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「答え」なんか、言えません。

2025年10月6日 「答え」なんか、言えません。

十三、「自分」はむずかしい

著者: 南直哉

なぜこの世に生まれてきたのか? 死んだらどうなるのか?――その「答え」を知っているものなどいない。だから苦しい。だから切ない。けれど、問い続けることはできる。考え続けることはできる。
出家から40年。前著『苦しくて切ないすべての人たちへ』につづいて、「恐山の禅僧」が“生老病死”に本音で寄り添う、心の重荷を軽くする後ろ向き人生訓。

 この前、恐山の受付に坐っていたら、信楽焼の狸にちょっと似た雰囲気の、丸刈りでポロシャツ&ジーンズ、大きい鞄ナナメ掛けの「オニイサン」推定30歳くらいがニコニコしながら近づいて来て、

「あ~、南直哉さんみたいな人がいる~~」

 その言い様に虚を突かれ、

「はあ、こりゃ、どうも…」

 とマヌケな返事をすると、

「本の写真で見た人と同じだ~、本物ですかあ?」

「いやあ、あの、本物のはずですがあ…、いま、別の和尚さんが戻ってきますから、その人に訊いてもらえると、『この人は南直哉だ』と言うと思いますよ」

 自己が自己である根拠は無い。「私」とは、記憶の持続と、「私が南直哉だ」と言ったら、周りの人が「そうだ」と認めてくれることで、ようやく成り立つものに過ぎない―などということを、今まであちこちで話したり書いたりしてきたが、まさかその「危機」に、この「オニイサン」によって陥れられるとは思わなかった。

 あえて言えば、この種のことをそれなりに「しつこく」考えてきた身である。しかし、いきなり事が現実に追突すると、このザマになるのだろうが、毎日が忙しい大方の人にとっては、こういう話はそもそもピンとこないのかもしれない。「私」とか「自分」とか、当たり前に使っている一人称の意味を、あらためて考える暇などないのだろう。

 しかし、この当たり前の言葉に油断していると、他の問題を考える時に危険である。たとえば、「死んだら、どうなるのか」。

 私は出家して40年、住職30年、この質問を何度受けたかわからない。老若男女を問わない。下は5歳、上は90過ぎまで。質問する人のキャラクターは千差万別だが、質問は見事なほど、全員一致である。

「和尚さん、死んだらどうなるの」

 私は思うのだが、「死んだらどうなる」と言う以上、「死んだ後、自分はどうなるのか」ということだろう。すると、この心配をしている質問者は、死んだ後も今の「自分」が存在していると思い込んでいるはずだ。その前提が無いと、質問が無意味である。では、なぜ、死後にも変わらず「自分」が存在すると、わかったのか?

 もうひとつ、「死んだ後、どうなるのか」という言い方は、「死」が何かわかっていないと、話にならない。「なんだかわからないことの後、どうなるんですか?」などと訊くのは馬鹿げている。「契約した後、どうなるんですか?」がまともな質問になるのは、「契約」の意味について、互いに共通の理解があるからである。

 そこで、「死んだらどうなるの?」と言う人に、「そういう質問をする以上、あなたは死とは何か、どういうことか、わかった上で、私に訊くのでしょうね?」と逆質問してみると、これまた見事に全員一致で、一切答えない。わからないから呆然とするのではない。それ以前に、質問の仕方自体、その言葉使いに問題があることにようやく気がつくのだ。

 この一般に少なくない「油断」は、実際危ない。死後にも自分はいると漠然と考え、死を今とは別の世界への「移動」程度に考えていると、それは結局、今の自分と自分のいる世界の投影に過ぎないから、現世の下らぬ話で、場合によっては、大損害を被る。あの世のネタを持ち出されて、この世で手ひどく騙されるのだ。「霊感商法」である。「あの世」も「この世」も同じだと考えないと、この商売は成り立たない。

 私は、「あの世は無い」と主張しているのではない。有無の断定はしないで、「あるかもしれないし、無いかもしれない」あたりで、話を止めておいたほうがよいと、お奨めしているのである。

「自分の気持ち」「自分の思い」というのも、やはり同じことである。「自分の」と言いはするものの、その「気持ち」は、そうはっきり「自分」にわかるわけではない。

 ある時、30歳半ばの男性に会った。超有名大学を出て、某大企業に入って、同期のトップクラスで管理職になったという「エリート」が、私に相談したいと言うのだ。

 指定の場所に現れたのは、タレントそこのけの美丈夫である。この男が何を言うのかと思ったら、席に坐るや否や、

「ボクは母の支配が苦しいのです!」

「はあ?」

 彼いわく、

「母親は、私のプライベートなことに矢鱈に口出しし、最近は「結婚しなさい」とうるさくて、それが辛い。自分を思い通りにしたいのです! 彼女は!!」

 熱弁が止まったので、私は訊いてみた、

「あの、そうすると、あなたはお母さんと同居してるんですか?」

「はい。父母の家にいます。妹は結婚して、もういませんが」

「じゃ、家を出て、別居すればいいじゃないですか」

「ダメです! 母は追いかけて来るんです!!」

「したこと、あるんですか?」

「あります。でも、毎日押しかけてくるんです」

「で、元の家に戻ったと」

「はい」

 私は何となく見当がついてきた。こういう時は、本人が語る「気持ち」や「思い」を全部棚上げにして、人間関係と行動パターンを見るほうがよい。

「あの、いま、お母さんが毎日押しかけると言いましたが、押しかけてきて何をするんですか?」

「同じです。口うるさく私にいろいろ言うんです」

「それだけ? ひょっとして、洗濯物があれば持ち帰ったり、あなたのごはんを作ったりしませんか?」

「そんなことは、どうでもいいことです!」

 男はここで急に気色ばんだ。私は確信した。

「もう一つだけ。お父さんはどんな人ですか?」

「父? あの人は何の関係もありません!!」

 もはや怒気を含んでいる。もう間違いない。

この親子は、父親がまともに機能せず、長らく母子の「共依存」関係にあるのだろう。おそらく妹が早く家を出たのは、兄の母親依存のせいで、母親と自分の関係がよくないからだ。

 母親と父親の夫婦関係も、早い時期に冷えたのかもしれない。その母親が息子に入れ込む。息子のほうは、母親に世話を焼かれるのが、実は楽だし、気分がいい。今や「菜園に入りびたりの父」は、いまさら家の中に波風を立てたくない。

 私は、結論を言った。

「あなた、結局、家でお母さんに面倒見てもらうのが、楽なんでしょう? 一度別居したのに、また戻って来るんだもの。だったら、お母さんの口出しを聞くくらい、家賃ですよ」

「何を言うんですか!」

「あなたは、本当はお母さんから離れたくない。しかし、離れなきゃいけないと、頭ではわかっている。その心と頭の矛盾があなたをいらだたせ、イライラを全部母親のせいにしているんじゃないですか?」

 彼は、やおら立ち上がって言い放った。

「あなたには失望しました! 何もわかっていない!! 無駄足でしたっ!!!」

 私が相談相手を怒らせたのは、今のところこの一回きりだが、自分の言ったことが相手のど真ん中にクリーンヒットしたと確信したのも、この一回だけである。

 けだし、「自分」とはむずかしいものなのだ。異常な速足で出口に向かう彼を見送りつつ、そう思った。

 

*次回は、11月3日月曜日に更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
 「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
 どうして自分が「考える人」なんだろう―。
 手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
 それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

南直哉

禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』『苦しくて切ないすべての人たちへ』(新潮新書)などがある。

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