
10月頭、イラク取材のパートナーの実家に一年ぶりにお邪魔した。8人きょうだいとさらにその家族、両親が集まって暮らす大家族で、ありがたいことに私たちが泊まった日の翌朝には羊の命を一頭、頂けることになった。
お父さんはとても敬虔なムスリムで、「ビスミッラー」(アッラーの名のもとに)という言葉と共に、羊ののどを正確にナイフで裂いた。「さばく前に、羊の目にナイフが映らないように」という配慮もあってか、羊は悲鳴一つあげなかった。どくどくと流れ出す血液を前に、皆真剣な面持ちで作業を続ける。もう息絶える、という最後の最後の瞬間に、羊はわずかに残った力を振り絞って血だまりの中でもがいた。飛び散った血液が私のズボンにかかると、お母さんが「それ貸して」と手際よく洗い桶で洗濯をしてくれ、また淡々と作業に戻っていった。
皮を削ぎ、胴体を吊るし、てきぱきと骨を砕いていく。腸や頭でさえ、「パーチャ」と呼ばれる煮込み料理として無駄なく大切に使う。これだけの作業は、家族そろっての協力なくてはなしえないのだと思う。だからこそ、家族そろっての食事の味は格別だった。
日本で暮らしていると、頂いた命がどんな道のりをたどり、どんな人々が関わって私たちの口まで運ばれてくるのかということに想像が及びにくい。その過程を見る機会はほとんどなく、見ずに生活が成り立ってしまう。
私が「いただきます」とあいさつをすると、「いただきますってどういう意味なの?」とお母さんが興味津々に尋ねてきた。皆さんだったら「いただきます」の意味を、どんな風に説明するだろう。その命に想いを馳せたとき、どんな光景が思い浮かぶだろう。

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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
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- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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