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安田菜津紀の写真日記

2020年6月3日 安田菜津紀の写真日記

「怒りでは何も変わらない」という声に

著者: 安田菜津紀

安田菜津紀
手をつなごう(2012年ウガンダ)

 ミネソタ州ミネアポリスで5月25日、黒人男性ジョージ・フロイドさんが警官に膝で首を押さえつけられて亡くなった。この事件を受け、アメリカ各地で警察の対応に抗議の声があがっている。一部警官がその抗議活動に連帯し、市民の前で跪く姿も報じられている一方、抗議活動の中では放火や盗難も発生し、事態は深刻化している。ただ、どのように平和的デモの中で暴力行為が起きてしまったのか、原因がはっきりとしていないうちに、高官たちは特定の「集団」が煽動しているかのように、証拠を示さず断定的な主張を重ねてきた。
 ちょうど同じ頃、トルコ出身のクルド人男性が、東京都渋谷区の路上で警察官2人に押さえ込まれ首に全治1カ月の怪我を負い、警視庁渋谷署前などで抗議デモが行われた。アメリカでの抗議活動がそうであるように、この渋谷で起きたデモも、クルド人男性が「怪我をしたこと」のみに向けられた怒りではないように思えた。なぜなら、「外国人には何をしてもいい」かのようなことは、これまでも日本社会の中で繰り返されてきたからだ。例えば、国連から再三「拷問にあたる」と指摘されてきた、入管施設への無期限収容も、クルドの人々をはじめ多くの外国人を苦しめてきた。
 私も度々、入管施設に面会に伺ったことがある。まるで電話ボックスのように小さな空間で、限られた時間しか収容者の方々と向き合うことはできない。分厚い壁に隔てられた密閉空間で何が起きているのか、外には伝わりづらい。けれども収容を経験した人々が語る施設内の実態は、「人間らしい生活」とはあまりにもかけ離れている。
 茨城県牛久の入管施設では2014年、カメルーン人男性が体調不良を訴えるも、放置され亡くなるという事件が起きた。床の上を転げ回るほど苦しんでいるにも関わらず、職員は監視カメラ越しに様子を観察しながらも、適切な処置をしなかったとされている。差別や暴力は海の向こうで起きていることではなく、私たちのすぐ隣で、これまでも起きてきたことなのだ。そしてその矛先は、肌の色や見た目の差だけに向けられるわけではない。
 「嫌なら日本から出ていけ」「朝鮮人が日本の政治に口を出すな」「お前の先祖は犯罪者」という言葉は、残念ながら私自身も受けてきた言葉だ。なぜなら私の父のルーツが、朝鮮半島にあるからだ。
 仮にその言葉通り、本当に、出て行ったとしてみる。けれども、「嫌なら出ていけ」というマインドが変わらない限り、残った人たちの中でまた、小さな差異を責め立て、形を変えた差別が繰り返されるだけだろう。そこにあるのはただ、「冷ややかな思考停止」だ。
 「怒りでは何も変わらない」という人がいる。けれども社会が抱える問題を、その差別を受ける側の態度や受け止め方の問題に矮小化することこそが、変化を阻む。怒りは怒りとしてある。その怒りの元となった理不尽な暴力が起きないよう、社会の仕組みやルールを変えていくためにエネルギーを注ぐこと。それが、「声」に気づいた人が持ち寄れる役割ではないだろうか。

安田菜津紀
手を握ろう(2011年岩手県釜石市)
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)所属フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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