Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

家族で力を合わせ、羊の肉を丁寧にさばいていく

 10月頭、イラク取材のパートナーの実家に一年ぶりにお邪魔した。8人きょうだいとさらにその家族、両親が集まって暮らす大家族で、ありがたいことに私たちが泊まった日の翌朝には羊の命を一頭、頂けることになった。
 お父さんはとても敬虔なムスリムで、「ビスミッラー」(アッラーの名のもとに)という言葉と共に、羊ののどを正確にナイフで裂いた。「さばく前に、羊の目にナイフが映らないように」という配慮もあってか、羊は悲鳴一つあげなかった。どくどくと流れ出す血液を前に、皆真剣な面持ちで作業を続ける。もう息絶える、という最後の最後の瞬間に、羊はわずかに残った力を振り絞って血だまりの中でもがいた。飛び散った血液が私のズボンにかかると、お母さんが「それ貸して」と手際よく洗い桶で洗濯をしてくれ、また淡々と作業に戻っていった。
 皮を削ぎ、胴体を吊るし、てきぱきと骨を砕いていく。腸や頭でさえ、「パーチャ」と呼ばれる煮込み料理として無駄なく大切に使う。これだけの作業は、家族そろっての協力なくてはなしえないのだと思う。だからこそ、家族そろっての食事の味は格別だった。
 日本で暮らしていると、頂いた命がどんな道のりをたどり、どんな人々が関わって私たちの口まで運ばれてくるのかということに想像が及びにくい。その過程を見る機会はほとんどなく、見ずに生活が成り立ってしまう。
 私が「いただきます」とあいさつをすると、「いただきますってどういう意味なの?」とお母さんが興味津々に尋ねてきた。皆さんだったら「いただきます」の意味を、どんな風に説明するだろう。その命に想いを馳せたとき、どんな光景が思い浮かぶだろう。

お昼ご飯の支度。鍋の中ではさっき解体したばかりの羊の肉が煮込まれていた
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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