今年こそ、絶対に十分な休息を取ると決めていた年末年始だったけれど、やはり今年もドタバタと年を越してしまい、気づけば正月はすっかり終わっていた。ゆっくりと休めたのかというと、あまり休めていないし、冬休みを終えて三学期をスタートさせた子どもたちが学校に戻った今は、結局、いつも通り、朝から晩まで仕事と家事に追われている。すっかり大型犬へと成長した愛犬ハリーとの散歩も休むことなく続けているから、実際のところ毎日ヘトヘトである。毎年思うことだけれど、一年の始まりってこんなに忙しいものだったっけ? 一年で一月が最も忙しいと感じるのは私だけ?

 SNSをちらりと見れば、ママ友や同級生たちも、てんやわんやの年末年始を送っていたようである。おせち料理の準備に精を出し、子どもに渡すお年玉をキャラもののポチ袋に入れ、親戚のためにお酒を買いに走り、煮物を鍋いっぱいに作ってフル回転。挙げ句の果てに働き過ぎて大晦日に熱を出したり、子どもがインフルエンザに罹ったり、まあ本当に年末だというのにご苦労様ですと頭が下がる思いだった。年が明ければ少しは楽になるのが普通だが、小学校の三学期は多くの行事をこなしつつ瞬く間に過ぎていくもの。気づけば進級の時期となり、今年はついに六年生である。今年、新六年生になる子を持つ親たちはきっと、正月にほろ酔い気分になりながらも、「わが子もとうとう六年か」とため息をつきながら、自分を奮い立たせたに違いない。道で顔を合わせれば、「今年は大変だね、お互い」という言葉しか出てこない。

 さて、村井家では、夫の両親が大晦日から新年二日までわが家に宿泊するという、恒例の正月行事が今年も行われた。これを友人知人に話すと、100%悲鳴を上げられるのだが、わが家では十年ほど前から、この年越しスタイルが定番となっている。夫の実家とわが家は車で十分ほどの距離にあり、普段も頻繁に行き来しているため、私的には「なにも正月まで」とは思うのだが、夫の両親からしたら「正月だからこそ」、長男夫婦と孫と一緒に年を越したいと思うのだろう。その気持ちを否定することはできない(心の中で葛藤はしても)。両親の年代の人たちにとって、お正月は、とても特別なものだろうと想像できるからだ。

 私が子どもの頃のお正月は、それこそ本当に特別な行事だった。大晦日、家族そろってテレビを見て、除夜の鐘を聞くのが決まりだった(私がその時間まで起きているのはまれだった)。母が枕元にお正月用の新品の衣類を揃えてくれたのを記憶している。朝、目を覚ますとすでに父も母も起きていて、こたつに座ってテレビに映る全国各地の初詣の様子を見ていた記憶がある。急いで着替えて私もこたつに入る。「あけましておめでとうございます」と挨拶すると、「あけましておめでとう」という言葉とともに、父が私にお年玉をくれたものだった。こたつの上に置かれたおせち料理と、お雑煮。ストーブの上には、今にも膨らみそうになった焼き餅。いつもとまったく違った朝ごはんに心躍らせたものだ。

 私の記憶に残っている元旦の風景は、これだけではない。今でも鮮明に思い出すのは、静まりかえった町の風景だ。私が生まれ育った漁師町では、日が昇るずっと前からいろいろな音が聞こえてくるのが常だった。配達の車のエンジン音、かすかに聞こえてくる威勢の良い競りの声。そんな様々な音を目覚まし代わりに生活をしていた私にとって、静まりかえったお正月の風景は、とても不思議なものであり、同時に特別なものに感じられた。

 小学生の私は、元旦の早朝になるとそんな町をふらふらと歩きまわった。誰もいない道路の真ん中に立ってあたりを見回し、車が来ないのを確認すると、おもむろに寝転がる。冷たいアスファルトに横たわり、その冷気を全身に感じながら両手を広げて耳を澄ますと、あたりの家々からかすかにテレビの音が聞こえてくる。台所の小窓からは、濃厚な鰹だしのかおりが漂ってくる。空はどこまでも広かったし、空気は冷たく、澄んでいた。そんなお正月ならではのちょっとしたいたずらは、小学生の私にとってはこの上なく魅力的で、他の何より、これからはじまる新しい一年を感じさせてくれるものだった。

 今となっては、活気のあった漁港はその姿をすっかり変えたし、実家に住む人はいなくなった。正月の静まりかえった港町と遠い空は、私にとっては二度と手に入れることができない風景になってしまった。記憶の中の風景は、なぞらえることしかできないものに変わり、同じ風景を共有できる人は、年齢を重ねるごとに少なくなった。それは致し方ないことだと理解しつつ、時折、ふと寂しくなる。元気な子どもと大型犬が走り回る家の中にいても、私の中のもう一人の私は、今年の正月も、あの頃の人気のない港町の道路に静かに寝そべっていたように思う。

 元旦、期待に胸膨らませる息子たちにお年玉を手渡した。「超ラッキー!」と叫び、早速何を買おうかと大喜びしている二人を見ながら、この子たちもいつか大人になって、この日のことをわずかでも思い出す時が来るのだろうかとふと考えた。