先日、大急ぎで学校から戻ってきた次男が、玄関で叫んだ。「かあさん! 俺、自分の部屋が欲しいわ! そろそろ俺も六年やしな!」 

 いつの間に、「ママ」から「かあさん」になったのだろうとちょっと驚きつつ、ついにこの日が来たかと思った。最近、遠くのお友達の家まで自転車で遊びに行くようになった双子には、私が知らない秘密がどんどん増えているらしい。時々、私に聞こえないように、コソコソと耳打ちし合い、「わかった」とか「よし」なんて感じでやりとりしているのを目撃する。息子たちの行動のすべてを把握しようなんてことは思わないが、どこのお友達と遊んでいるのか、何をして遊んでいるのかは、親としてある程度は知っておかなければならない。さりげなく(探っているのではないというオーラを全身から出しながら)、「今日はどこに行ったの?」、「何をしたの?」と事情聴取したりする。

 答えは決まって、「友達の家でゲームした!」というものだ。最近ではその後に、「A君の部屋がすごくかっこいいねん!」とか、「みんな自分の部屋を持ってるんやで、俺らにはないけど」なんて発言が続くことが増えていた。そろそろ部屋を用意してあげなくちゃいけないなと思いつつ、忙しさを言い訳に数ヶ月が経過していた。次男が、やいのやいのと再び言いはじめたことがきっかけになって、とうとう重い腰を上げて、それまで物置同然に使っていた一階の部屋を片付けた。

 六畳ほどの一室を次男に、その横の、少し広めの部屋を衝立で仕切って長男の部屋とした。ベッドを入れ、壁に掛けるポスターを用意し、机を置いた。エアコンもついているから快適だろう。まだ部屋の中はがらんとしているけれど、自分たちでなんとかするはずだ。ある程度家具が揃ったところで、長男と次男に各自の部屋を披露した。二人は大喜びで、あれやこれやとレイアウトを紙に書き、どうやって楽しい部屋を作ろうか、大興奮で計画しはじめた。

 部屋の準備が整った翌日から、わが家は近所の子どもたちであふれかえった。自分の部屋ができてうれしくてたまらない息子たちが、友達を招待しはじめたのだ。とにかく、毎日多くの小学生男児たちが、玄関からではなく、息子たちの部屋のサッシの窓からどんどんわが家に入ってくる。玄関から入らないのは、飼い犬のハリーを怖れてのことだ。男児たちは口々に、「あの犬はヤバイ」、「あれは殺人犬や」と顔面蒼白で噂している。二階の仕事場にいる私にもそんな声は聞こえてくる。やれやれと思いつつ、男児たちが笑い転げている声を聞くと、こちらもなんだか楽しくなってくる。

 お友達が帰ったあとも、それぞれが自分の部屋で過ごす時間が増えた。互いの部屋を行ったり来たりして、二人で楽しく遊んでいる様子もあった。しかし、日が暮れて外が暗くなると、大急ぎで私のいる二階の仕事場兼リビングにやってくるのだ。そして、あれが食べたい、これが飲みたい、風呂は沸いているか、テレビを見たいがリモコンはどこだと、いつもの調子になる。「せっかく部屋を作ったんだから、自分の部屋で夜まで過ごしてみたら? 一度、次の日の朝まで寝てみるといいよ。それはそれですごく楽しいから」と、業を煮やして提案すると、長男と次男は顔を見合わせた。夜? 一人で寝るの、僕ら?

 向こう気の強い次男は「俺は今夜、自分の部屋で寝る」と宣言した。控えめな長男は「俺は二階でパパと寝る」と、素直に言った。その長男の発言を聞いて若干気持ちが揺らいだ様子の次男だったけれど、自分を奮い立たせるように、ランドセルと水筒をひょいと肩に担ぐと、「あばよ」と言って一階に降りて行った。しかしその決心が揺らぐまで、一時間もかからなかった。

 結局のところ、長男も次男も、今まで通り、私と一緒に二階の寝室で寝ている。自分の部屋で寝るのは、まだ怖いらしい。何度も挑戦してはみるものの、二十一時を過ぎると我慢ができなくなり、真っ青な顔をして悲鳴を上げながら階段を駆け上がってくる。互いにギリギリまで我慢し、一人がたまらず部屋から出ると、もう一人もそれに加わって、一斉に駆け上がってくるのだ。そこに興奮した犬まで加わり、カオスが繰り返されている。

 随分体の大きくなった双子と、大型犬に囲まれて寝る私は、最近、夜中に目を覚ましてしまうことが増えた。まんじりともせず天井を睨みながら、あんなこと、こんなことを考える。左側には、私の背を超えるほど成長した次男がいる。右側には、まだ線は細いけれど、男の子らしくなってきた長男がいる。あと一年もすれば、この子たちが私と一緒に寝ることはなくなるだろうと思う。その日が来るのが待ち遠しいような、そうでもないような気持ちだ。青年となり、この家を出て行く日も、いつか必ず訪れる。それも、そう遠くない未来だろう。社会に出て、苦労しないだろうか、悲しい思いをしないだろうかと、今考えたってどうにもならないことを暗い部屋の中で繰り返し考える。答えは出ない。ただ、どうかこの二人の若者が、そして足下に寝るとんでもなく重い犬が、いつまでも健康で幸せに暮らせますようにと、そう願うことしか私には出来ない。