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ふしぎな中国語――日本語からその謎を解く

尚古主義にもとづく注音字母

 中国語は漢字で表記されるが、漢字を見ただけではどのように発音するかよくわからない。そこで使われているのがピンイン(拼音と書く)で、ローマ字のアルファベットを使用して発音を表している。ピンインの表記方法が使われるようになったのはそれほど昔ではなく、現在の中華人民共和国の成立後、1950年代後半からのことだ。今回はどのようにしてピンインが定められることになったのか、見ていこう。
 ピンインは、最初は「ピンイン文字」と呼ばれた。本連載ですでに触れたように、中華人民共和国では、最終的には漢字を廃止してより「進化した」文字である表音文字に切り替えようと画策していた。つまりピンインは本来、発音記号のようなものではなく、やがては漢字にとって代わるべきものとして発案されていたのである。
 表音化の先駆として最初に名前が挙がるのが、盧戇章の『一目了然初階』(1892年)だ。盧は英語を学んだことによって、表音文字化を試みた。それならアルファベットを使えばよいような気がするが、独自の文字を作り出そうとした。続いて1900年には、王照という人物が、『官話合声字母』を出版する。王照は漢字の一部を使用して表音文字にしようとした。漢字の一部を使用して表音文字にしていると言えば、日本のカタカナがある。王は日本に亡命した経験があるため、日本の仮名文字にヒントを得たと言われている。
 そして1918年、現在も台湾で使用されている注音字母が公布された(図)。注音字母は、漢字の一部分を取って発音を表すシステムであり、その点、日本語のカタカナと同じ発想をしている。だが、日本語のカタカナが「江」から「エ」ができた、というように、とても分かりやすいのに対して、注音字母はもととなった漢字がよくわからない。というのも、注音字母は楷書から一部分を取っているわけではないからだ。

(図)

 では、何がもとなのかというと、中国で漢代に出た現存最古の字書である『説文解字』に掲載されている字体から一部を取り出しているのである。例えば、b p m fはそれぞれ、ㄅb ㄆp ㄇm ㄈf となっている。 ㄅは「包」の古字から、ㄆは「攴」の省略形の攵、ㄇは「軍」などのかんむり部分の古い文字、ㄈは「はこがまえ」であるらしいが、秦代以前の文字に精通した専門家でもなければ、なじみがないであろう。
 なにゆえわざわざそんな古い字体から採用したのかというと、このアイディアの出所が章炳麟という学者だからだ。章炳麟はもともと古文学や音韻学を修めた学者であったため、規範を取るならば古文、そして『説文解字』という意識があったのだろう(ここでいう「古文」とは、漢の時代から見て古い字体、つまり秦の始皇帝の時代くらいよりも前の字体を指す)。
 進化論やマルクス主義が流入する前の伝統的な中国では、尚古主義、すなわち古い時代のものを尊び、模範とする考え方が主流だったのである。注音字母も、あくまで発音を示す補助的な記号であり、漢字にとって代わろうというものではなかった。

「中国漢字ラテン文字化の原則と規則」

 1931年、ソ連のウラジオストックで開催された「中国新文字第一回代表大会」において、「中国漢字ラテン文字化の原則と規則」が提出された。これは、漢字をローマ字に変えてしまおうとするものである。
 中国語の大会をなぜソ連で開いたのかと言えば、このころのソ連は世界革命を目指して、中国の革命にも関与しようとしていたからである。当時、中国の左派知識人の多くがソ連に滞在していた。中でも有名なのが文学者の瞿秋白である。瞿秋白は1930年、ソ連で『中国ラテン化字母』を発表している。瞿秋白は帰国するが、ソ連に残った中国人とソ連の漢学者が瞿秋白の草案を修正して「中国漢字ラテン文字化の原則と規則」を出したとされる。
「中国漢字ラテン文字化の原則と規則」のうち「原則」は十三項からなるが、その前半を見てみよう。

(一)中国の漢字は古代と封建社会の産物であり、すでに統治階級が群衆を迫害する道具の一つになっている。人民が広く字を知るための障害となっており、現在の時代に適合していない。
(二)象形文字を完全に廃し、純粋なる表音文字(ピンイン文字)で代替する必要がある。ならびに象形文字の筆画をもって音を注することにも反対する。日本の仮名、高麗のピンイン(注:ハングルのこと)、中国の注音字母などの改良方法のようなものである。
(三)本当の通俗化を達成し、労働大衆の文字を作らなければならない。
(四)現代科学の要求に適合する文字を採用しなければならない。
(五)国際化の意義に注意しなければならない。

 ここに表されている価値観は、おおよそそのまま50年代のピンイン策定の際にも引き継がれているとみていい。マルクス主義は発展史観なので、歴史的に文字も発展すると考える。象形文字は古代のものなのであり、表音文字よりも絶対的に劣ったものなのである。そのあたり、わざわざ紀元前の字形の一部を採用してしまう注音字母を制定した人たちとはセンスが真逆である。
 (二)では、日本のカナも朝鮮のハングルも注音字母も劣った文字である象形文字の一部を取ったものだからダメだと断罪されている。(ハングルは漢字の一部を取ったものではないので、完全なとばっちりであるが……)。とにかく、国際化するためには、世界で使われているローマ字でなければならないし、それこそが労働大衆のための文字であり、科学的な文字だというのである。ソ連に忖度するならキリル文字でいいような気もするが、あくまでローマ字化が提案されている。
 この「原則と規則」に見て取れるように、マルクス主義的な価値観では、漢字は全廃をめざすべきものだった。ローマ字のアルファベットは発音記号的な役割を期待されたのではなく、漢字に取って代わるべきものだったのである。

周有光と漢語ピンイン方案

 中華人民共和国成立の1949年10月、中国文字改革協会が発足し、ピンイン作成が始まった。50年から55年の間に、633人が655種類の方案を送ってきたという。そして55年の10月に「漢語ピンイン方案」初稿ができあがり、修正を経て58年に正式に批准されることとなった。現在使用されているピンインは、この方案に依拠している。
 この方案の制定で中心的な役割を果たした一人が周有光である。周有光は1906年生まれで、東京帝国大学への留学経験もある経済学者だったが、50年代になると文字改革に関心を持つに至った。その著書『ピンイン化問題』(1950年代後半の論文を集めたもの)や『漢字改革概論』(1961年)において、ピンイン策定方法について詳しく理由を説明している。ちなみに両著作とも「文字改革出版社」という出版社から出ているが、この会社は後に「語文出版社」という社名に変わり、現在も語学系の教科書などを出版している。
 さて、繰り返し述べている通り、ピンインの制定は、発音記号的な位置づけではなく、最終的には漢字に取って代わるものにしようとするものであった。発音記号としての位置づけであれば、注音字母を使い続けてもよかったはずである。しかし、注音字母は手書きした場合に書きにくい文字があるし、連続で書くのに向いていない。当時は手書きが基本だから、漢字に代わる文字にするならば、書きやすく、また速く書けなければならないと考えられた。そこで、アルファベットが採用されたのである。
 それにしても、四千年の長きにわたり中国の人びとの間で根付いてきた中国語を、すべてアルファベットにしてしまうと、文学などの表現能力が落ちてしまうのではないかと心配するのが普通だろう。そもそも古典で使われる単語は一音節だらけだから、全面的にアルファベットにしてしまうと読めなくなってしまうはずだ。ところが、周有光によればそれらの懸念は「可笑的笑话(笑うべき笑い話)」だという。ただし、例によって理由は説明されていない。あくまで客観的・科学的に言って正しいと断定していたのである。

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「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

橋本陽介

1982年埼玉県生まれ。お茶の水女子大学基幹研究院助教。慶應義塾志木高等学校卒業、慶應義塾大学大学院文学研究科中国文学専攻博士課程単位取得。博士(文学)。専門は中国語を中心とした文体論、テクスト言語学。著書に、『日本語の謎を解く―最新言語学Q&A―』(新潮選書)、『中国語実況講義』(東方書店)、『「文」とは何か 愉しい日本語文法のはなし』(光文社新書)、『中国語における「流水文」の研究 「一つの文」とは何か』(東方書店)など。


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