シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

ロビンソン酒場漂流記

2020年11月10日 ロビンソン酒場漂流記

第2夜 そうだ、亀有は交番だけじゃない

JR常磐線 亀有駅徒歩15分 「鳥よし」

著者: 加藤ジャンプ

イラスト+写真:加藤ジャンプ(特記した写真を除く)

 亀有である。亀有が葛飾区にあることは、漫画『こちら葛飾区亀有公園前派出所』のおかげで、30代以上は誰でも知っている(と思う)。告白すると、実はちゃんと読んだことがない。けれど、ラーメン屋さんや床屋さんで、たまたま手にとった、いつ発売されたかわからないジャンプで読む漫画といったらコレだった。読むと面白いのに、いつの間にか床屋では『三国志』、ラーメン屋ではヤングジャンプを読むようになってしまって、結局ちゃんと読んだことがない、ごめんなさい。
 さて、今回目指すのは亀有のロビンソン酒場である。ロビンソン酒場とは、およそ商売向けとは思えない土地で、愛されつづけている名酒場のことである。町という海で人を導く灯台のような店、である。そんな孤高の店の、孤島で生き延びたロビンソン・クルーソーのごときサバイバルの秘密を解き明かし、そこにまつわる人の物語をもとめて、訪ね歩いているのである。要するに、酔狂です。

 JR常磐線の亀有駅の南口の改札を出ると、いきなり眉毛のつながった『こち亀』の主人公・両津勘吉と、その同僚たちの像が立っている。
 編集Mさんとは、「両さん像の前で待ち合わせ」と言ってあった。それで、「これこれ」と思って像に近づいたが、亀有駅南口のロータリーだけで二つも両さん像がある。
 亀有、やる気満々なのだ。
 北口にも別な像があるし、町中いたるところに『こち亀』のキャラクターを模した像が立っている。これでは、そこらじゅうで『君の名は』みたいなことがおこりかねない(もちろん『。』の無い、岸恵子と佐田啓二のほう)。

 ほどなくして編集Mさんが、いつものようにサングラス姿で現れ合流。連れ立って商店街を歩き出すと、Mさんがぼそり。
 「亀有はかつて……」
 Mさん、なにか下調べして来たな、と察した私は、食い気味にかぶせて言った。

「昔は亀ナシだったんだよね」

  奇跡的に二人の声がユニゾンした。幸先がいい。そうなのだ。亀有はかつて亀梨(亀無)と呼ばれていたが「ナシ」という音は「無し」のようだから、縁起良く「有」に変えた、というのである。葦をヨシ、スルメをアタリメと呼ぶようなものだが、私はKAT-TUNは好きなクチなので若干納得がいかない。
 そんなことを話しながら歩を進めると、商店街はどんどんさびしくなっていく。
 途中、家並みのなかに肉屋がひょっこり顔を出す。「ロビンソン肉屋だねえ」なんて言いながら、やり過ごそうと思ったら、店頭にはキツネ色の揚げ物が並んでいる。それを見た途端、「美味い一杯目の為に、目的地までは飲まず食わずで」という暗黙の誓いはあえなく潰え、コロッケを購入した。肉屋の女将さんは言った。
 「そう、この辺も昔はけっこう賑やかな商店街だったのよ。魚屋とかあってね。でも残ってるのは飲み屋さんと喫茶店とウチぐらい」
 で、商店はどうなったかといえば、みなアパートやら家になってしまった。

 人口がへらなくても、町は寂しくなるのである。

撮影:担当M

 そして、コロッケを受け取るとき、肉屋の大将が笑った。
 「呑み行かないで、ちゃんと家に帰りなよー」
 エスパーですか? さすがにこの肉屋、生き延びているだけある。読みがするどい。

 さて、目的の店は焼き鳥屋である。といっても、いろいろ旨いものがそろっていた印象がある。ここも取材のついでに意図的に迷子になって見つけた店だ。
 店の名を「鳥よし」という。
 駅からたしか、ひたすら南下したところ、という印象のとおり、さして迷うことなく店は見つかった。といっても駅からはじゅうぶん遠かった。商店街→住宅街→店がパラパラ(肉屋)→住宅街→突然、「鳥よし」という道程でおおよそ15分。遠い。
 広い真っ直ぐな道沿い、張り出した緑のアーケードに墨痕鮮やかに「鳥よし」とある。格子戸の左には積まれたビールケース、右の脇には、昔の煙草屋くらいの開口があり、傍らの(のぼり)には「焼鳥お持ち帰り」とある。この雰囲気、20年ほど前に来たときとほとんど変わっていない。

 暖簾をくぐると、小上がりとカウンター、奥には座敷がある。入ると、女将さんが小上がりに腰かけていた。髪型がキリッとしていて淡路恵子というか宝塚っぽい。かっこいい。大将もカウンター脇から顔を出して、二人揃って「いらっしゃい」と小さな声で迎えてくれた。コロナの時代せいなのかもしれないが、この、大音声でない挨拶が、逆に郷里に帰省して両親が迎えてくれたような雰囲気で、いきなりハートをつかまれる。ちなみに、私には帰省するような田舎はありません。

 そういえば、代替わりしたとか風の噂に聞いたはずだが、見えるのはご夫婦だけ。ちょっと不思議に思ったけれど、もっと不思議だったのは、こちらが到着した五時過ぎに、シメのおにぎりを注文した先客がいたことである。開店時間は四時。口開けから一時間ほどでシメまで駆け抜けたということか。あるいは、ほとんど呑まず定食屋的に利用したのか。どんな客のスタイルも否定しない、このあたりの融通無碍さも、ロビンソン酒場の長らえる秘訣なのだろう。

 小上がりに腰をおろし、まずは生ビール。冷え冷えのジョッキに冷え冷えがたっぷり。これをほとんど一気に飲む。最初に小鉢で御通しが供されると、これが、ゴボウの揚げたので、まずしびれた。それもそのはず、多くの飲兵衛の場合、野菜、それも繊維質を最初にぶちこまれると、脳内では「もう野菜食べたから、この先ツマミは何食っても安心だよね」と、諸々解禁になるのである。これを野菜のライセンスと呼ぶ。

 メニューを見ると、何枚か裏返しになっているのがあって気になるものの、刺身、揚げ物、焼き物、生野菜などなど実に豊富だ。20年も前の記憶だけれど、刺身が旨かった印象があるので、まずは焼き鳥屋なのに刺し盛りをお願いした。で、これが、驚くべき出来なのであった。
 マグロにタコ、そしてホタテがのっているが、いずれも「え? ここって漁村?」という新鮮さ。ホタテはねっちり甘く、タコはコリコリの奥に独特の旨みがじわじわとにじんでくる。出色は、マグロで、どこからどう見ても中トロは、口に入れた途端にとろけた。パクパクトロリ。
 しかも、わさびは私の好きな粉わさび。たまらん。

 刺身に惚れ惚れし、二杯目はどうしようか、壁を見たら
 『生G Fハイ』
 とある。生ガールフレンドって……と一応言いかけて、周りを見たら名物らしい。誰も彼も、コップになみなみ注がれたグレープフルーツジュースと焼酎のボトルをもって、銘々好きな配合で飲んでいる。常連に倣いこれを注文したら、これまた、サワー界の高級フルーツパーラーのような仕上がりであった。女将さん、注文のたびにコップ一杯分絞る。仕込みで先に絞っておかないのかと聞いたら、「さばけなかったらもったいないでしょ」とコスト管理もしっかりしている。

 さてさて、この後注文したのは、こんなところ。

 茹で落花生
 鶏皮からし和え
 ぽて丸チーズ
 なす味噌炒め
 梅水晶
 鶏唐揚げ
 いかぬた
 しめ鯖

 (以下焼き鳥)
 とり皮
 ぼんじり
 手羽先
 砂肝
 豚タン

 馬食、過食、暴食。いつもはそれなりに節度をもったつまみの食べ方をしているつもりだけれど、なぜ、こんなに食べてしまったかといえば、それは言うまでもなく旨いからなのである。茹で落花生はといえば、マジナイでもかけたかのような大きなサヤ入りで、

――なんで、こんなに大きいんですかねえ
と、聞くと、
 「なんでかしらねえ。でも、大きいってことより、これ美味しい落花生だから」
と、女将さんは、料理を出す店の本質というか、究極の価値観をあっさり垣間見せる一言をくれた。これですよ、これ。効率とかなんとかじゃなく、まず問題は旨いかどうか、です。

 いかぬた、しめ鯖は、最初の刺し盛りと同じく鮮度絶佳で味が濃い。とりわけ、しめ鯖は、ギリギリのしめ具合で、サバの、青魚のプライドをぶつけてくるような、野趣のある旨さがドカンとせめてくる。サバビアン。

 焼き鳥といえば、飲んでいる最中こんなことがあった。
 ちょうど焼き鳥を頼んだくらいのところで、突然こどもの顔が暖簾からのぞいたのである。どうやら、保育園帰りの子で、制服姿だった。
 「焼き鳥買って帰るの?」
 と問うと、それまで不審なおじさんを見る目だったのが、一瞬にして満面の、ちょっと得意げな顔をしたのである。つまり、この店の焼き鳥は、もはや町のプライドなのである。焼きかげんも、ツブの大きさも、塩にしてもタレにしても傑作。無限に食える。

 で、食べ物に夢中になっているうちに、気づいたら、御座敷にもカウンターにもお客さんがいて、もちろん、ソーシャルディスタンスを保持しつつ、静かに、放課後の職員室で先生方が楽しい話をしているくらいのボリュームの、小さな柔らかい笑い声が間断なく聞こえてくる。楽園である。

 ただ、ちょっと気になるのは水槽。たぶん、生簀がわりなのだろうが、ほとんど空なのである――。

 大将が一段落して厨房から出てきて、空いたジョッキを片付けようと手をのばしながら、
 「ごめんね、ちょっと取ってくれます」
 と穏やかに言った。見ると片手に黒い指サックのようなモノをしている。もちろん、と手伝っていると、女将さんが
 「ちょっと手が不自由でね」
 と言った。されど、刺身でもなんでも、こんなに見事な包丁さばきである。奥にいた、五月みどりが身につけたら似合いそうな感じのマスクをしたご婦人二人組が店を後にするところで話しかけたら
 「半年ぶりなのよ」
 という。これまでは、相当な頻度で来ていたけれどやはりコロナで足が遠のいていたそうだ。
 「やっぱり、ここはいいの」
 二人してニコニコ顔の手本みたいになっている。

 二人組はじめ、カウンターの一人飲みの人も、奥にいた元煎餅屋さんの男性も、一見コワソウなのに、めちゃくちゃ感じのいいお父さんとお母さんとお嬢さんの家族連れも、店中で一緒になって盛り上がるという感じではないけれど、それぞれが静かに楽しんでいる。

 「こういう土地だったからよかったんだよね」

 大将が、この土地を選んだのは、いまから四十年以上前のこと。二軒となりにはお風呂屋があり(こちらも現役)、その銭湯を中心に商店会を結成していたのだという。ところが、徐々に店は減り、その商店会もなくなった。それでも、ここで愛されているのは、旨くて安くていつでも開いている、から(ちなみに葛飾のこのあたりは、長い間、南北方向の鉄道の便がよくないというので、貨物線の転用だとかさまざまなプランがあげられているが、一向に実現しない)。
 「駅前は大変だよ。ココはさ、ああいう便利なところとちがうから。この場所は、知ってる人が通うとこ。昔からね」
 だから、コロナにも耐え続けているのである。

 正直、この近くに引っ越したいと思うほどの実力で、去り難くてしかたなかったのだが、駅も遠いし、家からも遠い。後ろ髪ひかれつつ去ろうというその時、思わず、件の空の水槽のほうを見てしまったら、女将さんが言った。
 「水槽、空っぽでしょ」「一週間前に息子が入院しちゃったんですよ」

 え?
 「水槽の魚をさばくのも息子。裏返しになってるメニューも、息子しかやれない料理なんです」
 「ほら、二年前に主人が病気して手が不自由になったとき、息子が継いでくれてたんですよ。でもね、入院しちゃって。だから今は、急遽、主人が厨房に復帰して、二人でやってるんですよ」

 なにも知らずにノンキに飲み食いしていたのがちょっと恥ずかしくなった。それが顔に出てしまったのかもしれない、女将さんが言った。
 「退院はいつになるかわからないけど、まあ、がんばりますから。ねえ、ありがとうねえ、遠くから来てくれて。また来てね、って言っても遠いもんねえ」

 もちろん、また来ます。
 そして、そのときは、親子の姿をサカナにのみます。

担当Mの取材メモ
ロビンソン度 3 ★★★☆☆

 ここに一枚の企画書がある。加藤ジャンプ氏が本連載を開始するにあたって、「ロビンソン酒場とは何か?」を雄弁に語るとともに、取材候補店をリストにしたものである。

 ××駅/居酒屋◎◎
 △△駅/中華***
 ◇◇駅/###館

 むむむ。まず、駅名がわからない。これは何県の何線なのか? 一応関東圏らしいのだが、関西生まれの私にとって、たぶん一生足を踏み入れそうにないマイナー駅だ。それなりに知られた駅であっても、ネットで下調べしようにもお店の情報が極端に少ない。「ロビンソン酒場」は、インターネットの海の中でも、離れ小島なのである。いったいジャンプ氏は、私をどこまで漂流させるつもりなのか。
 そんな中で、「亀有駅/鳥よし」は独自のホームページを持っており、焼き鳥屋なのに魚がめちゃくちゃ旨そうなのである。「店主ごあいさつ」によると、1973年創業。地域密着型の店舗として愛されつづけ、2018年に先代が引退。2代目店主を襲名した息子さんはふぐ調理師免許を持っており、足立市場から仕入れた鮮魚の画像が大量にアップされている。

 「この店で間違いない」
 まずは手堅く、見事に世代交代を果たして繁盛している店で、たらふく刺身を食べて楽しもうじゃないか……そんな安直な皮算用を鼻で嗤うかのように、厨房に2代目店主の姿はなかった。
 まさかの入院。世にこれを「ロビンソンリスク」と呼ぶ。

 孤島でサバイバルする酒場には、さまざまな事情が荒波のように押し寄せる。だからこそ、あの店は大丈夫かと気になって、また暖簾をくぐりたくなる。店主は40代後半か50代ぐらい、おそらく我々と同世代だろう。とても他人事に思えず、快復を心から祈っている。

この記事をシェアする

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

  • 春間豪太郎草原の国キルギスで勇者になった男

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

加藤ジャンプ

かとう・じゃんぷ 文筆家、イラストレーター。コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け愛好家。割烹着研究家。1971年東京生まれ、横浜と東南アジア育ち。一橋大学法学部卒業。出版社勤務をへて独立。酒や食はじめ、スポーツ、社会問題まで幅広くエッセーやルポを執筆している。またイラストレーションは、企業のイメージキャラクターなどになっている。著書に『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)など。テレビ東京系『二軒目どうする?』にも出演中。また、原作を書いた漫画『今夜はコの字で』(集英社インターナショナル)はドラマ化された。

連載一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら