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あなたには世界がどう見えているか教えてよ 雑談のススメ

2024年6月19日 あなたには世界がどう見えているか教えてよ 雑談のススメ

8.「自分」を多面的にみる――わたしの中の鬼コーチ問題

著者: 桜林直子

悩み相談やカウンセリングでもなく、かといって、ひとりでああでもないこうでもないと考え続けるのでもなく。誰かを相手に自分のことを話すことで感情や考えを整理したり、世の中のできごとについて一緒に考えたり――。そんな「雑談」をサービスとして提供する“仕事”を2020年から続けている桜林直子さん(サクちゃん)による、「たのしい雑談」入門です。

 雑談をしに来てくれた人に「普段、誰かに自分の話をすることはありますか?」と訊ねると、「ほとんどないですね」という方が少なからずいる。「どうせ話してもわかってもらえない」と感じていると言う。さらに話を聞いてみると、かつて勇気を出して話してみたけどわかってもらえなかったことがあったり、ちゃんと聞いてもらえたことがなかったりと、経験に基づく「どうせ」であることがわかる。

 この仕事をする前のことだが、同じように「どうせわかってもらえない」と言う人に会ったとき、「わかるかどうかわからないけど、とりあえず聞くから話してみて」と言い、話を聞いてみようとしたことがある。

 その人は、嫌だった出来事について話してくれたので、何があったのかは把握できた。それは嫌だったねとも思った。しかし、それだけでは「なにもわかっていない」と言うのだ。

 本当にわかってもらいたいことはどこにあるのだろうと、憶測で「こういうことかな?」と訊ねてみたが、どれも「ちがう」と首を横に振る。「ぜんぜんちがう、ほら、話してもわかってくれない」と。

 今なら、その人はわかってほしい何かがあるというよりも、すべてを受け入れてくれる味方がほしかったのかもしれない。しかし、当時は「話していないことをわかってほしいというのは無理だろう」と感じてしまった。画用紙にぐしゃぐしゃと描かれた黒い塊を「これは何か当てろ」と言われ、「うさぎかな?」「ちがう」「お花かな?」「ちがう」と当て続けるような、泥団子を投げつけられて「ちゃんとキャッチしろ」と言われ続けるような、答えがないのに正解があるかのような無理問答に、疲弊してしまった。

 おそらく、その人は「わかってほしい」の手前で、自分でもよくわからない自分自身についての扱い方がわからず、どうしたらいいかもわからず、困っていたのだろう。

 自分にもわからないものを誰かにわかってもらうのは不可能なのに、正体不明の泥団子を投げつけては「ほら誰もわかってくれない」と相手を敵認定する。それでは誰もわかることはないので、敵ばかり増やすことになってしまう。

 雑談の仕事をするようになってからは、同じような状態の人がいたら、そうやって敵をどんどんつくる前にまずは自分を味方につけるところからやりましょうと話し、ふたりの間に泥団子を並べて、一緒にじっくり泥団子の観察をする。

 自分の感情や欲を知るために観察しようとする。泥団子の泥を洗い流せば、それがつるりと出てくるのなら苦労はないのだが、そうはいかない。長年の時間をかけて何層にも積み重なった泥は、頑固で厄介なのだ。

意思の手前で邪魔するもの

 本当はやりたくないことを頼まれたときに「やりたくない」と言えず、断れない人が多くいる。

 わたしは断るのが得意で、なんならやりたくない人がやるのは相手に対して失礼だから、断るのは相手のためだとすら思っている。だから、断れない人のことがよくわからない。わからないので、その人の中で何が起こっているのかを聞かせてもらった。

 「どういうわけかいつも頼まれると断れないんですよ」

 「それは、迷った末に引き受けちゃうの?」

 「いや、断るという選択肢が出てこない感じですね」

 「迷ってもないのか」

 「そうなんです。頼まれると自動的に『やらなきゃ!』ってスイッチが入るんです。それで、あとから『なんで引き受けちゃったんだろう』と、ようやくイヤなんだってわかるんです」

 「わたしだったらこう断るよ」と断り方をアドバイスすることはできるが、それでは意味がないのだなとわかった。どう断るかのもっと手前で、「自分はイヤなものを担当しなければいけない」とか「人の期待にはすべて応えなければいけない」というような設定が邪魔をしているので、まずはその設定を解く必要があるのだ。

 なぜ自分だけにそんなに厳しい設定を課してしまうのか。やりたくないのにやらないといけないと感じるのは、なぜなのか。やらないとどうなってしまうと思っているのか。

自分の中の鬼コーチ

 雑談の仕事でいろんな人の話を聞いていると、「あ、まただ」と思うことがある。別の人の別の出来事の話のなかに、同じ要素があると気がつく。

 そのひとつが、先ほどの「自分はイヤなものを担当しなければいけない」のような、異様に自分に厳しい設定があることだ。

 「自分は人の3倍努力しなければいけない」とか「役に立たなければいる意味がない」とか「休んでいるとサボっている罪悪感がある」などもよく聞く。

 なぜそんなに自分に厳しいのか、いつからそうなのか、ひとりひとり聞いてみると、もちろん理由はそれぞれちがう。そういう性格だからと言えばそれまでかもしれないが、聞いていると、どうも本人の性格というより、自分の中の声に動かされているようなのだ。

 自分の中に鬼コーチがいて、いつも厳しい目で自分を見張っている。「もっとできるだろう」「そんなんじゃぜんぜんダメだ」などと声がする。自分ではこれでいいかなと思っても、鬼コーチが許してくれないのだ。

 そんな声無視すればいいと思うかもしれないが、鬼コーチの言うことはただの意地悪ではなかったりする。かつてその声のおかげで頑張れていいことがあったこともあるし、「やればできる」とよい叱咤激励にもなり得るからだ。

 だから、鬼コーチを無視していなくなってもらうのではなく、和解することをおすすめする。

鬼コーチと和解する

 鬼コーチは、たいていの場合厳しすぎるし、やり方が一辺倒で、いい作用にならないことが多い。しかし、単に意地悪するためや不幸にするために叱咤激励しているわけではないのだ。そこには鬼コーチなりの「よかれと思って」という思いや願いがあるはずだ。また、「そうしないと(人の3倍努力しないと)こうなってしまう」という恐れもきっとある。そういった望みや恐れを理解して、和解できるといい。

 たとえば休日にゆっくりしようと思ったら「休んでいないでもっと働け」と鬼コーチが言う場合、そこにある望みは「もっと働けばいい結果がでる」だし、恐れは「もっと働かなければ評価されない」などだろうか。

 鬼コーチと対話するならば、「いい結果を出すためにはちゃんと休むことも必要なのだよ」「やりすぎて身体を壊すのもまた評価されないよ」などと、提案や反論ができる。

 鬼コーチと同じ望みを叶え、恐れを回避するには、厳しくするだけが手ではないし、あまりよい手ではないこともある。だから、無視するのではなく一緒に別の手を考える。無視していたら、むしろどんどん声が大きくなることもあるだろう。

 鬼コーチを“悪”として追い出すのではなく、対話ができると、「他の手段があるのではないか」と気づき、なんでもかんでも鬼コーチの言うことを聞かずに済む。

 もちろんそう簡単にはいかないこともわかっているが、自分の中の鬼コーチをまるで「=自分自身」かのように捉えている人に、「それはあなたのすべてではなく、他のやり方もあるのでは」と異論を唱えたいのだ。「人の3倍努力する」とか「人の期待に応える」だけが自分の価値ではない。そこにも価値があるだろうけど、それだけではないと。

 自分の中の鬼コーチと対話をし、いろんな方法を試してみるには、鬼コーチ以外のメンバーが必要だ。

 わたしの中に鬼コーチがいたことはなく、自分に厳しくする癖はないが、別の悪い癖はあり、やはりほっとくと考え方は偏るので、勝手にメンバーを増やしている。

 たとえば、わたしの中には平野レミさんがいる。わたしがつい悪い癖でひねくれた考え方をしたときや、深刻になりそうなときに、彼女は「そんなことどうだっていいのよー!」と明るく言ってくれる。そうするとわたしも「そうかもな」と思える。

 もともとわたしのなかにはない要素だけれど、いてくれると助かることが多いので、レミさんに長いこといてもらっている。もともとは借り物でも、馴染んでくるとすっかり自分のやり方としてフィットするので、今ではレミさんはすっかりわたしの一部である。

 鬼コーチのように偏った価値観が強い力を持ってしまっている状態は、独裁体制のワンマンプレイなので、メンバーを増やしチームプレイに移行するといい。

誰かにわかってほしい「本当の自分」なんてない

 「どうせ話してもわかってもらえない」と思ってしまうとき、わかってほしい「本当の自分」があるように思っているのではないか。

 しかし、「これが自分だ」と思っているものも、すごく偏った自分の一部だけだということもあるし、「そうしないといけない」と思い込み縛っているだけで、自分自身が望んだ考えではないこともある。たったひとつの「本当の自分」なんてない。ないものを誰かにわかってもらうのは不可能なのだ。

 「本当の自分」がないというとガッカリしてしまう人もいるかもしれないが、都合がいいこともある。自分に必要なものを足したり引いたりして、都合よくいい感じに調整できる。誰かのいい部分を借りて、真似してみると、時間をかけて自分のものにすることもできる。

 ただし、表面だけで擬態するのではバラバラの人格がまとまらず、むしろ辛いだろう。表面上の真似ではなく、内面の「考え方」を借りるのがいい。自分に馴染んだよくない考え方を新しい考え方に塗り替えることもできる。何度でもよりよいものに上書き可能だ。

 雑談をしながら、机の上に並べた泥団子を観察すると、自分の癖や思い込みが見えてくる。それがお望みなら残したままでいいし、いいことが起こらない癖は取り去ればいい。その選択の際に、「どうしたいか」が問われる。

 つい自分に厳しくしてしまう癖があるとしたら、「そこまで厳しすぎるとしんどいから、もっと身体を労りたい」とか「楽しいこともしたい」「他人にも厳しくなってしまうからやめたい」などと、「こうしたい」が出てくるといい。

 雑談をして見つけたいのは「本当の自分」ではなく「本当はどうしたいか」だ。

 わたしの場合は、若い頃に背負いこんだ山積みの「我慢」の癖が泥団子の泥だった。実際に我慢が必要だったときの習慣が身につきすぎて、それが「=自分自身」になってしまったのだ。それで、時間をかけて泥を落とし、「どうしたいか」を見つける作業をした。

 わたしは文章にして書き出すことで時間をかけて見つけ出したが、雑談によっても見つけることができる。

 いずれにしても焦らず時間をかけるのがいいと思っている。たくさんの材料を出して、ああでもないこうでもないと観察する「わからない」時間もとても貴重だと思うからだ。

 自分が本当はどうしたいのか、わからないから知るために話すのだが、話せば話すほどわからないことが増える。そのわからなさを感じれば、人に話してもわかってもらえなかったのも当然だと思えるだろう。

 わからないことがわかるようになるには、一直線ではなく回り道や行き止まりもある。それを無駄だとするなら、無駄にこそ時間をかけるべきだ。

 「雑談」という一見無駄に見えるものに価値があると言いたいのは、出来事や自分の性質に対して極端な白黒をつけるのではなく、いろんな色のグラデーションをつけたいからで、その曖昧さやカラフルさにこそ個性が出ると思っているからだ。泥団子も分解すればカラフルな自分が見えてくる。

 

*次回は、7月17日水曜日更新の予定です。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

桜林直子

1978年、東京都生まれ。洋菓子業界で12年の会社員を経て、2011年に独立。クッキーショップ「SAC about cookies」を開店。noteで発表したエッセイが注目を集め、テレビ番組「セブンルール」に出演。20年には著書『世界は夢組と叶え組でできている』(ダイヤモンド社)を出版。現在は「雑談の人」という看板を掲げ、マンツーマン雑談サービス「サクちゃん聞いて」を主宰。コラムニストのジェーン・スーさんとのポッドキャスト番組「となりの雑談」( @zatsudan954)も配信中。X:@sac_ring

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