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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

2020年10月15日 たいせつな本 ―とっておきの10冊―

(12)サイエンス作家・竹内薫の10冊

祝・ノーベル物理学賞! 超天才ペンローズを読み解く10冊

著者: 竹内薫

ロジャー・ペンローズ『皇帝の新しい心
ロジャー・ペンローズ『心の影1
ロジャー・ペンローズ『心の影2
ロジャー・ペンローズ『ペンローズの<量子脳>理論
ロジャー・ペンローズ『心は量子で語れるか
スティーヴン・ホーキング、ロジャー・ペンローズ『ホーキングとペンローズが語る時空の本質
竹内薫『ペンローズのねじれた四次元
ロジャー・ペンローズ『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか
Roger Penrose『The Road to Reality
Roger Penrose『Fashion, Faith, and Fantasy in the New Physics of the Universe

 10月6日火曜日。リアルタイムで見ていたノーベル物理学賞の発表で「ロジャー・ペンローズ」という名前が耳に入ってきたとき、驚きとともに、じんわり、嬉々とした感情が湧いてきた。
 私はサイエンス作家歴30年などと吹聴しているが、まともに原稿料や印税で食えるようになったのは1999年のことなので、プロ歴は21年に過ぎない。どうして食えるようになったかといえば、講談社ブルーバックスで『ペンローズのねじれた四次元』という本を発刊したからだ。

 それまでの私は、物理学で博士号を取得したのにそれを活かすこともできず、広告関係のプログラムを書いて生計をたてていた。だが、そのプログラミングも、当時、アラフォーとなり、コードをゼロから書くのが徐々にしんどくなっていた。
 そこで、一念発起、サイエンス作家として身を立てる決心をし、一気呵成に書き上げたのが『ペンローズのねじれた四次元』だったのだ。この本は、おかげさまで版を重ね、2017年には宇宙論の一章を追加した増補新版も出させてもらった。これまでに150冊以上の本を書いてきたが、いまだに私の代表作の1冊である。
 てなわけで、ペンローズがノーベル物理学賞を受賞して、こんなに嬉しいことはない。私の実質的なデビュー作の「主人公」が世界的な栄誉を勝ち取ったのだから。

 これから読者のみなさんにペンローズを読み解くための10冊をご紹介したいと思うが、一つだけお断りしておかねばならない。ペンローズを日本の読者に紹介することは、私のライフワークでもあるため、自分が書いたり翻訳したりした本が3冊も入ってしまう。手前味噌にならざるをえないので、そこのところは、どうか、ご理解いただきたい。

 さて、まず1冊目は『皇帝の新しい心』。今回のノーベル賞の受賞理由はブラックホールだったが、この本は、ブラックホールとは(ほとんど)関係がない。この本は、多くの人工知能研究者や論理学者たちを驚愕させ、怒らせた。なにしろ、ペンローズは、人間の心は特別なもので、人工知能からは決して(人間のような)心は生まれないと断言するからだ。その理由がぶっ飛んでいる。心は「量子」と深く関係していて、現代物理学の長年の宿題である「量子重力理論」が完成しないかぎり、人工的に心や意識を作ることは不可能だというのだ。まったくもって意味不明だが、なにしろ、超がつくほどの天才科学者が断言するのであるから、世界中が論争の渦に巻き込まれた。

皇帝の新しい心』(みすず書房)

ロジャー・ペンローズ

林 一/訳

1994/12/20発売

 2冊目と3冊目は『心の影1』『心の影2』。『皇帝の新しい心』の続編と呼ぶことのできる作品だが、ペンローズへの膨大な数の反論について、一つ一つ丁寧に再反論をしていて、読み応えがある。内容も重厚で、日本語版は二分冊になっている。前著の興奮が収まらない読者向け。

心の影 1 意識をめぐる未知の科学を探る 【新装版】』(みすず書房)

ロジャー・ペンローズ

2016/11/19発売

心の影 2 意識をめぐる未知の科学を探る 【新装版】』(みすず書房)

ロジャー・ペンローズ

2016/11/19発売

 とはいえ、これらの本は分厚いし、なかなか難解だ。そこで、ペンローズ自身がもう少し噛み砕いて「量子脳」について書いた短編を翻訳し、前提となる知識を私と茂木健一郎とで解説したのが4冊目にご紹介する『ペンローズの<量子脳>理論』。本来は天才の書いたものをそのまま読めばいいと思うが、天才の言うことは、えてして理解を超えることが多い。そこで、物理学と脳科学をわかりやすく解説するのが仕事である茂木・竹内コンビが「ガイド役」を務めた本だ。脳の話を理解するのに、数学を理解しないといけないとは…でも、ご安心ください。ばっちりと基礎から解説してありますので。

ペンローズの<量子脳>理論』(筑摩書房)

ロジャー・ペンローズ

2006/9/1発売

 5冊目は、ペンローズがホーキングらと論争を繰り広げる『心は量子で語れるか』。ホーキングの博士論文の査読者の一人がペンローズだったことは、あまりに有名だ。まさに師弟対決の様相を呈していて面白く読める。

心は量子で語れるか』(講談社)

ロジャー・ペンローズ

1999/4/20発売

 いきなりペンローズの異端本から入ってしまったが、6冊目にあげるのは、今回のノーベル物理学賞の業績となったブラックホールを始め、宇宙の始まりがどうなっていたかをまじめに考える『ホーキングとペンローズが語る時空の本質』。比較的薄い本だが、高度な内容で、それなりに数学が得意でないと読破するのは大変かもしれない。逆にいえば、数学好きであれば、超おすすめの本である。

ホーキングとペンローズが語る時空の本質』(早川書房)

スティーヴン・ホーキング、ロジャー・ペンローズ

1997/4/1発売

 異端本と同じパターンで恐縮だが、「時空の本質」が少々難しかった読者のために、ペンローズのブラックホール理論や相対性理論や宇宙論を噛み砕いて解説したのが、冒頭で触れた『ペンローズのねじれた四次元』。ペンローズの思想を理解しようと思ったら、相対性理論と量子力学の肝がわかっていないと出発点に立てない。そこで、ぜんぶまとめて解説してしまおう、というのがこの本の狙いだ。物理学者は厳密さを追い求めるから比喩を嫌うが、私は作家なので平気で比喩を駆使する。それがこの本のウリである。ペンローズのブラックホールの業績だけをささっと知りたい向きは第二章だけ流し読みしてください。

ペンローズのねじれた四次元』(講談社)

竹内薫

2017/12/14発売

 次にご紹介するのは、物理学におけるペンローズの異端理論。その名も『宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』。人を食った題名だが、書いてあることは、題名のとおりで、この宇宙の始まりと終わりは(物理学的に)区別がつかないのだとペンローズは主張する。
 あれ? 宇宙は点からビッグバンで始まり、どんどん膨張して、しまいには無限に大きくなっちゃうんじゃないの? 無限小と無限大が同じなんて、いくら天才だって、いい加減すぎやしない? 
 そんな読者の疑問も、もっともだが、数学の天才は、きちんと理詰めで、宇宙の終わりには「長さ」という概念が定義できなくなることを説明してくれる。それはつまり、宇宙が大きいとか小さいとか議論すること自体が意味ない、ということ。今の宇宙は、中途半端な状態だから、昔と比べて大きくなったなどと言えるが、宇宙の最終局面では、大きさを語ることが無意味になるので、宇宙の始まりと終わりは「同じ」なのだという。
 ペンローズの宇宙論は、まるで仏教の輪廻を彷彿とさせる。輪廻転生しながら、永遠に循環する宇宙。なんともロマンチックではないか。この本は私が友人たちの助けを借りながら翻訳したが、読むのには少々コツがいる。数学用語や数学記号は無視して、おおまかにペンローズが主張していることだけを頭に入れていくべし。そういう開き直った読み方をすればペンローズの根本思想が理解できる。だから、あえて飛ばし読みのような読み方をしてもらいたいのだ。エキサイティングな最新仮説の全貌を知りたい人におすすめしたい。

宇宙の始まりと終わりはなぜ同じなのか』(新潮社)

ロジャー・ペンローズ

2014/1/24発売

 さて、無理やり、邦訳がある本をご紹介するのではなく、残り2冊は英語の原書をあげてみたい。
 1冊目は『The Road to Reality』(「現実への道」)。なんのことやらわからない題名だが、平易な文章と数式を使って、現時点で人類が到達している宇宙の知識がペンローズ流に料理され、1冊に詰め込まれている。ちょっとありえないほどの分厚さだが、数学好きにはたまらないバイブルのような本。どこかに島流しにされて、1冊だけ本を持参して良いと言われたら、今の私は迷わずこの本を持ってゆく。

The Road to Reality

Roger Penrose

2016/3/31発売

 『Fashion, Faith, and Fantasy in the New Physics of the Universe』(「宇宙の新しい物理学における流行と信仰とファンタジー」)。またまた意味不明な題名だが、現代物理学の花形である超ひも理論、量子力学、そして宇宙論に警鐘を鳴らす本。面白いのが、自らが提唱するツイスター理論や「宇宙の始まりと終わりは同じだ」という理論も、同じ構図で自己分析している点だ。なんだか知恵のある蛇が自らのしっぽを咥えているみたいで面白い。

 今年は日本人のノーベル賞受賞者が出なかったが、本来、科学に国境などない。これを機に、ぶっ飛んだ天才、ペンローズの思想の一端に触れてみてはいかがだろう。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

竹内薫

たけうちかおる サイエンス作家。1960年、東京生まれ。東京大学教養学部、同理学部を卒業、カナダ・マギル大で物理を専攻、理学博士に。『99・9%は仮説』『文系のための理数センス養成講座』『わが子をAIの奴隷にしないために』など著書多数。

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