2020年12月11日
後篇 生きづらいなら、自分でゲームを創ればいい
『草原の国キルギスで勇者になった男』を刊行した春間豪太郎さんと、彼が尊敬するノンフィクション作家・高野秀行さんとの対談が実現。なぜ人は冒険や探検に憧れるのか。ノンフィクションを書く極意、生きづらいこの世の中をどうサバイブしていくのか――勇者たちの夢の対談の後篇をお届けします。
そもそも、なぜ2人は海外に果敢に飛び出していったのか。そこには「現代日本社会での生きづらさ」という共通項がありました。社会のルールに順応できないなら、自分が主人公のゲームを創ってしまえばいい! そして春間さんの次なる野望に、高野さんの開いた口がふさがらない!?
(前回の記事へ)
高野 ぼくは動物が好きだから、動物のエピソードを読んでいるだけでも面白かった。
春間 動物は人間が考える以上に賢いし、相手の表情や空気を読むのが上手。こちらが疲れているときはすぐに言うことを聞かなくなる。なので、一生懸命動物たちの気持ちを想像したり空気を読んだりして、なんとか彼らの仲間に入れてもらおうと頑張っています。
高野 でも、『草原の国キルギスで勇者になった男』(以下『キルギス』)のプロローグによると、子どもの頃は空気を読むなんて最も苦手だったんじゃない?
春間 あ、はい。無理でしたね。
高野 家庭や学校にも居場所が見つからなくて、生きづらさを感じていたのかなと思いました。
春間 まさにそうでした。コミュニケーションも苦手で、得意不得意の差が激しくて。
高野 自分もマルチタスクが全然できないとか、すぐ迷子になってしまうとか、一つのことに過集中してしまうとか、苦手なことが多くて、『間違う力』という本まで出してるんだけど(笑)。
春間くんはたぶん「現代の日本の社会」というゲームが合っていないし、不得意なんじゃないのかな。ぼくもそうだから、それなら他の場所に行って、ゲーム創ってやればいいんじゃない? って思うんだよね。
春間 そう思います。万が一、日本でうまくいかなかったとしても、地球全体に目を向ければ、そこには70億もの人がいるわけで、そこでならうまくやっていけるのかもしれない。
高野 そこに、今までの冒険の意味がありますね。
『キルギス』に寄せた推薦コメントに「この世界が『生きづらい』と感じている人にとくにお勧め」とぼくが書いたのはそういう理由なんです。
思い返してみると、ぼくも高校生くらいの頃に「面白くない」と思っていた。社会が面白くないのではなくて、いまの社会のルールのなかでは、自分の力はうまく発揮できない。ゲームにたとえれば、先には進めるけど、他の人より点数は低いし、全然クリアできないような状況。そんなゲーム、つまらないじゃない。生きてはいけるんだけど、面白くない。
だから、自分でゲームを創ってしまえと。プレーヤーは自分ひとりなんだから、毎回優勝。毎回最下位でもあるけど(笑)。
自分で創ったゲームをやってみると楽しいし、充実感がある。ふつうの会社と違って「前例がない」と言って却下されることもない。「前例がない」のがもはや当たり前。春間くんもこうやって自分のゲームを創れるようになってからは痛快なんじゃないかと思うんだけど。
春間 すごくわかります。自分のやりたいことは人それぞれあるはずだから、あとは踏み出す勇気と切り開く力が身に付いていれば、今の時代はいろんな手段がありますから、好きなようにやれるのではないかと思います。なにか迷ったら、とりあえずやってみる。やってみてから考えればいいと思います。
高野 やってみると、意外になんでもできちゃうよね。ぼくも、もともと冒険的思考ではなかったし、人と違うことをやってやる! と思っていたわけではなかった。人の輪の中にいても、二番手、三番手の安全な位置にいるタイプだった。
それが探検部に入部してから、だんだん変わってきた。外国に行くと予想もつかないことに遭う。最初は海外に行くなんてとてつもなく大変なことのように思ってたけど、意外に何とかなるケースが多かった。切り抜けられるとそれが自信につながる。
春間 もともとチャレンジングな性格ではなかったというのは驚きです。高野さんのデビュー作『幻獣ムベンベを追え』はぼくの愛読書ですが、あれはかなり攻めまくってますよね。
高野 ムベンベの前に、インドでお金もパスポートも航空券も盗まれた経験が大きかったなあ。本当に一文無しになって、日本に連絡するすべもなく途方に暮れていたら、現地の小学生の家に泊めてもらうことになって……それもかなりの極貧家庭の。小学生の世話になるなんて情けないなあと思いながら、毎晩その家族とコンクリートの床に直接雑魚寝しては、大使館や航空会社に日参して……という日々を繰り返しているうちに、最終的に航空会社の副社長に直談判することになって、あっさりチケットを再発行してくれて帰国できたんだけどね。
春間 ネットもない時代ですよね? とんでもない経験でしたね。なんで再発行できたんですか?
高野 その副社長は「こないだまで交換留学生として日本から来てうちに泊まっていた学生たちは英語ができなくて何を言ってるのかさっぱりわからなかった。でも君の言うことはとてもよくわかる」って言ったんだけど、そりゃわかるよ、明確かつシンプルに「日本に帰りたい、チケット再発行してくれ」って繰り返し訴えてるだけなんだもん!(笑)
日本にいたときは「インドで身ぐるみはがされる」なんて、死を意味するような衝撃的なピンチだと思っていた。でも実際には死なないんだよね。お金もパスポートも生命を維持するのには何の関係もない。
チケットの再発行も絶対に無理だと言われたけど、「絶対に無理」なんてことはないんだなと。やってみないとわからないし、やってみると意外にできるんだなということを間違って学習してしまったんだな。
春間 その経験があれば、なんでもできますね。
高野 一歩ずつ経験を積み重ねていくというのが大事だし、春間くんもそれをしっかりやれていると思いますよ。背伸びして無理をするところと、着実に歩を進めていくべきところの見極めがよくできていると思う。
春間 自分でもそこはよく考えています。そこをしくじってしまうと、計画がすべて頓挫してしまいますから。でも挑む部分がないと「冒険」にならない。緊張しますが、でも攻めたい。
高野 ぼくは本を執筆する時に「冒険」のような気持ちで臨んでいますね。必ず前作を超えたい。レベルアップしたいし、面白くしたい。でも一足飛びに上を狙うのではなく、ステップバイステップで上に向かう。
『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』(以下『アフリカ納豆』)は書くのが本当に難しかった。10年前、いや5年前の自分でも書けなかったと思う。2016年に出した『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』の時もすごく苦労して、同じ思いだったんだけど。
春間 『アフリカ納豆』は高野さんにしか書けない境地に達している本だと思います。
高野 ありがとうございます。『アフリカ納豆』は自分でも会心作だけど、前作の『アジア納豆』がそれに劣るかというと、そうではない。その時のベストだから。若い時の作品も今読むと、若書きとか勢いの良さとか、そこにしかない魅力があるし、その当時の全力が詰まっている。
本を書くたびに、内容のレベルは上げないといけない。自分の手がギリギリ届く高さを狙っていかないといけない。
春間 それは本当に難しいことなんですよね。海外取材は予想外のことが起こるのが常ですから。欲しいテーマが見つからないということもありますし。
高野 春間くんはもう「作家」としてやっていくんでしょ?
春間 自分から「作家」とはなかなか言えませんが、文章は真剣に書いているつもりです。『キルギス』も書き下ろしではなく連載にしたのは、回を重ねることで文章スキルを上げるという目的もありました。
高野さんは、他の人がやっていないことをやっているだけでなく、それを面白おかしく書けるというのが素晴らしいところなのですが、文章スキルを磨く上で何か心掛けていることはありますか?
高野 春間くんの文章スキルは申し分ないと思います。もう型が完成されている。セリフと地の文のバランスが絶妙で、会話の使い方が最初からできていると思うよ。
春間 恐れ多いです、ありがとうございます。
そこまで文章に自信があるわけではないのですが、最初は冒険の様子を出版するつもりはなく、ずっとインターネットの匿名掲示板に書き込んでいました。記録として残すだけではなく、そういったネットコミュニティにはある種のスキルに長けた人たちが多く集まっているので、その人たちからリアルタイムでさまざまな情報やアドバイスをもらいながら、冒険に生かすというスタイルだったんです。そこで少しでも面白く読んでもらおうと思って試行錯誤しながら書いた経験が生かされているのかもしれません。
その掲示板の書き込みが注目を集めたことが、最初の本の刊行につながりました。全体のバランスがよくなるように考えながら文章を書くのですが、パズルのピースをはめこむようなイメージでやっています。数学専攻だったので、そういう思考の仕方につながっているのかもしれません。
高野 数学専攻だったの!? 春間くんは得意のプログラミングを生かして冒険に必要なアプリを自力で開発するとか、冒険スタイルにもジェネレーションギャップを覚えるね。ぼくは「触る機器みな狂わせるITデストロイヤー」って言われるくらいITが苦手だから(笑)、本当にうらやましい。
時代が進むにつれ、どんどん新しい機器が必要になりますね。昔は取材先で写真を撮ってくればよかったけど、今は動画もほぼ必須。さらにドローンもあるに越したことはないという状況になっている。でも取材中は、慣れない言語を使って現地の人に話を聞きながらメモを取って、自分の目で見て、写真を撮って、さらに動画も……なんて到底無理。だからこそ、映像を撮ってくれる探検部の先輩に取材同行をお願いしてるんだけど。
春間 ぼくは同行してくれる人がいないから、ドローンに撮影してもらっているんです。今のドローンは自撮りもできますし、自動追尾機能もついていますから、操作も簡単ですし、相当楽ですよ。
高野 君には難しくないけど、ぼくには難しいような気がする……。テクノロジーの発達によって、やることも増えてしまっている。情報もいまは過多だし。事前に調べようとすると、どこまででも情報が出てきてしまう。便利になればなるほど、難しい。
春間 ネットをなめらかに使いこなす器用さが求められますね。ぼくはネットの掲示板がメインの活動の場なので、冒険の内容だけでなくSNSでの人格を攻撃されることもあります。ネット上のふるまいかたも重要なスキルになっていますね。
高野 さらに、冒険することと文章を書くことは別物だよね。冒険は筋書きがないから、面白くなるかどうか最後までわからない。一番困るのは、トラブルが多ければ多いほど、本としては面白くなること(笑)。かといって、そのために現地でネタを仕込むかといったら、とてもそんな余裕はないし、できることならトラブルは回避して無難に終わらせたい。
でも、すごくスムーズに終わってしまったときって書くことがない。あっさりしてるし、インパクトがない。トラブルが起こったときは大変でも、書くことはたくさんある。これはコントロール不可能だから、本当に困ってしまうんだよね。
入念な準備でトラブルはある程度回避できる。トラブルに遭うためにあえて準備をしないという方法もあるのかもしれないけど、それはレベルとしてはすごく低い。完璧な準備でトラブルを完全に回避すれば、レベルは高いけど、本としては面白くない。そういうジレンマがある。
ではひたすらにレベル上げを目指せばいいのかというと、どんどんマニアックになっていったり、危険度が上がるだけになってしまう。
春間くんのように、陸から海へ冒険の舞台を変えてみるとか、そういうレベル上げはいいよね。それまでの冒険でスキルは上がっているけど、初めてのステージだから、そこで物語が生まれる。らせん状にテーマを変えながら本を出していくといいと思うな。
春間くんの次の目標は何かあるの?
春間 じつはぼくの長年の悲願「チュニジアの砂漠でラクダと旅をする」は、今年2~3月に達成してしまったんです。人生観を大きく変える旅で、それまでかなり悲観的に生きてきたのですが、生まれ変わったような気持ちになって、これから第二の人生を楽しむぞ! というところにまできました。
その悲願だった冒険を達成するのに必要なスキルを身に付けるべく、今までモロッコやキルギスへ行ったり、ヨットでの日本一周をしたりしていたので、今後どうしようかと思ったのですが、来春から筑波大学に編入することにしました。
高野 筑波大学!? 何を勉強するの?
春間 機械工学です。今までは動物を連れて旅をしてきましたが、次は自作ロボットを仲間にして新たな冒険に出たいなと……。
高野 (爆笑)
春間 ぼくはプログラミングはできるので、ロボットの中身は作れます。でも外側も自作したい。『リアルRPG譚 行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』でロバの引き車をつくるときも強度の計算などですごく苦労したので、しっかり大学院まで進んで、ものづくりのスキルを習得したいと思っています。
それから、ぼくは死ぬまで冒険をしていきたいのですが、将来、ケガや病気で四肢の自由が利かなくなってしまうかもしれない。その時に、自分をサイボーグ化できるような義手や義足を作って冒険を続けたいなと。
高野 ぼくのほうが先に身体が弱るんだから、そのときは春間くんに何か作ってもらおう!
(おわり)
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春間豪太郎
2020/10/29発売
新潮社公式HPはこちら
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『謎のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』
高野秀行
2020/8/27発売
新潮社公式HPはこちら
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春間豪太郎
はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。
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高野秀行
1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。辺境探検をテーマにしたノンフィクションを中心に『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』など著書多数。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 春間豪太郎
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はるま ごうたろう 1990年生まれ。冒険家。行方不明になった友達を探しにフィリピンへ行ったことで、冒険に目覚める。自身の冒険譚を綴った5chのスレッドなどが話題となり、2018年に『-リアルRPG譚-行商人に憧れて、ロバとモロッコを1000km歩いた男の冒険』を上梓。国内外の様々な場所へ赴き、これからも動物たちと世界を冒険していく予定。
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- 高野秀行
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1966年東京都生まれ。早稲田大学探検部在籍時に執筆した『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。辺境探検をテーマにしたノンフィクションを中心に『西南シルクロードは密林に消える』『ミャンマーの柳生一族』『アヘン王国潜入記』『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』『幻のアフリカ納豆を追え! そして現れた〈サピエンス納豆〉』など著書多数。『謎の独立国家ソマリランド』で第35回講談社ノンフィクション賞、第3回梅棹忠夫・山と探検文学賞受賞。
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