作者のアイリーン・ベッカーマンさんは、人生で着てきたほとんどすべての服を記憶していて、それをイラストに描き、その時々の思い出をエッセイとして書き添えている。N.Y.の広告代理店で辣腕を振るう彼女は、幼いころの母の死、結婚、愛する娘との死別、2度の離婚を経験し、決して平凡とは言えない人生を送ってきた。そして彼女を時に支え、時に生活を彩ってきた数々の洋服を通して語られるシンプルで端正なエッセイは、時に胸に迫り、感動さえも覚える。
この本を読んだ時、遠方から来た旧友に出会ったような気持ちになった。私も彼女と同じく、これまで着てきた服のほとんどを記憶しているし、私もどこかに行く時、何かをする時、最初に洋服のことを考えているからだ。
そしてベッカーマンさんとのもう一つの共通点は、私の母も裁縫が得意で、子供の頃はいつも妹とお揃いの可愛らしい洋服を作ってくれたこと。母は、服に関しては「似合っていれば、人と同じでなくていい」ということに大きな価値を置いていた。だから小学校のときは、私がデザインした一風変わったワンピースを「素敵ね!」と言って上手くアレンジして縫ってくれたし、中学校の制服は「面白くない」という理由で勝手にミニスカートに改良してしまった。おかげで私は、不良の先輩たちから呼び出しを受けたりしたものだ。
そんな母の影響か、学生の時もOLの時もミュージシャンになってからも、自分の好きな服を自由に着てきた。洋服が大好きなこともあるが、いつも気に入った自分らしい服を着ていないと居心地が悪くて、自分が自分と思えないのだ。
服はその人の履歴書だ。人生の場面場面で選んで着てきた服には、それぞれの想い出と、ちょっと大げさだが、その時の自分の生きる姿勢みたいなものが宿っている。初めてのデートの時に着た真っ赤なワンピース。初めて音楽オーディションを受けた時の衣装、大人に見られたくてバイトでお金を貯めて買ったハイブランドのコート。そして、ミュージシャンになってから1000着以上は着たであろう素敵な衣装の数々は、ステージでのパフォーマンスにいつもたくさんの自信をくれる。私はいつも服によって助けられ、こうして今でもおしゃれを楽しんでいる。
私もミュージシャンの傍ら、おしゃれについてのエッセイを書いているが、今の目標は、野宮真貴の「あのときわたしが着ていた服」を書くことである。もうすぐ還暦になろうとする私が、これまで着てきた洋服をイラストに描くことで、私の人生そのものを伝えられると思うのだ。
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アイリーン ベッカーマン/著
河野 万里子/翻訳1997/10
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野宮 真貴
「ピチカート・ファイヴ」3 代目ヴォーカリストとして、90年代に一世を風靡した「渋谷系」ムーブメントを国内外で巻き起こし、 音楽・ファッションアイコンとなる。 2010 年に「AMPP 認定メディカル・フィトテラピスト(植物療法士)」の資格を取得。2017年はデビュー36周年を迎え、現在音楽活動に加え、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイストなど多方面で活躍中。10月にニューアルバム「野宮真貴、ホリデイ渋谷系を歌う。」をリリース。11月には同タイトルのLIVEを東京、名古屋、大阪、福岡にて開催する。またエッセイ第2弾本「おしゃれはほどほどでいい」(幻冬舎刊)、JINSとコラボした「美人リーディンググラス」が好評発売中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 野宮 真貴
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「ピチカート・ファイヴ」3 代目ヴォーカリストとして、90年代に一世を風靡した「渋谷系」ムーブメントを国内外で巻き起こし、 音楽・ファッションアイコンとなる。 2010 年に「AMPP 認定メディカル・フィトテラピスト(植物療法士)」の資格を取得。2017年はデビュー36周年を迎え、現在音楽活動に加え、ファッションやヘルス&ビューティーのプロデュース、エッセイストなど多方面で活躍中。10月にニューアルバム「野宮真貴、ホリデイ渋谷系を歌う。」をリリース。11月には同タイトルのLIVEを東京、名古屋、大阪、福岡にて開催する。またエッセイ第2弾本「おしゃれはほどほどでいい」(幻冬舎刊)、JINSとコラボした「美人リーディンググラス」が好評発売中。
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