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小さい午餐

2019年7月23日 小さい午餐

とんかつ店のロース定食

著者: 小山田浩子

 2年ぶりに胃カメラを飲んだ。健康診断の一環として、血圧や血液検査等と一緒に行う。20代半ばに胃潰瘍をして以来、年に1回は胃カメラを飲むよう言われているのだが、うっかりしていると1年2年あっという間にすぎてしまう。前日夕食を21時までに食べて朝食は抜き、飲水も朝7時以降は禁止、それはちゃんとわかっているのだが、そしてさほど空腹を感じているわけでもないのだが、子供の朝食用に味つけ海苔を出していてつい1枚口に入れそうになる。皿から床に転がり落ちたプチトマトを拾って食べてしまいそうになる。指がごく自然に食べ物を口に入れようとしてしまうのは本能なのか。どうして朝ごはん食べないのと子供に聞かれ、胃の中を検査するときに邪魔だからと答えた。「じゃま?」胃にカメラを入れて写真撮るんだけど、今トマト食べるでしょ、赤いでしょ、もし胃がケガしてて血が出てたら治さなきゃいけないけど、そこにトマトの赤いのがあったら血かトマトかわかんなくて困るでしょ。「どっちも赤いもんねえ」子供は頷いて頬にプチトマトを詰め「リス」と言った。
 胃カメラは鼻からにした。あなたは鼻の穴の奥が狭いので入れる時痛いかもしれないと言われたら実際痛かった。2年前も痛かったことを痛がりながら思い出した。私も画像を見たかったので、診察台の上で首を曲げ鼻に管を繰りこまれつつモニターを見あげる、カメラはいくつかの分岐と門のようなものを通り食道や胃を映し出した。管が馴染んだのか痛みが徐々になくなった。時折カメラの先端から水のようなものが出た。看護師さんがカメラの管に何かジェル的なものを塗る仕草をしているのも視界の隅に見えた。モニターの中で胃壁が時々動いた。朝食べていないだけあって何もなかった。カメラが引き抜かれつつあるとき喉がごうごう鳴っているような気がした。出血もびらんもありませんねという診断結果で、血圧等他の数値もまあ大丈夫だった。会計を済ませ外に出ると11時半、近くにとんかつ屋があった。ランチタイムが始まったばかりなのに3台分の駐車場は埋まり中にたくさん人がいる気配がある。人気店のようだ。とんかつは大好物だ。すっと店に入りかけ、いや、でも絶食後いきなりのとんかつはどうかとも思った。体に悪いのではないか。
 最近、昔ほどたくさん食べられなくなった。揚げ物も肉類も炭水化物も、自分の気持ちよりも先に箸が止まってしまう日がある。このままいくと今に、おそらく、絶食後にとんかつなんてとてもじゃないと思う日が、そして絶食空腹関係なくとんかつはちょっとなあと思う日がくる。絶食後にとんかつ屋を見て食べたいなと思っている今は、だから私はとんかつを食べたほうがいい。
 店内は果たして混んでいた。小上がりの4卓、テーブル3卓はいっぱいで、9人分の椅子が用意されたカウンターに2席だけ空いていた。私はその1つに座った。隣はスーツ姿の男性2人連れだった。ヒレの定食、ロースの定食、カツ重、串カツ定食、エビフライとのミックス定食などがあり、特選、というのもある。特選は1日10食限定と書いてある。私はおしぼりと温かいお茶を持ってきた女性にロースの定食を頼んだ。小豆色エプロン姿の女性が「カウンターさん、ロースひとつです」と言うと、カウンターの中にいる、店主と思しき白衣の男性が「はいロースひとつ」と応じた。メニューはとんかつ系の定食とビールとジュース、あとはおかわりのご飯や豚汁のみで、つまりここにいる全員が揚げ物を食べている、あるいは食べようとしているということになる。見渡すと中高年のお客さんが多い。単身、同性2人連れ、男女、50代60代70代ことによると80代かもしれない、ポロシャツだったりスーツに首から社員証らしいカードホルダーを下げていたり色眼鏡をかけていたりする人々、とんかつは何歳になっても大丈夫なのかもしれない。いずれにしても胃を大切にしないといけない。空席を挟んで左隣はチューリップハットをかぶった還暦くらいに見える男性、その隣もその隣も男性、カウンターの女性客は私だけだった。カウンターの中、私のちょうど真ん前に揚げ鍋がある。あるというか、カウンターの高さのせいでその存在は見えないのだが音と店主の動きからしてあるらしい。油の匂いは意外なほどしない。調理は全てこのカウンター内で行われるようで、狭い中に先ほどの店主らしい白髪の男性ともう1人壮年に見える男性が立っている。2人とも白い上っ張りに白い帽子をかぶっている。まな板、上に細くとがった包丁が横たえられている。その奥に千切りキャベツが山盛りになったざるとパセリが入ったボウル、おしんこの小皿と割り箸が置かれている角盆が並び、コンロには豚汁の鍋、かつ重用だろう、中に玉ねぎと茶色いだし汁が入った親子鍋もある。配膳担当はエプロンの女性たちが3名ほど、カウンターの高くなったところにキャベツとパセリが盛られた皿がいくつも並びカツの揚がりを待っている。店主が静かだが朗らかな声で「はいヒレひとついこう」と言った。はい、と壮年男性とエプロンの女性が応じた。店主はちょうど揚がったらしいヒレカツ、厚みがあって広さはないやや棒状でまさにヒレ肉のカツ、を見えない揚げ鍋から引き上げてまな板の上に置き、素手で軽く抑えながら細くとがった包丁ですっすっと切りカウンターに並べた皿の1つに盛りつけた。すぐにエプロンの女性がその皿を取り、いつの間にかご飯などがセットされた角盆に載せると小上がりの客に運んだ。「つぎはカツ重ふたついこう」「はい」店主がさっきのヒレカツより薄い、揚げ色も薄めのカツをひらりとまな板の上に置くとまた切り分け、すぐさまそれが若い男性の持つ親子鍋に入れられた。店主は2枚目の薄いカツを切り分ける。卵を割るところを見たかったが見逃した。若いほうの男性が煮あがった玉ねぎとカツと卵を高さのあるやや小ぶりのお重の上に滑り入れた。カツ重はテーブル席の女性2人連れ客の前に運ばれた。白髪を綺麗なウエーブにして、黒いおしゃれなメガネをかけた女性がワァ、と嬉しそうな声をあげて箸を取った。「お皿だけあげて」不意に声がした。見ると店主が、長い箸に白い細いキャベツを挟んで私の隣のチューリップハットの男性に声をかけている。男性は顔をあげた。「お皿だけあげて。キャベツあげましょう」男性は食べかけのとんかつの皿を両手で持ちあげた。店主がそこにふわっとキャベツの千切りをのせた。お皿だけあげて、というのはライスや豚汁が載った盆ごとではなく、カツとキャベツの皿だけ上にあげてくれ、キャベツのお代わりを置きますからと言っているのだ。彼の皿にはカツが3切れほど残っている。その隣の客の皿にも同じくらいカツが残っていたが、店主はそちらにはキャベツを入れなかった。もうすでに1回お代わりが盛られているのかもしれない。私の隣のサラリーマン、もう食べ終えてお茶を飲んでいる、が不意に、「売り上げはどうなりそうなのかな」と言った。もう1人がハッ、というような声を出したがそれ以上何も答えなかった。そのまま2人は店を出て行った。どちらも同い年くらいに見えた。片方が両方の支払いをしたが、それが売り上げはどう、と言ったほうなのか言われたほうなのかはわからなかった。「はい、ロースひとついこう」店主が言った。まな板に置かれた肉はかなりしっかりした茶色、さっきのヒレよりカツ重より濃い揚げ色、店主はそれをタンタンと切り分けてカウンターのキャベツの皿に載せると、布巾で軽く手を拭いて調理台の高いところに置いてあった湯呑みをとって1口飲んだ。山盛りのキャベツに白衣の小さい肩が当たってキャベツが数本はらりと落ちた。女性がお盆を皿に載せ厨房を出た。私のロースかなと思っていたらそうだったので嬉しかった。
 運ばれてきた盆には、ロースカツとキャベツとパセリの皿、豚汁、ご飯、そしておしんこの小皿が載っている。おしんこは口径の小さな色の薄いたくあんが2切れ、キュウリぬか漬けと千切りの白菜漬け、カツの衣は細かいパン粉が硬そうに香ばしそうに揚がっている。卓上のソース入れからキャベツにひと回しソースをかけ、カツの右半分にもソースをひと筋垂らした。からしは納豆についているような小袋入りがソース入れの隣の容器にいくつも入っている。1つとって皿の隅にひしぎ出す。肉は白く中心がうっすら赤く繊維の隙間から透明な汁が湧いて対流しているのが見える。かじると衣が香ばしい。生パン粉の霜柱のようなサクサクではなく細かい乾いたパン粉、それもしっかり加熱され油の切れたカリカリ、肉は柔らかくしかし縦に並んだ繊維を押しつぶすかみごたえもあって脂身がシャクっとして甘い。とてもおいしい。ご飯も白く熱く、口に入れると米とソースの香りが鼻腔にこもってからプンと抜けた。豚汁にはゴボウと大根と人参とネギ、薄切りではなくて厚みのある豚の細切れが入っている。味噌の色は薄めだった。絶食後の胃に熱い油ものを入れたことによる変調も特に感じられない。おいしいおいしいと思って食べていると、私の右隣席に60代くらいの男女がやってきて座った。「特選まだあるの?」「あります」「じゃ特選ひとつ」「はい」「私は串カツ定食」「カウンターさん、特選と串カツです」「はい特選と串カツ。じゃ次、ヒレ、ロースといこう」パセリもからしとソースをつけて食べる。からしをもう1袋ひしぎ出し、左半分にもソースをかける。「1番さん、特選ミックスふたつです」私の真後ろから女性店員さんの声がした。「はい特ミックスふたつ」特選ミックスは特選の肉とエビフライのセットで、この店で最も高価なメニューだ。「絶対に先に漫画読んどいたほうがいいんだって」特選ミックスを発注したと思しき男性の声がした。「普通、実写化ってなんだよ原作と全然違うじゃんってなるけど、これは本当にそのままだから」「じゃああとから読んでも同じじゃない?」若い女性の声が応じた。「おんなじならさー」「いや、感動するんだよ、漫画読んでたほうが。もう、主人公も脇役もそのままだから。立体! ってなる。感動」「じゃあ、あの人漫画でもオネエなん?」「誰?」「敵のー。ほら、まあまあ強い」漫画原作の映画を見てきたらしい。男性は原作を読み女性は読んでいない。「そう! 彼なんてもう、ほとんど二次元だね!」彼の中で偉いのは二次元なのか三次元なのか。「ふーん。でも、読んどらんくても面白かったよー。カンナちゃんすごくかわいかった」「いや、そういう表面的な見た目とかをなぞってるだけじゃなくて、なんていうのかな、気持ちみたいなものまで、本当に原作に忠実に描いてあって」そんなに熱心に原作を勧めるなら一緒に見る前に彼女に貸せばよかったのではないだろうか。「漫画何巻もあるんでしょ? 全部買ったん?」「嫁が先にはまって、一気に既刊セット買ってきてそれで夫婦で」なんとなく、2人はカップルないし夫婦だと思っていたので嫁、という単語にぎょっとしかけ、しかし、もちろん男女が親しく映画について話していたら恋人か夫婦だと思うほうが間違っているのだ。友人、同僚、きょうだい、なんだってあり得る。脳は勝手に色々なことを思いこんで、そこから外れると驚いたり下手をしたら腹を立てたりする。それは間違っている……「お皿だけ上に」声がした。顔をあげると店主が微笑みながらキャベツを私に差し出そうとしている。私は箸を持ったまま皿を両手で押し頂いた。店主がそこにキャベツを1盛り載せた。重さは感じられなかったが拳1.5個分くらいある白い細い千切りキャベツ、ありがとうございます。このキャベツの自動追加はカウンター客のみに行われているようだ。きっと、くださいといえば小上がりやテーブルの客ももらえるのだろう。店には次々客が来た。入って来た男女がこんにちは、と親しげな声を店主に投げかけた。「アッ、お久しぶりです」店主が笑って頭をさげた。「お元気ですか?」「エエ、エエ。今日は?」「食べに来ましたよ」「わざわざクバから? それはそれは」「我々は、ヒレとロースね」「はいヒレとロース」店主は嬉しそうに再び頭をさげ、客は小上がりに座った。双方親しそうなのに敬語だった。「つぎ、特選、串カツといこう」特選は分厚い、「枚」で数えるのがふさわしくないような分厚いロースだった。肉には竹串のようなものが刺してあり、まな板の上でそれが肉から抜かれた。他の肉にも刺してあったか、特選専用なのか、揚げ具合を見ているのか。店主はザン、ザンと切り分けた。それは隣の席に運ばれた。すぐ女性の串カツもきた。皿の上にあると余計に肉の厚さ高さが目立つ。よく干されたたくあんはあまり甘くなく歯ごたえよく、キュウリは浅く漬けてありどちらもおいしい。あと数口となった豚汁に卓上の一味を振って飲み、最後のとんかつを食べた。まだちゃんと表面がカリカリしている。残ったからしを全てつけるとやや効きすぎた。キャベツも全て食べた。「つぎ、特ミックスふたつ、いこう」ねえねえ、と隣の男女の女性のほうが言った。「このネギすごくおいしいからひとつあげる」横目で見ると、彼女は、串に刺さった長ネギを隣の男性の特選の皿の上に載せている。ここの串カツは玉ねぎではなくて長ネギらしい。衣が剥がれ、肉のない、白い長ネギが油に濡れて1切れ串の半ばに刺さって分厚い肉にもたれかかっている。男性のほうは特にそれに反応することなく食べ続けていた。私はお茶を飲み、ごちそうさまでしたと手を合わせてから立ち上がった。ありがとうございました、と店主が言いもう1人の男性店員さんも言いエプロンの女性たちも言った。ロース定食は税込1500円、ああぜいたくをした、しすぎた、でもおいしかった、と思いながら店を出た。帰宅して子供に胃はどうだったかと聞かれ大丈夫だったと答えると、「これでトマト食べれるねえ、よかったねえ」1人だけいいもの食べたのがちょっと後ろめたくなりながら私はそうだねえと答えた。

庭

小山田浩子

2018/03/31発売

それぞれに無限の輝きを放つ、15の小さな場所。芥川賞受賞後初著書となる作品集。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹