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おかぽん先生青春記

2018年11月19日 おかぽん先生青春記

メリーランド大学カレッジパーク校

著者: 岡ノ谷一夫

 1983年の9月だった。僕はメリーランド大学カレッジパーク校に初めて足を踏み入れた。正門から入ると芝生が敷き詰められた小高い丘があり、その先には礼拝堂がある。丘の上には大学生らしき若者たちが、アメリカの大学生とはこうあるべきだと言わんばかりに存在している。ある者は寝ており、他のものはサンドイッチを食べており、またある者は読書をしている。礼拝堂のある丘は学内でもっとも美しい。アメリカ人から見ても大学生活の象徴に見えるらしく、デミ・ムーアが出演した1985年の映画「セント・エルモス・ファイアー」で、学生たちが語らう光景はここで撮影されている。この映画が出来てすぐに見に行った僕は、デミ・ムーアが演じるセクシーで奔放な女子学生に翻弄される気の弱い男子学生の姿と、自分の姿とを重ね合わせていた。。

 丘を越えてまっすぐ歩くと、大学院生・教員が使う中央図書館が見える。メリーランドはキスイガメ(Terrapin)を州の動物として指定しており、メリーランドのバスケットボールチームはTerpsと言う。まあそういうこともあり、図書館前には巨大なキスイガメの像がある。実際のキスイガメは大きくても30cm程度だが、この像は甲羅の長さ2mほどあり、甲羅から頭を出して上に反らせている。時折学生がこの像の首にまたがり、股ぐらから亀の首を誇らしげに突き出して記念写真を撮っている。まあ、そう来るよなと思う。この辺りの下ネタ感覚は、世界共通であろう。僕もいつかやろうと思っていながら、その記念写真は結局、撮らずに卒業してしまった。

 中央図書館から右手に歩いて行くと車道があり、車道を越えると芝生が敷かれた広場がある。日本では芝生に入るなという立て札が多いが、芝生は入ってなんぼである。ここでも学生たちが適当に寝転んでいる。広場の右手には学部生用の図書館がある。図書館は24時間入館可能で、いつでも勉強できる。とはいえ、実際には多くの学生は夜眠るために利用しているようであった。広場の先に立っているのが、Zoo-Psych Buildingで、ここに僕が所属することになるPsychology Departmentがある。

 ここに至る前、僕は正門にいた守衛さんに、Zoo-Psycho Buildingはどこか聞いた。守衛さんは最初に大笑いし、次にBeg your pardon?と言った。通じないらしい。何度か異なる発音を試し、ようやく通じて大学の地図を見せられた。なぜ通じなかったかと言えば、Psychと言うべきところをPsychoと言ってしまったからである。Zoo-Psychなら良いが、Zoo-Psychoだと、「頭のおかしい動物みたいなやつ」と言う意味になってしまうことを後から気づいた。子音で終わるべきところに母音を付けてしまうことで、英語は通じないのだ。

 というわけで、ようやく目指す建物に着いた。メリーランド大学の心理学は学部生1000人、大学院生100人を擁する巨大な組織であり、建物も巨大であった。地上4階、地下1階のその建物の東側に心理学部、西側に動物学部が入っている。なぜ心理学と動物学が同じ建物なのか、後で指導教員に尋ねてみると、どちらも動物を使うから、という答えであった。日本と異なり、米国では心理学は完全に理系なのである。

 建物には着いたが入れない。米国では建物はすべて施錠してある。学生が出てきた隙を見て、僕はすらりと入り込んだ。しかしそこは前室であり、歴代の心理学部長・動物学部長の写真が飾ってあるだけで、僕はもう1つドアを入らねばならないのであった。僕は再び学生が出てくるのを待ち、すんなりと滑り込んだ。学生たちはすべての人種がいるようで、自意識過剰なモンゴロイドの僕などは、砂粒のように無意味な存在で、誰にも怪しまれず心理学部の受付に至ることができた。受付にて、「我は日本国より来た大学院生にて、ロバート・ドゥーリング博士の研究室に行きたい」と伝えた。受付にいた女性は「ここでコーヒー飲みながら待ってろ」と言うので、言われた通りにした。そのコーヒールームは郵便室もかねており、コーヒーを飲みながら郵便物を見ている人物が何人もいた。後に、僕もここに郵便箱をもらうことになる。大学院生は、教員と同じ郵便室を使い、教員と同じコーヒーを飲むのである。

 待つこと十数分、毛むくじゃらの巨大な男が入ってきた。しかも大汗をかいている。「我はボブ・ドゥーリング。貴殿はカズオ・オカノヤか」という。この巨人が僕の指導教員なのであった。そもそも僕は「ロバート」を所望したのに、出されたものは「ボブ」なのだ。「貴殿はロバートなのか?」と聞くと、「ロバートとはボブなのだ」と言う。なんだかわからなかったが、そうかと思うしかなかった。米人には正式名と呼称とがあるのであろう、と理解するしかあるまい。僕自身もKazuoではなくKazと呼ばれるようになる。母音のuはつかないのだ。

 さて、この男はなぜ大汗をかいているのかというと、バスケットボールをやってきたのだそうだ。毎日昼食後、1時間ほどバスケットボールをやるそうだ。この男、大きさが190センチはありそうだ。体はしっかりしているが、お腹がせり出しており、体重も100キロはあるだろう。でかい。手もでかい。このでかい体で、果たして小鳥の聴覚の研究なんてできるんだろうか。不安になったが、帰りの飛行機代はない。ここで生きていくしかないのだ。僕はそう考えながら、ボブを見ていた。このときボブは39歳、僕は24歳。

 卒論の研究のため、ボブの論文は何本か読んでいた。論文を読んで描いたボブのイメージと、この大男とは全く異なっていた。僕が運動音痴なのはこのエッセイで散々述べてきた。僕がギターを弾いていることも。僕は勝手に、小鳥の聴覚の研究をする先生は、どちらかと言うと運動が不得意で、何らかの楽器をたしなむのであろうと思っていた。眼前の大男はその対極にあった。僕はこの男を指導教員とし、そのときから5年半、共に過ごすのであった。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岡ノ谷一夫

東京大学大学院教授。1959年生まれ。著書に『「つながり」の進化生物学』『さえずり言語起源論』などがある。

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