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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

 本をパラパラと捲った時に、何かが挟まっていると、異様にうれしい気持ちになります。
 出版社や本屋さんの栞でもうれしいし、古本で買った本に押し花やレシートが入っていてもうれしい。今回は〈最初から意図をもって挟まれたり貼られたりしている〉本たちを紹介したいと思います。

大竹伸朗『DREAMS—夢の記憶』
 大竹伸朗さんの夢を記録したノートが復元されている本です。随所に写真や、走り書きのメモのようなものが挟まっていて、あるメモは裏側の糊の痕まで印刷で再現されています。学生の頃に買った時はまだ新刊書として並んでおり、当時の自分には高い本だったのですが、この「物質感」がたまらなく、えいっと池袋西武のART VIVANTで買った記憶です。その後、この本を古書店で見るたびに、「買わなくては!」という変な使命感があり、買っては人にあげたりして、今家には2冊あります。夢は、淡いものなのに、この本にはしっかりと形が作られていて、夢の強度みたいなものを感じます。


川島小鳥『明星』
 この本でまず目を惹くのは、その不思議な形。縦の写真は縦のまま、横の写真は横のままに綴じられた、写真に素直なすてきな造本は佐々木暁さん。台湾で撮影された、きらきらした写真たちにうっとりとしていると、袋が貼られているところが。袋の中には写真と栞のようなもの。袋は、台湾でたまにみる包装用のもので、ペンギンの柄でした(後日わたしも台湾の包装紙屋さんで発見。ついつい購入)。いま、この原稿を書くにあたって、ナナロク社のサイトをみたら、なんと袋が違っていました! ランダムにいろんな袋だったのですね。ペンギンよ、我が家へようこそ。



J.J.Abrams, S
 これは編集者のSさんに「面白い本がありましたよ」と紹介していただいた本で、一目見て真似して買いました。洋書なので、読んでいないのに紹介して恐縮なのですが、函の封印シールを解くと、中からは別のタイトルの『Ship of Theseus』という布の上製本がでてきます。中を開くとびっしりと2種類の手跡の、違う色の文字が並び、写真や、なにかのコピーや、ノートや新聞の記事や、たくさんのいろんな紙片が挟まっています。
 こちらで中身が見られるようです。
 読めないけど、見るだけでわくわくします…。作者のJ.J.Abramsさんは映画「スタートレックシリーズ」や「スターウォーズシリーズ」の近作、ドラマ「LOST」などの監督や製作をしている方なので、本もこんなにスペクタクル感のあるものができたのかもしれません。しかし、本を作る立場からすると、決まった場所に決まった紙片を挟む指定をし、夥しい紙片そのものも入稿し…と考えると、本当に頭がさがります。



Andrew Birkin, Jane & Serge. A Family Album
 こちらはジェーン・バーキンとセルジュ・ゲンズブールの家族写真集。古い家族写真が大好きで、海外の蚤の市でも購入したりするのですが、これはさらに、あの二人なので、とても美しく、幸福感の漂う一冊。ちいさなかわいいシャルロットも写っています。それだけでも十分なのに、ビニールカバーの外側がポケット仕様になっており、ステッカー、ポスター、写真のベタ焼きの復元、ポストカードサイズの写真、そしてなぜか刺繍ワッペンが封入されていて、盛りだくさんになっています。



Signe Bergstrom, The Archive of Magic: the Film Wizardry of Fantastic Beasts: The Crimes of Grindelwald
 これは映画「ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生」のメイキング本です。デザインは映画「ハリー・ポッター」シリーズでもグラフィックや小道具を担当したデザインチームMinaLimaが担当しており、細かなところまで楽しめるしかけになっています。ポスターが封入されていたり、フラメルさんの名刺が貼ってあったり、「あの手紙」が貼ってあったり、楽しくてたまらないのですが、一番の見所は主人公ニュートの身分証の再現! この映画の世界では写真は映像のように動くのですが(新聞の写真も動画のようになっています)、それに近づけるべく、写真のところがレンチキュラー印刷になっているのです! 現在は日本語版もでているようですし、ハリー・ポッター版もおすすめです。



上の画像をクリックすると、写真が動いているように見える様子がよくわかります。

小林聡美『読まされ図書室』
 小林聡美さんが「人から読まされた」本の書評をしているめずらしい書評集。現在は文庫化されていますが、これは単行本版です。カバーをひらくとそこには図書室でよく見たあのカードが! 貸出し本についている〈あの封筒〉は印刷になっていてご愛嬌ですが、このカードが最初にあることによって、読者が受け取る世界がぐっと広がっているすばらしい挟み込みだと思いました。デザインは挟み込みの名手、大島依提亜さん。


武井武雄『切手型書票』
 こちらは途中にちょっと、というものではなく、全ページに貼ってあるのです! 武井武雄の描く、小さな切手様の蔵書票たち(フチも切手みたいになっています)。こんな蔵書票を貼られる本は幸せだろうな、と思いつつ、もらえるならどれにしようかな、なんて考えたりして。





若松英輔『悲しみの秘義』
 ここからは手前味噌ですが、自分の担当作をご紹介します。まずはこちら。
 これは、装画をひがしちかさんに描いていただいたのですが、カバーが6通り、仮フランス装の内側の絵が9通り、その組み合わせで、なんと全部で54通りの本になっています。カバーの絵は、一枚の絵から様々な部分を抜き出しており、「人それぞれの悲しみ」が表現できたら、と思って作りました。本文112ページの後に一枚、本のノド側から色の滲んだ薄い紙が挟まっています。じんわりと紙にひろがる滲み。ひがしさんの作品の中にあったものを再現しています。たぶん誰も気づいてないと思うのですが、裏側も実際の紙の裏側と同じように印刷しているのです…。


ヒグチユウコ『BABEL』
 ブリューゲル「バベルの塔」展に合わせて作られた画集で、ブリューゲルやヒエロニムス・ボスの作品をヒグチさんがオマージュした作品が、ふんだんな箔押しとともに再現された画集です。冒頭に、当時の作家たちの使用していた印刷技法と同じ「エングレービング」でヒグチさんの作品を印刷したものが貼り込まれています。インクが盛り上がっているところを直に触ってもらえたらうれしいです。




辻村深月『小説・映画ドラえもん のび太の月面探査記』
 こちらは2019年のドラえもん映画の小説版です。ジュニア版も同時発売だったので、大人向けのこちらは、シックに作りました。カバーを捲ると、扉にあらわれる「どこでもドア」。よくみると扉がすこし開いていて、中がちらりと見えるはず。扉の上の方はマイクロミシン(細かいキリトリミシン)となっているので、ぐっと力をこめて、どこでもドアを開いてみてください。のび太くんとドラえもんと、一緒に月に旅立っていく気持ちになってほしいなと思って作りました。



 ざっと紹介してきましたが、貼ったり挟まったりしている本はまだまだたくさんありますし、これからも出会っていきたいなと思っています。たまには作れたらいいけれど!

撮影:菅野健児(新潮社写真部)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

名久井直子

ブックデザイナー。1976年、岩手県盛岡市生まれ。武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、広告代理店に入社。2005年に独立し、ブックデザインをはじめ、紙まわりの仕事に携わる。第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞受賞。


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