シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

マニラ首都圏最大の貧困地区といわれるバゴンシーランにて、KnKが運営するチルドレン・センターで取材する伊藤里久さん

「現地のことは海外メディアからも伝わる。なぜ日本から行く必要があるのですか?」、そんな投げかけを受けたのは、一度や二度ではない。「ネットでその地域に住む人たちが直接発信できるじゃないか」とも。とりわけ中東地域を取材するようになって、この問いかけに答える機会が増えたように思う。
 答え方は人によって違っていいと思う。ただ、お借りした映像で全てが済むならば、取材活動の意味自体が失われると私は思っている。日本と現地でどんな情報や感覚の開きがあるのか、それを肌で感じ、“持ち帰る”ことで、遠い地との心の距離が縮まっていくのではないだろうか。
 それを最初に体感したのは、高校時代、NPO法人国境なき子どもたちが派遣する「友情のレポーター」としてカンボジアに渡航したときだった。このプログラムでは毎年、11歳から16歳の日本に暮らす小中高生を活動地に派遣し、現地との架け橋を築いている。私自身、現地で同世代の子たちと出会い、「あなた」と「私」という関係性の中で触れ合うことで、それまでぼんやりとした輪郭しか描けなかった「貧困」や「人身売買」といった社会問題が、「自分の友達の抱える問題」となったのだ。それだけではない。カンボジアでは常に、すれ違った人と人とが自然と声をかけ合うコミュニティで過ごしていた。日本に帰り、東京の街を歩いたときの強烈な違和感は忘れない。なぜ皆目さえ合わさず歩いていくのか、なぜこんなにも多くの人がいながら「寂しい」と感じるのか、それまで当たり前のように思い見過ごしていたものが、違う環境に身を置いた後に初めて心の中で露わになった。気づきは、現場だけで得られるものではないのだ。
 今年、新たにレポーターに選ばれた伊藤里久さん(15)、高橋叶多くん(15)のフィリピン取材に同行した。かつての私がそうだったように、この質問をしていいのか、相手を傷つけないのか、二人は常に揺れ動きながら取材を続けていた。その戸惑いや葛藤は、どんなに経験を重ねてもなくしてはならないものだと思う。大切なのは一人で抱え込むのではなく、その迷いや葛藤ごと伝え、「あなたはどう思う?」と、受け止めて下さる方々と分かち合うことなのだと思う。二人が現地で、そして帰国してから何を感じたのか、それを表現する旅はまだ始まったばかりだ。
 二人と、そして現地で出会った子どもたちにとっての「宝物」をテーマにした写真展が、間もなく開催となる。子どもたちの眼差しを通し、皆さんの心の中、ささやかな日常の中の行動が変わる「きっかけの種」を持ち帰って頂ければ嬉しい。

写真を通して現地の子どもたちとコミュニケーションを重ねる高橋叶多くん

国境なき子どもたち(KnK)写真展
「友情のレポーターとフィリピンの子どもたちの宝探しの旅」

期間:2019年9月12日(木)~9月18日(水) 10:00~18:00 (入場無料)
   最終日:15:00まで 9月15日(日)は休館

会場:アイデムフォトギャラリー 「シリウス」 東京都新宿区新宿1-4-10アイデム本社ビル2階
    (東京メトロ丸ノ内線「新宿御苑前」駅徒歩2分) 電話:03(3350)1211

詳しくはこちらからどうぞ。

 

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

この記事をシェアする

ランキング

MAIL MAGAZINE

「考える人」から生まれた本

もっとみる

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき
  •  

考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

連載一覧

対談・インタビュー一覧


ランキング

イベント

テーマ

  • くらし
  • たべる
  • ことば
  • 自然
  • まなぶ
  • 思い出すこと
  • からだ
  • こころ
  • 世の中のうごき

  • ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標(登録番号第6091713号)です。ABJマークを掲示しているサービスの一覧はこちら