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安田菜津紀の写真日記

2018年8月31日 安田菜津紀の写真日記

カンボジアと日本、「出会う」という架け橋

著者: 安田菜津紀

初めての海外だという福田朱里さん。言葉ではない会話がたくさん生まれている。

 今でも目を閉じれば、昨日のことのようによみがえる風景がある。土埃に霞んだ赤土の道、所狭しと並ぶ果物や魚の匂い、そして裸足で駆けまわる子どもたち。15年前、私が初めてカンボジアの地を踏んだ日のことだ。
 「NPO法人国境なき子どもたち」が続けている、「友情のレポーター」というプログラムがある。11歳から16歳までの日本の子どもたちを、同世代の子どもたちの取材のためアジアの活動地に派遣するのだ。2003年、私もこのレポーターの一人としてカンボジアを訪れ、人身売買の被害に遭った、私と年の変わらない子どもたちと出会った。それまで遠くの国の大変な問題、という輪郭がぼんやりしていた出来事が、目の前の「あなた」に起きている。心の距離が、ぐっと縮まった。間違いなくあの夏が、「伝える」仕事の原点だった。
 あれから15年。その時出会った仲間たちとは、海を隔て離れていても、共に成長し続ける兄弟のような感覚がある。そのうちの一人、ロウという青年は今、ドイツ語、英語を流ちょうに話し、ガイドの仕事に就いている。「ねえ、覚えてる?」、彼は私と再会する度に必ずこう問いかける。「初めて会ったとき、ぼくは英語も日本語も分からなかったから、身振り手振りで伝えるしかなかったよね。だから“いつか菜津紀と通訳なしで、直接話せるようになるんだ”って約束したんだ」。その夢、叶ったよね、と互いに笑う。
 昨年から、「友情のレポーター」の卒業生の一人として、そしてフォトジャーナリストとして、新しく選ばれたレポーターたちの取材に同行している。今年のレポーターに選ばれた福田朱里あかりさん(15歳/広島)と落合愛友海あゆみさん(16歳/東京)が取材に訪れたのも、同じカンボジアだ。“同じ”と言っても、15年間でこの国の風景は大きく変わってきた。都市は煌びやかなネオンに照らされ、観光で訪れる人々も飛躍的に増えた。けれどもその“発展”から取り残された子どもたちが、時に教育の機会から遠ざけられ、時に劣悪な環境で働くことを余儀なくされてきた。
 二人ともそんな子どもたちにマイクを向け、言葉を投げかけることに何度も躊躇した。自身の暗い過去や痛みを語ることが、時にどれほどの痛みを伴うのか、感じないわけにはいかなかった。そんな二人の心の揺れ動きを察するように、出会った少女たちは優しく背中をさすり、「あなたたちは私の妹よ」と励ますように二人の顔を覗いた。過去を語ってくれたときは、「聞いてくれてありがとう」と泣きながら笑って見せてくれた。
 「あなた」と「わたし」という出会いは、「途上国」「可哀想」「支援して“あげる”」というレッテルをはがすだけではなく、家族の定義の広さを教えてくれる。言語の違いや国境を越え、血縁ではない家族は存在するのだと思う。自分なりにそれを言葉にするとすれば、「自分以外に守りたい誰か」のことなのだろう。
 朱里さん、愛友海さんはそれぞれ、共に時間を過ごした彼ら、彼女たちと共にどんな道を歩んでいくのだろう。二人が何を伝えていくのか、ぜひ多くの方々に触れてほしい。

農村へと家庭訪問に来た落合愛友海さん。電気、水道のない生活は、限られた環境でやりくりするための知恵に溢れていた。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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