件が解決していなかったとわかることだ。ならば犯人は誰なのか? 清水氏はこの足利事件を含む、北関東の5件の幼女誘拐殺人事件の取材をすすめ、ある男にたどり着く。『桶川ストーカー殺人事件 遺言』で見せた清水氏の取材力や機動力は本書でも健在で、何度読んでも感服するものの、いまだ事件が未解決なのがもどかしい。

誰が私を殺したの 三大未解決殺人事件の迷宮』(恒文社21)

朝倉喬司 

2001/8/1発売

 古い週刊誌を読んでいると、故・朝倉喬司さんの事件記事にたびたび出会う。その文章からは事件そのものに加え、時代の空気もほのかに感じ取れるほか、当時の女性の立ち位置もうっすらと読み取れる。BOACスチュワーデス殺人事件、女医殺人事件、東電OL殺人事件…本書は女性が被害者となった3つの未解決殺人事件をまとめたものだ。3つ目の東電OL殺人事件については、ネパール人男性が容疑者として逮捕され、無期懲役の判決を受け服役していたが、先の足利事件同様、DNA型鑑定により再審無罪となり、やはり未解決状態となった。

 いずれの事件についても被害女性に対する記載にはギョッとさせられるところがあり、いまこの内容がネット記事にでもなればたちまち炎上するに違いない。時代とともに被害者報道のあり方も変わってきたことを強く感じる一冊だ。

消えた神父を追え! BOACスチュワーデス殺人事件の謎を解く』(共栄書房)

大橋義輝

2014/8/12発売

 先の書籍に収録された3事件のうちのひとつ、BOACスチュワーデス殺人事件を追ったノンフィクション。1959年3月、当時27歳のBOAC(英国海外航空)スチュワーデス武川知子さんが「駒込の叔父の家に行く」と下宿を出たまま行方不明となり、2日後に東京・杉並の善福寺川で他殺体となって発見された。武川さんの交友関係から、何らかの事情を知っている者として捜査線上に浮かんだのは、外国人神父であった。ところが神父は重要参考人と目されながらも、やすやすと帰国し、事件は迷宮入りとなったのである。

 1959年に発生した事件の書籍が、2014年に刊行されたことに、当時私は大きな衝撃を受けた。まさか半世紀経って新事実が判明したのか? タイトルからは当時の重要参考人である“消えた神父”を追って“謎を解”いたのではないかと推察される。読むしかないだろう。

 ページをめくり感嘆した。事件当時中学生だった著者は、のちに週刊誌記者として働いていた時代に過去の事件を調べている中で、この事件を知った。当時も神父を追うために右往左往したが、成果は得られず断念。ところが“サラリーマンを任務完了”となってから、再びこの事件を追い始めるのである。神父が帰国時に搭乗していたエールフランス機に乗り合わせた日本人記者に取材を行い、神父の母国であるベルギー王国の大使館に問い合わせ、取材当時カナダにいることを突き止める。そしてはるばるカナダまで出向き、なんと神父と対面するのだ。

 ヒントといわんばかりに、重要情報が記された差出人不明のファクスが出国前の著者のもとに度々届くシーンがあり、個人的には薄気味悪さを感じるのであるが「差出人が誰であろうとも、さして問題ではない」と全く疑念を抱かないところにも驚かされる。先が全く読めないノンフィクションの魅力を再確認するとともに、いくつになっても取材は続けられるのだと勇気を得た一冊でもある。

袴田事件 冤罪・強盗殺人事件の深層』(プレジデント社)

山本徹美

2014/7/12発売

名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者』(岩波書店)

江川紹子

2011/3/17発売

 いずれも逮捕され有罪判決を受けた方々が、冤罪を訴えている事件である。足利事件と同様、こうした事件は、未解決という視点で接するようにしている。

 袴田事件は1966年に静岡県清水市にあった味噌製造業の専務宅が燃え、焼け跡から発見された一家4人の遺体に刺し傷があったことから殺人事件として捜査が始まった。容疑者として逮捕されたのは、味噌工場で働いていた袴田巌さん。裁判では死刑となったが、2014年に静岡地裁が再審請求を認め、袴田さんは釈放された。この再審をめぐる動きはニュースなどで知ることができるが、どんな事件で何を争っているかを知るには書籍が一番早い。事件名は知っていても詳細は意外と知らなかったことに気づかされる。

 名張毒ぶどう酒事件は1961年に三重県名張市の葛尾地区にあった公民館での懇親会で発生した大量殺人事件だ。この宴席で振る舞われたぶどう酒に何者かが毒物を混入させており、これを飲んだ女性17人が中毒症状を起こし、5人が死亡した。その犯行態様から帝銀事件も思い起こさせる。容疑者として逮捕された奥西勝さんは袴田さん同様、否認を続けた。一審では無罪となるも、高裁で破棄され死刑に(のち確定)。獄中でも冤罪を訴え再審請求を続けていたが、2015年に死亡している。『名張毒ブドウ酒殺人事件 六人目の犠牲者』には当時の公判での生々しい証言も収録されており、読めば読むほど、奥西さん以外にも犯行の機会があったものがいたのではないか等、疑問が湧く。

 昨今、事件の情報はネット上にまとめられ、さらにはYouTubeでも様々に事件解説動画がアップされているが、これらの元ネタは、記者が足と金を使って必死で取材した情報だ。このふたつの事件においても、例に漏れず解説動画が存在するが、タダ乗りしたコンテンツで満足したくはない。

狭山事件 46年目の現場と証言』(風早書林)

伊吹隼人

2009/3/1発売

 1963年5月1日、埼玉県狭山市にある農家の四女で、川越高校入間川分校別科一年生だった中田善枝さんが下校後に行方不明となった。その日の夜、中田家に脅迫状が届く。

 「くりか江す 刑札にはなすな。気んじょの人にもはなすな 子供死出死まう。」

 不気味な脅迫状は、身代金を要求していた。2ヶ月前に発生した吉展ちゃん事件と同様の手口である。捜査を始めた警察は、この身代金受け渡しのタイミングに犯人確保を狙うが、あろうことか、みすみす逃してしまう。そして数ヶ月後に容疑者として逮捕されたのが、近所の養豚場に勤めていた石川一雄さんだった。

 石川さんはのちの裁判で無期懲役が確定し、服役ののち1994年に仮出所している。この狭山事件も、先のふたつとおなじように、冤罪であるがゆえの未解決事件という視点である。石川さんは、出所後も、無罪を訴える活動を続けており、東京・霞が関の裁判所前で、みずからビラ配りをしている姿をなんどもお見かけした。季節問わず、雨の日でも、このビラ配りを続ける石川さんの姿を見ていることもあり、ますます、この事件はまだ未解決なのだという思いを強くする。

 ところが狭山事件も下山事件と同様に関連書籍が多く、事件そのものを詳しく知りたい、と思った時に何から読めばいいのかが悩ましい。おまけにネットを検索すれば、狭山事件に詳しいものたちにより様々な推理が繰り広げられた形跡や論争の残骸などがみられ、“一見さんお断り”の空気がすさまじいのである。こだわりが多すぎて入りづらいラーメン屋のような雰囲気を醸しており生半可な気持ちでは近寄れないのだが、伊吹さんによる『狭山事件 46年目の現場と証言』は事件そのものをいま振り返り、どういう謎が残っているかを知るにふさわしい、いわば狭山事件の入門書といって差し支えないだろう。関心はあるがどれから読めばいいかと悩む方には激推ししたい。私も伊吹さんの本を読み、かつて彼の行なっていた『狭山事件見学会』に参加させてもらった。そんな日々も懐かしい。

華城事件は終わっていない 担当刑事の綴る「殺人の追憶」』(辰巳出版)

ハ・スンギュン(著)、宮本尚寛(訳) 

2004/3/26発売

 冒頭に紹介した『ゾディアック』同様に、映画化された事件の書籍である。2004年に日本で公開された韓国映画『殺人の追憶』のモデルになったのはこの華城(ファソン)事件だ。公開当時、華城事件は未解決であり、映画を観て事件そのものを知りたいと、本書を手に取ったのが10年以上も前のことになる。いまだに、華城事件関連書籍は日本でこの一冊のみとなる。著者のハ・スンギュンの略歴を見てまず驚くのが華城事件の捜査を担当した刑事であるだけでなく、執筆当時も刑事であることだ。日本では“元刑事”によるノンフィクションは数あれど、現役の方による書籍はなかなか見かけない。驚きながら本文を読むと、犯人への強い怒りと事件解決への凄まじい執念がほとばしっており、その熱量で火傷しそうになる。さらには担当刑事として『殺人の追憶』をどう観たかも織り込まれ、なかなか興味深い。日本ではこんな書籍はまず出せないのではないか。「悪魔め!」からはじまる最終章「殺人犯へ送る手紙」も必読だ。

 この最終章は「きさまを狂おしいほど捕まえたい。」で結ばれながらも、未解決状態が長く続いていた。しかも刊行後の2006年には公訴時効を迎えている。ところが昨年になり、別の事件で有罪となり服役している男のDNAが、事件現場に残された犯人のものと一致したという衝撃のニュースがもたらされたのである。華城(ファソン)事件では、1991年に発生した10件目の殺人が最後となっていたが、犯人と判明したイ・チュンジェは94年、妻の妹に性的暴行を加えて殺害したという罪で無期懲役の判決を言い渡され服役していた。公訴時効が成立していることから一連の事件で罪に問われることはなかった。

 事件解決に至ったあとで、改めて書籍を読むとまた別の味わいがある。なぜ長らく未解決だったのかという捜査の反省点などがおぼろげながら見えてくるからだ。この事件の捜査でも、信ぴょう性の低い目撃証言など、ひとつのファクトに固執しすぎた故に、真犯人を逃し続けてきたように思える。また重要参考人として数多くの無実の人々が高圧的な取り調べを受けてきた。科学捜査の進歩でこうした事態が少しでも少なくなればと願うばかりだ。

 海外の事件ノンフィクションについては、昨今ではNetflixなどの動画配信サービスによるドキュメンタリーシリーズにとってかわってきた印象がある。それでもやはり書籍でのインプットを求めてしまう自分がいる。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

高橋ユキ

たかはし・ゆき 1974年生まれ、福岡県出身。2005年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在はフリーライターとして、裁判傍聴のほか、様々なメディアで活躍中。著書に『霞っ子クラブ 娘たちの裁判傍聴記』(新潮社)『霞っ子クラブの裁判傍聴入門』(宝島社)『あなたが猟奇殺人犯を裁く日』(扶桑社)(以上、霞っ子クラブ名義)『木嶋佳苗 法廷証言』(宝島社、神林広恵氏との共著)『木嶋佳苗 危険な愛の奥義』(徳間書店)『暴走老人・犯罪劇場』(洋泉社)『つけびの村』(晶文社)ほか。Web「東洋経済オンライン」「Wezzy」等にて連載中。


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