あとでまた触れることになると思うが、子どものころから黒川さんは鶴見さんのかたわらに身をおき、鶴見さんの家族とともに死にいたる過程につきそった。
 したがって、そうした特権的な立場(だからこそあれほどしつこい追求ができたのだろう)を生かして、かれにしか書けない伝記を書くことだっていくらもできたはずなのだ。しかし黒川創はその方法をとらなかった。かわりに「歴史学で言う一次史料と、それをめぐる史料批判」という禁欲的な手法をえらんで、93年におよぶ鶴見俊輔の生涯を、そのときどきの「期待の次元」に即して客観的に再現してみようとこころみ、それをやりおおせたのである。
 そして、もっといえば、これはまた敗戦9年後の1954年に開始され、のちに『転向』全3巻としてまとまった共同研究で、リーダーの若い鶴見自身がえらんだ手法でもあった。
 戦中戦後の大変動期に、おおくの学者や文学者や政治家や宗教家が国家権力による強制や世間の空気に押し負けて、じぶんの思想を変えていった。この人びとの「転向」プロセスを当人へのインタビューに頼らず、いまも残っている史料を読みこむことによって――つまりは「回想の次元」ではなく「期待の次元」に徹することで、かれらの列伝集を編んだ。おそらく黒川創のうちには当初から、この転向研究の手法をひきつぎ、それによって鶴見自身の伝記を書こうという心づもりがあったにちがいない。
 もちろんその点ではさきの「不良少年」問題も例外ではない。
 晩年の鶴見さんの回想では、満鉄総裁や外務大臣を歴任した大政治家、伯爵・後藤新平の孫としてそだった俊輔少年の行状は、いつも「ワッハッハ」という陽気な笑いをともなう語り口のせいもあって、かなり誇張された、あえていえば小さな道化のように感じられてしまう。
 でも黒川創の本はちがう。かれの採用した「慎重にえらんだ典拠にもとづいて事実と見なせると判断した事柄を丹念に積み上げていく」手法によって、老人の回想につきもののもや(鶴見さんの自己分析はあまりにも明快なので、それが逆に事実をぼんやりとおおう靄になってしまう)がとりのぞかれ、そこに家庭でも学校でもうまく人間関係をきずくことができず、孤立のままに万引きや陰惨ないじめや授業放棄などの非行をかさねる、とことん暗い生身の少年がすがたをあらわす。
 しかも俊輔少年の行状は通常のレベルをはるかに超えてはげしいものだった。なかで印象にのこった箇所を二つあげておくと――。
 まずは鶴見さんいうところの「男女関係」――思春期の少年が否応なしに直面させられる「性欲」の悩みを、14歳の中学生だった俊輔少年は「女給とか水商売の人」との「性行為」によって正面突破しようとこころみ、そのことでかえって深みにはまってしまう。このいきさつを黒川創は史料によって淡々と跡づけ、そこから、「自分の存在に罪があり、胸を張って生きられないという感覚」(『読んだ本はどこへいったか』)にとりつかれた少年の息づまるような苦しみが、なまなましく浮かび上がってくる。
 そしてその一方で、短い期間ではあったが、中学を退校した少年は、両親に内緒で麻布にあった後藤一族の大邸宅のそと――渋谷・吉祥寺間を走る帝都線(現・井の頭線)の久我山にみつけた物置小屋をじぶんのこづかいで借り、ひとり暮らしをはじめる。「固形燃料で火を焚き、簡単な食べものを何か暖めて食べ、本を読んで暮らす」(『鶴見俊輔伝』)といった日々だったという。ただし「そこに彼女を連れ込んだり」はせず、ひたすら大杉栄訳のクロポトキン『革命家の思出』などの本を読んでいたというから、この小屋はいってみれば、じぶんの「罪」をじぶんで罰する牢獄みたいなものだったのかもしれない。
 こうして一方では年長の女性たちとの情事、他方ではボロ小屋での目に障害がでるほどの集中的読書、しかもそれに前後して2度の自殺未遂と3度の精神病院への入院を繰りかえしていたというのだから、この14歳の少年の生がいかに極端で異様なものだったかがわかるだろう。
 この本に当時の鶴見家の家族写真がおさめられていた。
 父の鶴見祐輔を中心に、母と姉、幼い妹と弟――そしてその端に黒い背広にネクタイをしめた俊輔少年がふてくされた姿勢で映っている。そのカメラを睨む反抗的な目つきがものすごい。この不穏な目つきに日ごろの行状がかさなれば、困りはてた父親が15歳になった息子をアメリカに送りだす決意をしたのも、しごく当然と思えてしまうぐらいのものなのだ。
 ――なるほど、ようやくわかりましたよ、鶴見さん。のちにあなたが「私は不良少年だった」「悪人だった」と繰りかえし大声で語っていたのは、あれはただの誇張表現ではなかったのですね。(この項つづく)


 

黒川創『〈竜童組〉創世記』亜紀書房、1985年/ちくま文庫、1988年
黒川創『鶴見俊輔伝』新潮社、2018年
津野海太郎「国家デザイナーとしての知識人――梅棹忠夫論」『新日本文学』1982年6月号
きもの自在』晶文社 、1993年/ちくま文庫、2016年
鶴見俊輔『読んだ本はどこへいったか』潮出版社、2002年
鶴見俊輔『アメリカ哲学』世界評論社、1950年/こぶし書房、2008年ほか
鶴見俊輔『期待と回想』上下、晶文社、1997年/朝日文庫、2008年
鶴見俊輔・黒川創『鶴見俊輔みずからを語る』DVD・テレビマンユニオン、2010年
思想の科学研究会『共同研究 転向』上中下、平凡社、1959~62年/東洋文庫版、全6巻、2012~2013年