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マイ・フェア・ダディ! 介護未満の父に娘ができること

 前号では、フジロック公演(介護未満の父の生活をつつがなく回すこと)の下準備とも言える、家の大掃除開始直後の様子を記した。今回は作業の流れに沿って、イベンターである私の実務を書いてみよう。「まだ片付けの話が続くのか…」と肩を落とさないよう何卒お願いしたい。なにより、ここが肝心なのだ。今回のメインテーマは、不用品の廃棄による生活動線の確保と、あたらしい収納。
 我が家のフジロック、父ことミック・ジャガーのソロ公演クリーニングステージは、2デイズにわたった。どちらの公演も4時間を予定。イベント運営スタッフは清掃業者さんの男女2人と私の3人で、ミック・ジャガーこと父は、片付ける予定のない寝室でゴロンとしているのが仕事。
 DAY1。イベントスタッフの長である私から、清掃業者さん2人への指示出しからスタート。今日はどこまでやりたいか、誰がなにを担当するか、どういう状態にしたいかの説明。のちに開かずの間となることがほぼ決定している「とりあえず、必要と言われたものは全部押し込む小部屋」にスペースを作る作業は、男性作業員さんに任せる。ゴミとそうでないものの選別を行い、不用品をゴミ袋に押し込み、通常ごみには出せないものを回収業者に渡し、必要(と父が判断した品々)をできるだけまとめ、床に掃除機をかけ、ほかの部屋からやってくる必要品を収める場所を確保。
 並行して、キッチン、リビング、ダイニング、脱衣所、トイレ、廊下など、片付けの対象となる場所から捨てられるものをすべて選り抜き、70リットルのゴミ袋にどんどん放り込んだ。何を捨てたかは前号を参照して欲しい。20袋はパンパンになっただろうか。それでもまだすべての箇所からゴミを排除することはできなかった。家という空間はブラックホールなのだ。
 DAY2開催は1週間後。それまでにやることも、わんさかある。ゴミを捨てられたとて、今度は必要なものを保管する収納ケースがない。無印良品、ニトリ、ダイソーなどの百円ショップをめぐり、目星をつけておく。ネットで買えばよいと思われるかもしれないが、老人の握力は弱く、引き出しに意外と力が必要だったり、つまみが小さいものなどは上手く扱えない。必ず店まで足を運び、操作を確認した上で縦×横×奥行きが記された商品シールをスマホで撮影しておいた。
 DAY1でおおかたの不用品がなくなり、必要品が目視できるようになったところで改めて、収納ケースを置く場所を決める。実は片付け前にもメジャー片手に部屋のなかを右往左往していたのだが、必要品がどれだけ残るかわからないまま曖昧にサイズだけ測っていたので、結果的に無駄となった。オススメしない。
 キッチン、ダイニング、リビング、脱衣所…。あんなにたくさん捨てたのに、必要なものもかなり残った。ダブりまくってるものの保管場所も必要だ。よって、収納も多種にわたり買わねばならない。
 ものを出し、いらないものを捨て、必要なものをしまう。やっていることはいままで幾度となく経験してきた自分の引っ越しと同じはずなのに、今回はまるで勝手が違うので面喰ってしまう。親の家の整理整頓とは、そもそもこういうものなのかもしれないけれど。
 さあ、どんどん詳細に行こう。感傷に浸っているあいだにも作業員さんの時給は発生しているのだから。キッチンとダイニングの境目のデッドスペースには、無印良品の引き出し式収納ケースを4段重ねにして配置することにした。ダイニングテーブルの半分を占めていた日常的に摂取している健康食品、風邪薬や絆創膏などの家庭薬、ガムテープや梱包用の紐を、各引き出しに収納するつもり。サイズもバッチリ、ケースの上には古新聞用のビニール袋がちょうど収まるので、以前のように屈んで入れることもなくなる。運ぶときに大きく持ち上げる必要もない、いい高さだ。このケースも下見は済んでいるので、あとはネットで注文してDAY2の午前中に届けてもらう。
 同様に、ダイニングテーブルの上に置くペン立てや小ぶりの収納ケース(病院から処方された薬を入れたり、外出時に持参するポケットティッシュなどを入れておく)、脱衣所用の収納ケース(タオル、洗剤の詰め替えなど)もネット注文した。脱衣所には洗濯カゴや収納があるにはあったのだが、置き場所のスペースとケースのサイズがあっていなかったり、引き出しの高さと詰め替えの高さが合っていなかったりで却って雑然とした空間を作っていた。それら古くなったカゴやケースはこの際すべて処分。「新しいものを買う」と言えば、我が家のミックは納得する。場所の有効活用ができること、収納するものが無理なく入るものを徹底的に探し、こちらはニトリにネット注文した。
 先日、父が洗濯乾燥機から出した衣類を両手で運ぶ際に、足元が見えていないことに気付いた。これは危ない。生活動線をうまく引いても、2センチの段差に蹴躓いて大腿部を骨折したりするのが高齢者というものだ。抱えて運ばずに済むよう、衣類を入れる大き目の自立できるトートバッグも無印良品であわせて購入。乾燥が終わったら、足元に置いたトートバッグにすべてを入れ、持ち手を持って部屋に移動してもらう。
 DAY2。ついにこの日が来た。ここで大枠を作り終えなければ、先に進めない。本日も作業員は私を含めて3名。私は午後からの参加だった。それまでに、前回終わらせることができなかった魔窟のようなキッチン、リビングの一部から不用品を撤去し、丁寧に掃除機をかけておいてもらった。
 父の家に着いて玄関を開けると、居室の空気が美しく整いつつあるのが明らかにわかった。玄関から入った風が、堆積したモノにぶつかって滞留することなくベランダの窓までスムーズに流れていく。ものが減るだけで、こんなにもスッキリするとは。以前の様子は、いま思えばまるで下手なピカソが描いたキュビズム絵画のようだった。現実なのに無様に歪んでいた。
 成果に気を良くした私は、いままで荷物に覆い隠されていた床を雑巾がけすることにした。所々べたべたしていて、棒の先につけるウェットシートでは埒が明かない。季節は夏目前、汗がダラダラと垂れてくるので頭と首にタオルを巻く。その間も、我が家のミック・ジャガーは涼しい寝室でうつらうつらしていた。だが、それでいい。
 やがて宅配業者がひっきりなしにやってきて、頼んでおいた収納ケースが次から次へと届く。段ボールを潰し、発泡スチロールを外して各所へセッティングし、予定通りにものを収納していく。あるべきところにものが仕舞われ、なにもない空間がどんどん広がっていくのが気持ちよい。父はちょくちょく部屋から出てきてはニコニコしている。汚部屋寸前の居室でうなだれていた頃とは大違いだ。片付けは父の精神衛生向上に効いたと言える。
 どんなに美しく収納したとしても、使い勝手が悪くては意味がない。購入した無印良品の引き出し式収納ケースはポリプロピレン製のため半透明で、中になにが入っているかわかるのが決め手だった。試しに父を呼び、中身が入った状態の引き出しを開け閉めしてもらう。動作に滞りなし。しかし、どこになにが入っているのかをパッと判断するのに思ったより時間がかかるようだった。
「健康食品は?」
「ここ?」
「ちがう、その下。家庭用の薬は?」
「わかんない」
 万事そんな調子なので、これは怒っても仕方ないと思い、大き目の正方形ポストイットに「健康食品」「薬」「ガムテープ」と書き、透明のガムテープで引き出しの前面に貼った。これでストレスは軽減できるだろう。これなら使ったあと、元の場所に戻すのも容易だ。手にもったハサミを、「ハサミ」と書かれたポストイットの引き出しに戻せばいいのだから。
 ポストイット作戦が功を奏し気を良くした私は、同じスタイルで冷蔵庫にも活用を試みた。入っているのを忘れて腐らせることが少なからずあったから、扉を開けずとも何が入っているかわかるようにしたのだ。しかし、冷蔵庫はほかの収納と異なり更新頻度がかなり高い。中身が変わったらポストイットも更新しなければならないわけだが、これが難しかったようで頓挫した。それ以外の場所では、作業完了から半年近く経ったいまでもちゃんと機能している。
 2デイズのクリーニング公演を通し、収納に関しては、どこになにが入っているかの「記憶の定着」と、新しいものを入れたとき(中身の更新)の「記憶の更新」が、父にとっては負荷のかかる作業だとわかった。父が言う「ここにあったはず」は勘違いもあったが、記憶が更新されていない場合も目立った。そこで私が「新しい場所にしまったじゃない! お父さんも見ていたでしょう?」と返せば父を傷つけ喧嘩になるが、「我が家のミック・ジャガーは記憶の更新が苦手」と取扱説明書に記しておけば、腹を立てる割合を3割くらいは減らせる。
 さて、大物アーティストならではの気まぐれで、不要だが捨てられない収納というこれまた予想外のブツが誕生したことも記しておこう。ひとり暮らし、たまに2人になる程度の父の家には、なぜか背もたれのないひとりがけの、四角いバケツのようなミニソファが2つも3つもあった。座る部分が外せて、中にものを入れられるようになっている。開けると、20年以上前のJリーグ全チームの腕時計やら、古い雑誌などが放り込まれていた。ミニソファはそれなりの大きさだが収納スペースは小さい。時計は捨てないにしても、雑誌は処分してかまわないだろう。本人に確認を取るとOKが出たので、どさくさに紛れて薄汚れたミニソファも一緒に業者に回収してもらおう。
 私はくるりと父に背を向け、膝を曲げバケツ型ミニソファの両端を掴んだ。このままトットットと玄関先まで持っていってしまえば…。
「あ、ソファは取っておいて。そのまま」
 丸めた背中越しに父を見ると、さも当然という顔をしている。仕方がないので、明らかに不用品だが取っておけと言われた小物をびっちり中に詰め、収納部屋に格納した。
 私は「我が家にはミニソファがあった」という父の記憶が薄れるのを、手ぐすねを引いて待っている。

 (つづく

(「波」2021年4月号より転載)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

ジェーン・スー

1973年、東京生まれの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」のMCを務める。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』(幻冬舎文庫)で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『私たちがプロポーズされないのには、101の理由があってだな』(ポプラ文庫)、『生きるとか死ぬとか父親とか』(新潮文庫)、『おつかれ、今日の私。』(マガジンハウス)、『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』(文藝春秋)など。

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