あなたはパスポートを持っているだろうか? 持っているなら、それは〝自分のモノ〟だと思ってはいないだろうか?
 あまり知られていない事実だが、私たちが持つ自分名義のパスポートは、私たちの所有物ではない。外務省によると、パスポートの「所有権は国にあり、名義人にはこれを所持し、法律の範囲内での使用が認められる」ことになっているそうだ。世界各地へ旅行する際、命の次に重要とされるパスポート。お金が盗まれてもパスポートは盗まれないよう大切に保管せねばならないといわれるのは、御上が発行してくれた唯一の国際的身分証明書を私たちが一時的に預かっているからなのだ。
 大事なモノであることはわかっていても、パスポート自体に考えを巡らすことはあまりない。旅から帰れば棚や引出にしまいこんで気に留めることもない。しかし、パスポートを調べると興味深い世界の実態が見えてくる。
 昨二〇一六年は日本でパスポート(旅券)の第一号が発給されてから百五十年の記念すべき年だった。そんな好機に『パスポート学』(北海道大学出版会)を出版した。
 これは、二〇〇六年、前職の国立民族学博物館(みんぱく)在任中に、私がかつて無国籍であった経験から興味をもつようになったパスポートについて、縦、横、斜め、あらゆる角度から追究したいと思い、人類学、法学、歴史学、社会学、政治学、民俗学、さらには入国審査官などの実務家、そして難民や無国籍者、重国籍者など当事者を集めて共同研究会を組織し、国籍とパスポートについてとことん調査した十年越しの研究成果である。みんぱくにいたということもあり実物を掻き集め「モノから視る」ことにこだわった。
 パスポートといっても、歴史をさかのぼると、通行手形から始まり、いろいろな形状で発行されていたことが分かる。一八六六年、日本のパスポート第一号を手にしたのは万国博覧会で日本の曲芸を披露するためパリに渡った「帝国一座」という曲芸団の座長・隅田川浪五郎である。現在のような手帳型ではなく賞状型(一枚紙)。中央に日本政府による朱色の角印が押され、達筆な筆書きで、番号や名前のほか、当時まだなかった写真の代わりに人相書や身体的特徴が記された。神奈川奉行から第三号が発給された亀吉は「身丈 高キ方 眼 小キ方 鼻 高キ方 口 常体 面 丸ク疱瘡有 両腕ニ草花之彫物有」と記されている。幕末期のパスポートは外交史料館に所蔵されており、見ることができる。
 一九二〇年、「旅券に関する国際会議」でパスポートのサイズや形態を世界的に統一することが決まってからも、国ごとにさまざまな特徴と変遷があった。
 パスポートは主に国によって発行されるが、国とそうでないものを区別するのは難しい。現在、日本が承認している百九十五か国以外にも、国として承認していない台湾やパレスチナなどを含め、全体で百九十九の国と地域が政府旅券としてパスポートを発行している。イタリア・ローマの中にある世界最小の独立国バチカン市国に出入国する際、パスポートを提示する必要はない。しかし、バチカン市国もパスポートを発行しており、海外渡航に用いられている。他にも、先住民が国家と対抗しつつ(ときには使用を妨げられながらも)、自分たちのために発行しているパスポートがある。また、一九五四年にワシントンに設立されたNPOワールド・サービス・オーソリティ(WSA)は、国境のない世界の市民権を謳い、その証として「ワールド・パスポート」を発行している。
 半ばオタクのように、パスポートに関するあらゆるものにアンテナを張った結果、ペット用のパスポートがEUにあることや、死人用(運柩用)のパスポートを中国が発行していたことも発見した。
 また、「モノから視る」だけではなく「当事者から視る」ことにもこだわった。特に、移民や難民、重国籍者、無国籍者、帝国臣民や帰化者など、個々人が持っているパスポート、もしくはパスポートの有無によって、見えてくる景色は大きく異なるはずだ。彼らが国境を越えて移動する際、どのような経験をしたのか、もしくは、立場によって国境や国籍、そしてこの世界がどのように見えるのかという原風景も描き出すよう努めた。「強いパスポート」を持つ人は国境や国籍を見過ごしがちだが、「弱いパスポート」を持つ人や無国籍者にとって国境は(おぞ)ましい存在だ。
 人の移動が頻繁になり、国際結婚が増える現代、一つの国の枠には収まりきれない人々が生まれている。一方で、国の枠組みは歴然と残っており、イギリスのEU離脱やトランプ現象などのように国家の壁がどんどん高く厚くなっているのも事実だ。これまでの常識が通用しない現代、パスポートという小さな冊子を再考することで世界の新しい姿を先読みするヒントが見つけられるかもしれない。パスポートの世界は実は奥深い。

(「考える人」2017年春号掲載)