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ロビンソン酒場漂流記

2020年12月8日 ロビンソン酒場漂流記

第3夜 そこはロビンソン酒場界の待庵である

東京メトロ日比谷線 広尾駅徒歩18分 「今尽(いまじん)」

著者: 加藤ジャンプ

イラスト+写真:加藤ジャンプ(特記した写真を除く)

 広尾にロビンソン酒場がある――
 毎度サングラスをかけて待ち合わせ場所にあらわれる担当編集Mさんが、おかしなことを言い出したのである。そもそもロビンソン酒場とは、およそ商売むきでない土地でどういうわけか長く続いている酒場のことである。言い切ったけれど私がそう呼んでいるだけですが。駅からは遠い。まわりに繁華街はない。それなのに愛され続けているのには、商売の秘訣と土地の歴史、店主と客の物語とおいしいものが必ずある。それは街という海に浮かぶ孤島であり、そこには、ロビンソン・クルーソーさながらに生きる知恵がつまっている……。で、いきおい、そういう店は東京のど真ん中にはなかなかない、はずなのだけれど……。
――ねえ、Mさん、広尾はあまりに都会ですよ
「そう、あまりに都会ですなあ。砂漠ですなあ」
 Mさん、困惑する私をいたぶるようにニヤついた。
――そんなところに、ロビンソン酒場があるんですか
「あるんです、ほら」
 そのときのMさんの顔を漢字二文字であらわせば「圧勝」あるいは「絶頂」。差し出されたスマホの画面をのぞきこむと、たしかに、ある。しかもMさん、あろうことか、
「なんか都会にロビンソン酒場ないかなあって、Googleマップをいじってたら、こんなとこにあったんですよ」
 私は狼狽した。闇雲に歩き回って見つけるのがロビンソン酒場の哲学。これまでそう思って過ごしてきたこの四半世紀はどうなる。私は苦し紛れに言った。
――かるいです、Mさん。ロビンソン酒場は足で見つけるものなんです。スマホをまさぐって見つけるなんて、ロビンソン・クルーソーがGPSを使うようなもんです。
「じゃあ、やめときます?」
――いや、いきます
 そりゃいきますよ。なにしろ、その立地、あまりに魅力的ではないか。だって渋谷区広尾ですよ、シブヤクのヒロオ。で、さっそく出かけたのである。広尾のロビンソン酒場『今尽(いまじん)』へ。

 待ち合わせは日比谷線の出口からすぐの広尾橋交叉点にした。いつもどおりサングラス姿で登場したMさん。
――夜にサングラスって、田中絹代級のスターのスタイルですよ
「広尾ですから」
――たしかに(何がたしかなのだ)
 そんな挨拶をした傍を、12頭身くらいの短パン姿女性が闊歩していた。あまりに小顔でブロントサウルスを想起させる。とまれ、信じられないくらいスタイルのいい人が、けっこうゴロゴロいる。都会とヒトクチに言っても、広尾は、そういう種類の都会である。

 さて、広尾といえば、広尾橋交叉点で売っていたクッキー、フェイマスエイモスの香りがなつかしい。十代の頃、暮らしていた東南アジアの国々でも、ここのクッキーが流行っていた。だから帰国して、ここの交叉点でそのにおいをかぐと妙に懐かしかった――と、ちょっとシティボーイみたいな話をしたら、Mさん「大阪から上京してはじめてバイトしたのがこのあたり」と切り返し、ずっとおもしろい大阪人エピソードをぶちかましてきた。で、笑いながら、店をめざすと、まあ、立派な建物の多いこと。そして、すぐに思った。

 まあ、不便、だよね。

 聖心女子大やらチェコ大使館やらシナゴーグやら、立ち止まらずにはいられない魅力的な建物の群れを傍に歩きつづけるが、交番はよく見かけるのに、コンビニの一軒もないのである。

 されど、なんて素敵なのだろう!

 余白と無駄こそ豊かさの源泉である。で、もって不便なんて言いつつも、広尾も恵比寿も徒歩圏。いいなあ。
 とはいうものの、まあ、遠い。いや、ほんとに遠い。
 Mさん。その店の情報、ディープフェイクじゃないでしょうね……そんな疑念が脳裏をよぎるころ、常陸宮邸の鬱蒼とした木々が見え、ぽつりと灯りが目に入ったのである。
 『今尽』
 そして私は言った
――なんか、細い

 建物が薄いのである。なにしろ、店の脇には、その形状から街歩き好きならすぐに暗渠だと察しがつく階段と路地がある。そして、上空にはみだすように三角の薄い建物がたっている。


 おそるおそるドアをあけて驚いた。
 狭い。
 以前、千葉の船橋で河口のコンクリ堤防に係留した、改造ボートのバーに行ったことがあって、それは船だからかなりの狭さだったのだけれど、それどころではない狭隘店なのであった。
「狭いでしょ、うふふ、すいません」
 笑ってむかえてくれたのは店主の髙島均さん。手ぬぐいを頭に巻きマスク姿だけれど、なんだろう粋人の雰囲気が漂っている。それにしても、このコロナ禍にこの狭さだと、あーだこーだ言う向きもいるのではないだろうか……すると髙島さん邪推を見抜いたかのように
「密にはならないから、大丈夫よ。お客なんか来ないもん、うふふ、すいません」
 と、先客がいながら、こんなことを言うお茶目ぶり。こちらは、イチコロである。で、先客の二人連れの女性がまた、こちらが入ってきたときにとても優しい顔で会釈してくれた。いい店は、お客さんの気持ちがいい。
 席につく前に、まずは、と髙島さん、消毒薬を手にかけてくれたうえに検温してくれた。ロビンソン酒場に共通していえるのは、ほとんどの大箱や都会の店がやっていることは全部とっくにやっている、ことだろう。ロビンソン酒場は、つねに大資本の「その先」を行っているのである。
「好きなところに座って」と言われ見回すと、カウンターは鋭利なコの字というかV字というか鉤の字というか。その内側に厨房があって、おでんの煮えている鍋がある。店中いい香りが漂う。


 先客の女性お二人は、例の鬼のアニメ話でもりあがっていた。"全集中"が、と話してくれたので、
――"全集中"って、なんだか松岡修造さんの言葉っぽいっすね
 と、自分でもよくわからないことを言ったら、それ以降、鬼の話はふられなくなった。

 さて、まずは食べてみなくてははじまらない。その前にお酒を、とお願いしたら、背後の冷蔵庫から自ら取り出すシステム。焼酎と水をセルフサービスでカウンターにのせると、髙島さんが、さっとステンレスのカクテルメジャーカップをさしだした。のぞいてみたら、そこに茶色の錦松梅みたいなものがはいっている。
 「それね"だしおしみ"っていうんです、すいませんねえ」

 なぜか、またしても謝りながら教えてくれたソレは、おでんの出汁ガラを炒ったものだった。つまみにいいと言うので、まずそれをパクッとやったら、やけに旨い。これは、おでんも旨いに違いない。


 で、壁を見ると黒板があって、右端に「おでん 500から」、間はなにもなく、左端に「ぬか漬500」とだけ書いてある。黒板のなかまでソーシャルディスタンスなのであった。とまれ、それぞれの値段はよくわからない。昔の屋台のおでんシステムと同じで、なんとなく自分で計算しながら食べればいいのだろう。こういうスリル、嫌いではない。


 で、ロビンソン酒場探検にはつきものの、過剰徒歩による過剰食欲によって、大量注文してしまったのであった。

 ちくわぶ 
 大根
 たまご
 きんちゃく
 じゃがいも 
 すじ
 昆布
 (で、これをほぼ2ラウンド)

 関東人と関西人で一緒におでんを食べると、まずはちくわぶの話になるが、やっぱりMさんは大阪人なので「ちくわぶってなんのすり身なの?」などと言い出したので、
――うどん粉です
 とこたえたら、髙島さんとハモってしまった。さり気なく話を聞いていて正しい知識が要求する場面ではさっとこたえる。そうやって客との絶妙な距離感をとっていく。髙島さん、なんだか店主というか、主人、という言葉がすごく似合う。


 さて、肝心のちくわぶだけれど、色は濃いのに塩っからくなくて、それでいてコクがある。甘味はきちっと感じるけれど、くどく舌に残らない。このちくわぶだったら、一気に2キロは食える、きっと。たまごは、トロトロの黄身と、カツオ出汁たっぷりの煮汁のしみこんだ白身とが、熟達した漫才師のように、最高の間合いでかけあう。きんちゃくは、中身がトマト。酸味と汁のしみた油揚が、フワとジュワッという食感をともなって、のどを潤す。なんだ、この旨いもの攻めは!
 出色は大根。
 ほろほろなのは言うまでもない。ところがこのホロホロが、凡百のホロホロとは全然違って、歯にふれると、はらはらと雲母をはがすかのように崩れるのである。そうして、舌の上で転がすと、繊維の隅々までしみとおった出汁が、おずおずとあふれてくる。とても品良く主張するのだけれど、それでいて、大根の「オラ畑から来ました!」という、太陽の香りというか、大根らしい香りも通奏低音のように流れていて、これがまた迫力があっていい。


 一嚙みしたら、大根そのものの、ふんわりとした甘味と汁気が、件の出汁とまざりあって、香りがのどからもたちのぼり、もう首から上が一緒になって「旨い」と合唱してしまった。いや、これは、もう、味覚の反応だけではない。触覚という触覚がぜんぶ反応してしまうような、気持ちいい大根なのである。
 聞いてみたら、大変な手の込みようで、下茹でしたらそのまま一日つけておいて、作り足している"かえし"のような出汁で煮て(これを高島さんは『伝統の出汁』と呼んでいて、その配合は門外不出)、これをそのまま二日つけておくのだというのだ。それから、仕上げようの薄めの出汁でもってことこと煮たものを出しているという。


 一つ一つ、どれも、いい味わいにしあがっていて、いちいち、私は歓声をあげてしまったのだが、
「いや、うちのおでんなんて、そんな、すいません」
 と髙島さん謝るのである。すると、Mさんだしぬけに
――どうしてそんなに謝るんですか
 と、割と聞きづらいことをズバッと聞いたら、
「いやあ、こんな店だしねえ、嫌いになってほしくないでしょ。だからねえ、すいませんねえ」
 とこたえた。もう惚れ惚れする。
 聞けば髙島さん、この店を96年に開くまで、いろんな商売をやったそうだが、なかでも長くやっていたのが陶磁器商だったそうだ。それがうまくいかなくなったころ、
「人にもとめられる、感じのいい屋台がやりたいなあ、って思ってて。そしたらここで店をやれることになったんです」
 それから、甥御さんの力も借りつつ、ほぼセルフビルドでこの店を作りあげた。ちなみに、この店は、青学の敷地内から湧いて渋谷川に注いでいた"いもり川"という川の暗渠沿いに建っている。V字カウンターの奥の席は、その暗渠のうえに飛び出した形になっていて、いわば天空のおでん屋である。


 さて髙島さん、バブル期に
「うん、まあ、そこそこの借金」ができて、店ができてからしばらくは、店頭での接客は知人にまかせ、もっぱら肉体労働に勤しんでいた時代もあったという。以来、四半世紀にわたって、この地で店をつづけてきた。八王子の郊外に自宅があり、コロナ以前は始発、コロナ後は毎日終電で帰っては最寄り駅から自転車に30分近く乗って帰宅しているという。そのせいなのだろうか、髙島さん身のこなしが実にしなやかなのである。

 どうして、ここまで狭い、お手製の店にしたのかと聞いたら、
「ぼくはね、なんというか、貧しい感じの店にしたかった。そういう貧しい感じがいいの」
 御意。この一言で、なにやらすべてがつながったのであった。
 この店は、茶室みたいな店だ。おでんの(いおり)だ。
 現存する唯一利休作と思われる茶室・待庵はわずか二畳敷。この店もせいぜい三畳である。そこに常に火を前にして、元・陶磁器商で亭主たる髙島さんが、翁のように手ぬぐいを巻いて仕事をする。客は鉤の字になってならび、それぞれ茶ならぬ酒を楽しむ。壁には客が書き残した落書きやらメッセージがまるで床の間の掛け物のようだ。しかも各席には自由につまめる駄菓子も置かれていたりして、もう、これは、必要なものがすべてそろったもてなし空間、アルコール曼荼羅、つまり茶室みたいな酒場、なのであった。そういや、茶室大流行の戦国時代はペストの時代ともかさなる、ふむふむ……。

 会社の同僚だという先客の女性二人組が先に店をでて、あらたにやってきた二人連れは姉妹であった。髙島さんと長いつきあいだという姉妹は、
「東日本大震災の日、『今尽』がぺちゃんこになっていたら、大変だ、助けに行かなくちゃ! って常連さんがみんな集まってきたんです。それで逆にみんな元気だってわかったりして」
 茶室にして灯台、である。こんなロビンソン酒場があるなら、都会は砂漠なんかじゃない。と、しみじみしつつ、さらに、昆布と大根をおかわりしたのであった。

担当Mの取材メモ
ロビンソン度 4 ★★★★☆

 次回の取材先はどこにしようかと加藤ジャンプ氏の「ロビンソン酒場リスト」を眺めていて、ふと思った。「郊外ばかりじゃあ、面白くないな。超都心の穴場みたいなロビンソンはないものか」。こういった場合、「ライターさん、山手線内にないっすかね?」と丸投げするのが一般的なのかもしれないが、私はそれを良しとしない。脳内地図で、駅から思いっきり遠かった店を全集中で思い出してみる。
「中2の時に初めてコの字酒場に入った」(加藤ジャンプ著『コの字酒場はワンダーランド』より)というジャンプ氏には及ばないものの、こちらも19歳で東京住まいを始めてから約30年、あちこちの街で無駄に飲み歩いている。だがそんなニッチな店は思い出せず、文明の利器にたよることにした。目を皿のようにしてGoogleマップをまさぐり続けること約20分。「今尽」という「おでん屋」がポツンと一軒あるらしいことが判明した。例によって食べログにも載ってない情報孤島の店なので、行って食べてから判断するしかない。駅から延々と歩いて、つまらない店だったらどうしよう。そんな不安を抱えながら現地に着く。
 その店は高級マンションの谷間に、奇跡のように建っていた。一見客を寄せ付けない黒い扉。仕事じゃなければ一人で訪れる勇気は到底持てない雰囲気だが、入るなりご主人のやわらかな声に安堵した。狭さが心地いいという意味では茶室的でもあるが、客同士が親密になれる感じは、高校の部室のようでもある。貧しい感じがぐっとくる店だが、勘定はそれなりにかかる。美味しくてつい食べ過ぎてしまうので、懐のあたたかい日に訪れることを勧めます。

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

加藤ジャンプ

かとう・じゃんぷ 文筆家、イラストレーター。コの字酒場探検家、ポテトサラダ探求家、南蛮漬け愛好家。割烹着研究家。1971年東京生まれ、横浜と東南アジア育ち。一橋大学法学部卒業。出版社勤務をへて独立。酒や食はじめ、スポーツ、社会問題まで幅広くエッセーやルポを執筆している。またイラストレーションは、企業のイメージキャラクターなどになっている。著書に『コの字酒場はワンダーランド』(六耀社)など。テレビ東京系『二軒目どうする?』にも出演中。また、原作を書いた漫画『今夜はコの字で』(集英社インターナショナル)はドラマ化された。

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