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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2019年12月26日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび

西表島 その1

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

石垣島からフェリーで約45分、これより西には与那国島しかない日本西端の島、西表(いりおもて)島。食料品や雑貨を売る商店は島内に数軒しかなく、なかでも最大の店が上原港近くにあり、島民が次々に訪れます。迎えてくれたのは巨大冬瓜。食べでがあるね。
品物のほとんどが沖縄本島から石垣島を経ての輸送品ですが、西表のこの店を見ていると沖縄県民にとって欠かせないものはなにかが見えてきます。紙銭とは打紙(ウチカビ)ともいい、ご先祖様があの世でお金に困らないように法事の際に必ずお供えするものであります。
気になるのは菓子よりも菓子パン供給率の高さ。石垣島の製パン会社のバターパンやコーヒーパンなどクリーム挟みコッペが人気で、さらにヌーベルケーキ、三日月ケーキとケーキの名が付くパンも。生菓子が手に入りにくい南国ゆえの呼び名かと。
いつまでも居座っていて申し訳ありませんが、店の伝言板は島民の情報交換の場であり本土にはない情報が目白押し。イリオモテヤマネコの目撃情報がこれほど重要視されているとは。パイン農園の時給などにもつい目がいってしまいます。
お店を出て島を半周する道路を車で走り、一本脇道に入ればすぐに静かな島の風景に。県最古の新盛家(しんもりけ)住宅周辺の古い垣根は石ではなくサンゴが積まれています。平屋の茅葺き屋根は涼しい陰を作り、日の照る坂道は浜辺へと続いています。
香り高いピーチパインは既成概念を打ち砕くおいしさで、マンゴーとともに島の名産。農園は忙しくて人もおりませんで、なんでも自分でやって下さいとダイナミックに営業中。島の人のおやつは本来菓子でなく果物なのだと思います。
そして目につくのはイリオモテヤマネコ注意の表示板。闇夜に突如「子ネコ!子ネコ!子ネコ!」の電光掲示が現れ、仰天させられることも。かつてはなかった車との衝突事故が夜行性の絶滅危惧種の生存に深刻な影響を及ぼしています。
浦内川の河口にはマングローブの林が広々と広がっていました。干潮になるとオヒルギの木たちが足を伸ばし、影を伸ばし、まるで海に向かって歩いていっているようにもみえます。静かな夕暮れどき、それを見ている人は誰もいません。
潮が引いたマングローブ林の湿地帯ではあっちでもこっちでもシオマネキが巣から一心に砂を掻き出しています。片方の大きなハサミを振る姿が潮を招いてみえる小さなカニは、せっせと仕事をして、最後に小石でぷっと巣穴に蓋をして寝てしまいました。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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