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若松英輔×山本芳久「人生のソムリエ」になろう

2021年4月7日

若松英輔×山本芳久「人生のソムリエ」になろう

『世界は善に満ちている』刊行記念

第3回 「愛」をよみがえらせるために

著者: 若松英輔 , 山本芳久

コロナ禍で大切な人になかなか会えなくて不安になる――そんな悩みを抱えている人も多いかもしれません。このような悩み相談に、中世ヨーロッパを代表する哲学者トマス・アクィナスなら、どんな回答を寄せてくれるでしょうか。新刊『世界は善に満ちている トマス・アクィナス哲学講義』を刊行した東京大学教授の山本芳久さんに、批評家の若松英輔さんが話を聞いてみました。

※この記事は、2021年2月6日にNHK文化センター青山教室のオンライン講座として行われた対談に、両著者が加筆修正を施したものです。対談の一部は、月刊誌『波』20214月号にも掲載されています。

(前回の記事へ)

心における一致

若松 現在のコロナ禍を乗り越えるために参考になるなと思ったのが、「二つの一致」の話です。私たちはいま大事な人、愛する人と直接会えない、または会いにくい状況に置かれていて、これは人によってはかなり深刻な精神の危機をもたらしています。
 それを考えたとき、トマスが、愛には「心における一致」と「実在的な一致」があると言っているのが、この状況を見直していくうえで参考になるのではないかと思いました。

山本 トマスは「愛は一致である」という言い方をします。たとえば愛の対象が人間だとすれば、その人と親友になったり結婚したりして、一緒に時間を過ごしたり、共に生活したりするのが「実在的な一致」ですね。この、気軽に一緒に時間を過ごすというようなことが、現在コロナ禍によって難しくなってしまっている面があるわけです。
 しかしそれは愛の半面に過ぎず、トマスは「心における一致」というものがあると言います。たとえば、喫茶店でたまたま耳にした音楽が、私の心に深く入ってきて、お店を出た後にも頭の中ではその音楽が鳴り響き、幸せな気分が続くということがあったりします。お店を出て、実際にその音楽はもう聞こえなくなっていても、その音楽は私の心の中で鳴り響き続けている。それをトマスは「心における一致」と呼ぶわけです。同じように、コロナ禍で愛する人とは会えなくなってしまっても、「心における一致」が続いている限り、愛の喜びを味わえるわけです。会えないからこそより一層、愛する人が心の中に深く住んでいるという事実があらためて深く味わい直されてくるということもありますよね。

若松 おっしゃったことを理解する人は多くいると思います。それでも、やはり「実在的な一致」がなければ意味がないと思う人も多いのではないかと感じながら、お話を聞いていました。

山本 もちろん「実在的な一致」がなくてもよいという話ではありません。ただ「心における一致」は、多くの人が思っているよりも重要だということは指摘しておきたいと思います。
 これは逆のことを考えれば簡単なことで、いくら恋人と一緒に住んでいても、相手に対する愛が冷え切っていれば、むしろ苦痛なだけでしょう。愛する相手に会えなくて悲しい気持ちになるのは、まさにその愛がいま現在のあなたの心を強く揺り動かし続けているからです。たとえ「実在的な一致」が阻まれていても、「心における一致」は続いている。であれば、それを大切に味わい育むことによって、何とかこの危機を乗り切って欲しいと思います。

若松 「会えない」という「実在的な不一致」が「心における一致」を深める契機になる、ということですね。コロナ禍では、どうしても「会えない」という困難ばかりに目が向いてしまい、「心における一致」への転換の可能性を見過ごしがちです。トマスの哲学は非常に論理的に構築されていて、一見とっつきにくい印象を受けますが、じつはこのように私たちの今の生にそのままつながる問題を論じている。これが本当の意味での「哲学」ですね。

山本 トマスは、『神学大全』という巨大な哲学書を書いた知識と論理の人というイメージで、ともすれば、ものすごく博識だけれども無味乾燥みたいな印象を持たれがちです。今回の本を書く際は、そのような誤解をひっくり返すことも、大きなモチベーションの一つでした。

若松 山本さんの新著を読んで驚いたのは、『神学大全』はトマスの全著作のうちの7分の1に過ぎないという事実です。日本語訳で45巻もある大著なのに、この7倍もの本を書いている。この事実だけをもってみても、トマスがいかに大きな情熱を持った人だったかが分かります。冷たい論理だけでこれだけの仕事はできません。人間に対する愛、あるいは神に対する愛があったからこその仕事だと思いました。

愛をよみがえらせるために

若松 この「愛」という概念は、新著のもっとも重要なテーマの一つですが、興味深く感じたのは、憎しみの根源に「愛」があるというお話です。私たちは、愛は憎しみによって打ち消されると考えがちですが、愛はそう簡単に消せるものではない。もっと言えば、人間の力で消せるようなものではないという、とても力強いメッセージを感じました。

山本 トマスの「感情論」では、人間の基本的な感情は全部で11種類あるとされ、そのすべての感情の根源に「愛」というポジティブな感情があると考えられています。「怒り」や「絶望」といったネガティブな感情も、丁寧に解きほぐしていくと、その根源には「愛」というポジティブな感情が見いだせるということです。

「愛」の根源性(山本芳久『世界は善に満ちている』66頁より)

 そして、愛は憎しみよりも圧倒的に優位にあります。たとえば、誰かを憎むというときは、自分が愛している友人とか、あるいは自分自身とか、とにかく自分が愛している何かがまずあって、それを傷つける人に対して憎しみという感情が生まれるわけです。

若松 これは、今回の対談の冒頭で伺った「善と悪」の構造と同じですね。原理的に、愛は憎しみなしでも存在できるが、憎しみは愛なしには存在できない。

山本 ですから、憎しみにとらわれて苦しいときは、その前提にある愛の方に目を向けてみることが大事だと思います。今この憎しみを生み出している愛とは何か。それが分かれば、その愛に焦点を当てて、それを大事に育むような仕方で、自分の心を立て直していけばいい。そのような習慣を身につければ、より肯定的に生きていくことができるのではないでしょうか。 

若松 この「愛」という言葉も、現代ではあまり正面から使われにくいものになってしまいました。しかし、どうにかしてよみがえらせなければならないと考えています。
 たとえば、私がものを書くとき、「愛」を別の言葉で表現しようとすると、どうしても「愛」を矮小化することになる。やっぱり「愛」は「愛」という言葉そのものを新生させる方向にエネルギーを費やした方がよいのではないかと考えています。

山本 それはとても重要な指摘だと思います。

若松 あともう一つ、トマスが使っている言葉でとても印象的だったのが「刻印」です。本の「あとがき」にも、「愛とは『愛されるもの』から被る『刻印(impressio(インプレッシオ))』だというのがトマス感情論の基本的な洞察である」とあります。「刻印」という言葉は、私にとって非常にポエティック、詩情あふれる言葉であると同時に、とても力強い言葉だと思いました。「愛」をよみがえらせるときに、「愛」と「刻印」の関係が、重要な糸口になるのではないかと感じました。

山本 愛を「愛されるもの」からの刻印だと捉えることは、先にお話しした、感情は受動的であるという話と繋がっています。私たちが何かを愛するとき、それはむしろ「愛されるもの」の側が、自らを私たちの心の中に刻み込んでくるんだとトマスは言います。そして、私たちは普段はあまり意識していませんが、日々の生活の中で、じつに多くのものからの刻印を受けて生きているわけです。

若松 たとえば、ある風景を眺めて心を動かされる。流れてくる音楽を聴いて、なつかしい感情に包まれる。あるいは、誰かの振る舞いを見て、感心する。このように何かを「良い」と感じるたびに、何かが私たちの心の中に刻み込まれていく。それがトマスの抱いている「愛の刻印」のイメージなのですね。

山本 生きていくということは、そういう刻印の積み重ねだと思うんです。そして、私たちが辛い状況に置かれたときなどに、なぜか不意に思い出されて、精神的な力を与えてくれたりする。だから、私たちの心に日々刻み込まれてくるものをどう受け止めるかが、人生の質を決定的な仕方で変えると思うんですね。
 ただ同時に重要な点は、この刻印というものは、自分で刻み込もうと思って刻み込めるものではないということです。

若松 「恋に落ちる」ということがありますが、落ちてやろうと思って、落ちるものではないですもんね。

山本 実際に魅力的な人が現れて、その人が私の心に刻み込まれる。そのことを私が大切に受け止める。そうした「愛されるもの」と「私」の共同作業によって、初めて恋というものが成り立つわけです。芸術作品との出会いなども似たようなものですね。
 人生は、そのような共同作業の繰り返しで成り立っているのだと思います。それはキリスト教を信じる信じないに関わりなく、日常生活の中で誰もが繰り返し体験していることでしょう。
 だとすれば、日々私たちの心に刻み込まれてくるさまざまなものを、いかに受け止め、それにどう応えていくかを考えることが、人生に対する手応えや充実感につながると思います。

(了)

山本芳久『世界は善に満ちている――トマス・アクィナス哲学講義

2021/01/27

「感情をありのままに深く受けとめよ」――究極の幸福論。

怒り、悲しみ、憎しみ、恐れ、絶望……どんなネガティブな感情も、論理で丁寧に解きほぐすと、その根源には「愛」が見いだせる。不安で包まれているように思える世界も、理性の光を通して見ると、「善」が満ちあふれている。中世哲学の最高峰『神学大全』の「感情論」を、学生と教師の対話形式でわかりやすく解説し、自己と世界を共に肯定して生きる道を示す。

公式HPはこちら

若松英輔

1968年、新潟県生まれ。批評家、随筆家、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞、第16回蓮如賞受賞。著書に『イエス伝』『悲しみの秘義』『内村鑑三』『霧の彼方 須賀敦子』など多数。

山本芳久

1973年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員などを経て、現職。専門は哲学・倫理学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学。主な著書に『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)、『トマス・アクィナス 理性と神秘』(岩波新書、サントリー学芸賞受賞)、『キリスト教講義』(若松英輔との共著、文藝春秋)など。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若松英輔

1968年、新潟県生まれ。批評家、随筆家、東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。慶應義塾大学文学部仏文科卒業。2007年「越知保夫とその時代 求道の文学」にて第14回三田文学新人賞評論部門当選、2016年『叡知の詩学 小林秀雄と井筒俊彦』(慶應義塾大学出版会)にて第2回西脇順三郎学術賞受賞、2018年『詩集 見えない涙』(亜紀書房)にて第33回詩歌文学館賞詩部門受賞、『小林秀雄 美しい花』(文藝春秋)にて第16回角川財団学芸賞、第16回蓮如賞受賞。著書に『イエス伝』『悲しみの秘義』『内村鑑三』『霧の彼方 須賀敦子』など多数。

連載一覧

山本芳久

1973年、神奈川県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科教授。東京大学大学院人文社会系研究科博士課程修了。博士(文学)。千葉大学文学部准教授、アメリカ・カトリック大学客員研究員などを経て、現職。専門は哲学・倫理学(西洋中世哲学・イスラーム哲学)、キリスト教学。主な著書に『トマス・アクィナスにおける人格の存在論』(知泉書館)、『トマス・アクィナス 肯定の哲学』(慶應義塾大学出版会)、『トマス・アクィナス 理性と神秘』(岩波新書、サントリー学芸賞受賞)、『キリスト教講義』(若松英輔との共著、文藝春秋)など。


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