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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2020年1月9日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび

西表島 その2

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

夜明け前に船で仲良川の上流へサガリバナを見に行きます。垂れた茎に房状につく花は夜咲いて、コウモリなどが媒介した後は散ってしまう一日花。早朝川面に落ちた儚い冠のような花々は集まりまた離れて、音もなく流れていくのでした。
海遊びのお供はポーポー(炮炮)。チンビン(巻餅)とともに中国菓子の影響を受けたもので、小麦粉の薄皮に油味噌や黒砂糖が入るそうですが、これは中身なしの簡略版。新潟のぽっぽ焼ともそっくり。各地で見かけるおやつです。
船浮集落のイダの浜で潜ると海中の岩にはタカラガイのアパートが。白く丸い背に山吹色の二本のラインが美しいハナビラダカラがくぼみごとに具合よく収まり、波間の光に照らされ、澄明な波に洗われ、日がな一日うつらうつらしているようでした。
丸い果実はパインではなくアダン。小さな実の集まりで、ばらけると軽く浮きやすく、浜辺に転がっているのもよく見かけます。自生地はモルジブ、スリランカからマレーシア、台湾、南西諸島まで、南の島沿いにぷかぷか海を渡ってきたのでしょう。
常夏の地では冷菓が発達。沖縄といえばブルーシールアイスですが、マンゴーや黒糖を使った『島菓子工房』の地元アイスを白浜の商店で発見(現在は石垣島に移転)。集落の最奥には小学校があって、子どもたちが元気に通学しています。
島にはバスも走っています。南の終点豊原から、亜熱帯の森が覆う山々を迂回し、中心部上原港を経て、西の終点白浜まで。白浜港からは船でしか行けない船浮集落への定期便が出ます。その不便さに守られているものも多くあります。
島では浜辺に人がいることの方がまれで、お気に入りの浜を見つけたら朝から晩まで海と戯れていることもできます。星砂の見つかる浜もあります。海は星をちりばめたように光り、浜には砂に星がひそみ、なんでこんなにきれいかなあ。
あまがしとは小豆や緑豆に押麦が入って、黒糖で甘く味付けした沖縄風ぜんざいです。本来は五月五日の節句に厄払いとして菖蒲の葉を添えて食したもので、今は夏に冷やしてかき氷をかけて食べることも。金時豆入りの缶詰も売っています。
夜は海辺で渚の音を聞きながら満天の星空を眺め、道を渡ってどこかへ出かけるヤシガニを観察し、ごはんを食べたら畳の上にひっくり返って寝るだけ。日本の西の端の島には自然と時間だけはあります。さて明日はなにをして遊ぼうか。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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