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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

 『とみい』のお菓子は昔から懇意にしていただいている作家の奥様からいただいて知った。いただいたのは「新松戸三丁目」という焼菓子で、シンプルな銀色の缶に入った三種類の小さなクッキーやメレンゲがさくさくと軽い口当たりで、香ばしいナッツの味がよくして、滅法おいしかった。栞を見ると千葉名産のピーナッツを使ったお菓子を作る会社だという。よい素材を使い、作りたての味を大切にしている、まじめな味わいである。いっぷう変わったネーミングは、『とみい』の支店のなかでも新松戸店のみで販売する限定品だからであった。

ヘーゼルナッツ、ココナッツ、カシューナッツ、アーモンドなど、ナッツの風味が効いた「新松戸三丁目」

 おいしいクッキーにつられてやってきた新松戸のお店はショッピングセンターの横のゆりの木通りにあり、11月のその日、木々は明るく色づいていた。店に入って一目散にお目当ての缶を探すと、すぐに見つかった。見覚えのある三種類のクッキーが気前よくどっさり入っている。嬉しくなって、近くで商品の補充をしていたお店の人をつかまえて、これとってもおいしかったんですというと、「まあ、ありがとうございます。でもこわいですよね」というので、え、なにがと聞き返すと、「手が止まらなくなってね」と困った顔をする。愉快な人である。ところが話しているうちにこのクッキーにはピーナッツを使っていないことが判明した。入っているものとすっかり思い込んでいたのだ。お店の人はピーナッツの店なのに入っていなくてスミマセンと恐縮しているが、クッキーは充分おいしいのだから問題ない。この味わいはナッツを扱い慣れているからこそではないだろうか。

 『とみい』のピーナッツ(落花生)は成田近くの多古の契約農家の豆を使っているそうだ。今ちょうど新豆の時期ですからと、店頭に並んだ豆の種類についても教えてくれる。半立(はんだち)(なか)()(ゆたか)の従来種に新種Qなっつが加わり、殻付、素煎り、味付など加工もさまざまで、訪れる人々は迷うことなく好みの豆をむんずとつかんで買っていく。半立はコシヒカリ、中手豊は標準米ですねと、独自の表現で味の違いを説明してくれるのもおかしく、試食をもらうと、半立はピーナッツバターのようなコクと甘みがあり、中手豊はさっぱりと昔ふうで、Qなっつはまだまだ発展しそうな味であった。店には収穫時の写真も飾られていて、大量の豆が根っこにからまって土から掘り出されている。それを持つ農家の人の笑顔が大らかで豊かな感じである。

『とみい』では落花生の他、看板商品のピーナッツサブレーやらっかせい最中など、さまざまなピーナッツ菓子を自社工場で作っている

 私はクッキーはもちろん、豆好きが好むという半立の素煎りとQなっつの殻付を買った。店を出るとユリノキには日が当たってぽかぽかと小春日和である。知らない街でごはんでも食べて帰ろうかと思うような日であった。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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