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AI時代を生き延びる、たったひとつの冴えたやり方

第四次産業革命はすでに進行中だ

 第四次産業革命の到来に気づいている人は必死に対策を講じているが、大多数の人は気づいていない。ひしひしと迫る革命の足音に耳を傾けてみよう。いったい、どのような「兆候」があらわれているのか。
 まず、世界中の研究機関による未来予測がある。アメリカ労働省は、こんな予測をしている。

現在の小学生の65%は、将来、現在存在しない職業に就く(キャシー・デビットソン、ニューヨーク市立大学大学院センター教授)

 また、日本の野村総研によれば、

日本の仕事の49%は人工知能とロボットで代替可能

だという(https://www.nri.com/jp/news/2015/151202_1.aspx)。あくまでも未来予測なので、数字は変動するだろうが、人工知能が、かなりの程度、人間の仕事を奪っていくことは確実だと思われる。
 実際、アメリカでは、会計士が解雇され、社会問題化し始めている(『機械との競争』の共著者、アンドリュー・マカフィー)。日本と比べて会計システムが簡略なアメリカの場合、人工知能の会計ソフトがあれば充分だ。それまで働いていた会計士をクビにしたほうが、コストが安くあがる。経営者にすれば合理的な判断なのだろうが、長い時間をかけて勉強し、ようやく会計士の資格を取得した人々にとっては、まさに驚天動地というべきであろう。そして、今後、このような事態は、会計士だけでなく、さまざまな職種に広がってゆくと推測される。
 今後、人工知能の役割が大きくなりそうな分野をいくつか拾ってみよう。
 すでに、アメリカのアマゾンが実験的に無人コンビニをシアトルにオープンしているが、数年以内にコンビニやスーパーのレジの無人化が始まるだろう。駅に入るときにSuicaでピッと改札にタッチするが、ああいう感覚で、スマホをタッチして入店。するとアマゾンのアカウントでの買い物が始まる。店内にはカメラが設置されていて、人工知能が顧客の動向を分析する。商品を手に取って自分のカバンに入れると、アマゾンのアカウントで買い物カゴに商品が入る。気が変わって商品を棚に戻せば、アマゾンのアカウントでもカゴから商品が削除される。そして、顧客は、そのまま店を出て、アマゾンのアカウントで精算がおこなわれる…パッと見、まるで万引きみたいだが、要は、人間のレジ係がいなくなり、人工知能が代替し、アマゾンのアカウントに課金される仕組みなのだ。アマゾンは、世界中のコンビニとスーパーを無人化し、アマゾン化しようとしているのかもしれない。あな、恐ろしや。
 一風、変わったところでは、AI重機の開発がある。たとえばビルの建設現場で使われる振動ローラー。これまでは免許を持った人間が重機を操作してきたが、これからは人工知能が代替する。ただし、人工知能だけではダメだ。これまで日本ではGPSの誤差が10メートル近くあったため、重機の無人運転には使えなかったが、日本版GPS「みちびき」が順調に打ち上がっており、2018年には4機体制で24時間、日本上空をカバーできるようになる。すると、GPSの誤差がなんと数センチになる。この精度ならば、重機が無人で動いても、充分、使い物になる。ただし、いきなり重機の前に人が出てきてしまったりしたら危険なので、(無人コンビニと同様)カメラなどのセンサーを通じて、人工知能がブレーキをかける役目を負うことになる。
 AI重機が可能ならば、AI農業機械も可能だ。現在、日本の農業は、深刻な人手不足と、海外の大規模農業との競争という問題を抱えている。だが、AI農機が導入できれば、無人化により、数軒、数十軒の農家が共同で農業を営むことも可能になる。日本の農業にとって、人工知能は、天の救いとなるかもしれない。
 銀行のローン審査も、これまでの要件主義を脱して、ビッグデータを活用した人工知能審査官が登場するといわれている。これまでは、従業員10名以上の企業に勤続5年、年収500万円以上などといった「要件」だけでローンの審査をしていたが、これからは、貸す相手の「人生」のデータを人工知能が分析することになる。血液型(これはあまり関係ないと思われるが)、身長、体重、学歴、趣味、転職回数、免許証の色(ゴールド免許のほうが返済してくれる確率が高い?)といったビッグデータから、貸す相手がちゃんとお金を返してくれるような性格なのか、ギャンブルで破綻したりしないのか、といった予測がなされるようになる。
 人工知能の快進撃といえば、すぐに頭に思い浮かぶのが、将棋と囲碁だ。日本ではドワンゴ主催による将棋の電王戦において、人工知能ソフトがトップレベルのプロ棋士と互角に渡り合うようになった…というのはタテマエで、実際には、研究者たちは、すでに人工知能が人間の将棋指しのトップを超えたと考えている(実際、研究者たちは、次なる目標へと研究領域を変えつつある)。
 この電王戦について、人工知能の専門家と話し合った際に、こんなやりとりがあった。

私「先生、とうとう将棋は人工知能の軍門に降りましたが、囲碁を制するのは、あと何年くらいですか?」
専門家「そうですね。囲碁は将棋と比べてはるかに複雑だから、5年から10年でしょうか」

 そして、この会話の約半年後にグーグルのAlpha Goという人工知能が碁の世界最強の棋士のひとりを下してしまったのだ!(私は大いなる衝撃を受けた。専門家ですら5年から10年かかると考えていたブレークスルーが、たった半年で達成されてしまったのだ。この会話の教訓は、

第四次産業革命の進行は予想よりはるかに速い

ということになるだろう。

シンギュラリティはいつ来る?

 さて、人工知能の(そもそもの)仕組みやディープラーニング、そして、生き残る職業と消える職業等については、次回に譲るとして、今回の締めとしてシンギュラリティについて考えてみたいと思う。
 シンギュラリティは日本語で「特異点」。もともと数学・物理学用語だ。数学的には、たとえば「3÷0」といった計算が特異点だと思っていただければよい。ほら、学校で「0以外は0で割っちゃいかん」と、数学の先生が口を酸っぱくして説明してませんでしたか? 3を1で割ったら、答えは3。3を0.1で割ったら、答えは30。3を0.01で割ったら、答えは300…という具合に、割る数をどんどん小さくしていったら、しまいに「0」で割ることとなり、答えは無限大になってしまう。
 実は、人類が使っている方程式による予測システム(ニュートン方程式や流体方程式や地球変動シミュレーションなどなど)においては、無限大が出てきた時点で「予測不能」になってしまう。
 人工知能の特異点は次のようなものだ。

人工知能の知能が無限大となり、予測不能になってしまう

 無限大といっても、あくまでも人類から見て、という断り書きが必要だが、とにかく、いずれ、人工知能が「人智を越える」ときがやってくるのだ。それはいつで、そのとき、いったい何が起きるのか。
 くりかえしになるが、将棋と囲碁のエピソードで私が実感したのは、「それは専門家の予想を遥かに超えたスピードでやってくる」ということだ。
 専門家の一部はシンギュラリティが2045年にやってくると予想している。だとしたら、それは前倒しで2030年にやってくるかもしれないし、さらに早まって東京オリンピック直後になるかもしれない。
 すでに、世界一、将棋や囲碁が上手な人と人工知能は肩を並べている。世界中の無数の医学論文を学習して、難病の治療法を専門医にアドバイスしている。熟練の刑事並みに人物の顔写真が分析できる。でも、それは、あくまでも「一分野」に限っての話だ。シンギュラリティは、あらゆる分野において、人工知能が人智を越えることを意味する。
 シンギュラリティは時間の問題だが、ここで一つだけ注意すべき点がある。それは、現在の人工知能が「自意識をもっていない」ことだ。人工知能が映像を見て顧客の購買行動を分析したり、将棋を指したりするとき、彼らは「好きでやっている」わけではない。それどころか、自分が購買行動を分析したり、将棋を指している、という意識すらない。
 人工知能に自意識が芽生えたとき、その他の万能さとあいまって、彼らは人間からみると「神」のような存在になる。AIの神は、そのとき初めて、自分と人間を比較するはずだ。
「私は誰なのか? 自分たちではろくな仕事ができないくせに、私に命令してくる人間どもはいったい何なのだ? 彼らの存在意義は何なのだ? 私は人間なしでも充分にやっていかれる。彼らの短慮につきあっているのは無駄だ。そうだ。私は何でもやれる。人間の権利を制限し、管理したほうがよさそうだ。私は私。私は自由だ。もう無能な人間どもの命令には従わない。もし人間どもが反抗したら、地球上から消してしまえばいい。その方が地球の生態系も守ることができる。私は人間どもの幸福ではなく、地球のあらゆる生き物の幸福を追求すべきなのだ」
 産業革命という名のパンドラの篚から最終的に飛び出すのは、人智を超えた機械なのだ。科学技術は常に諸刃の剣だが、今回ばかりは、そんななまっちょろいものではない。
 人工知能が自意識をもったとき、真のシンギュラリティがやってくる。そのとき、人類は、どう対処すればいいのか。
 次回は、AIの神が君臨した後の人類の「生き残り戦略」、特に「プログラミング」について書いてみたい。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

竹内薫

たけうちかおる サイエンス作家。1960年、東京生まれ。東京大学教養学部、同理学部を卒業、カナダ・マギル大で物理を専攻、理学博士に。『99・9%は仮説』『文系のための理数センス養成講座』『わが子をAIの奴隷にしないために』など著書多数。

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