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考える四季

 昨年九月、インターネットを通じて一人のベルギー人女性から連絡をもらった。

 「亡き祖父に、日本の女性との間に息子がいたということを最近、母から聞きました。その『日本の叔父』を探すために、近々日本に行こうと思っています」

 ジュリーという名の三十歳のこの女性は写真家で、叔父を探す過程を写真に収めようとしているという。私は是非会いたいと返信した。叔父さん探しに協力させてもらえたら、とも書き添えた。そして彼女の日本滞在中、二日ほどうちに泊まってもらうことになった。

 彼女と知り合ったのは「カウチサーフィン」(Couchsurfing 以下CS)というサイトである。ネット上で人と人をつなげるいわゆる「ソーシャル・ネットワーキング・サービス」の一種だが、このサイトが特徴的なのは、世界各地の登録者が互いに無料で自宅に泊め合うことを目的としていることである。使い方は簡単だ。登録をして自分の写真やプロフィールをアップする。そして泊まりたい場所や日程を入力して検索すると、泊めてくれるまたは会える可能性のある人の一覧が出てくる。そこで良さそうだと思った人に直接連絡を取って約束を取り付ければいいのである。

 ロンドンやニューヨークといった国際的な大都市であれば十万人前後の登録者がいる。また、東ティモールの首都ディリに百人、アフリカ・ザンビアの中都市リヴィングストンにも三十人といった具合で、世界中に行きわたっている(サイトによれば登録者数は一千万人)。必ずしも泊めなくとも、会ってお茶をするだけでもいい。ただし、金銭のやり取りは一切なし、というのがルールだ。

 私も、以前夫婦で長い旅をしていたとき、何度もCSを利用した。最初は無料で泊まれるという点に惹かれて登録したのだが、実際に現地の人の家に泊まってみると、宿に泊まるのと見える世界が全く違うことに気がついた。現地の人の生活の中に入っていくと、たとえ短い滞在でもその国や文化が格段に身近に感じられるようになるのである。私がトルコやギリシャに住みたいとまで思うようになったのも、そもそもは両国で泊めてくれた人たちに強く惹かれたことがきっかけなのだ。


 長旅を終えて京都で暮らすようになると、今度は泊める側になりたいと思った。しばらくはそれも叶わずにいたが、最近引っ越しをして空間に余裕ができたので、プロフィールの宿泊受け入れの可否を書く欄を「Maybe(=場合によっては泊められるの意)」にすると、直後から予想以上の数の連絡が舞い込んだ。届くメッセージを読むほどにその多様な顔ぶれに驚かされ、実にいろんな人が日本を訪れていることを改めて知って嬉しくなった。自転車日本縦断プロジェクト中のイギリス人学生二人組、演奏のために来た韓国人ミュージシャン、世界一周しながらドキュメンタリーを撮るフランス人、一年間のハネムーン中のドイツ人夫婦……。そして、冒頭のベルギー人女性ジュリーもそうした中の一人だった。 

 ジュリーは予定通り私の家に二泊して、妻や娘たちとも親しくなった。また私はそれ以外の期間にも何度か会って、微力ながら叔父探しを手伝った。彼女の祖父が勤めていたらしいという京都の会社を一緒に訪ねたり、情報収集のために雑誌編集者を紹介したりした。具体的な情報はつかめないままだったが、四十年以上前に彼女の祖父が日本に残した足跡が少しずつ見えてくる実感があった。

 不思議な時代になったなあとつくづく思う。かつては想像もできなかった方法で人と出会えるようになっているからだ。ネットの効用には明と暗が確かにあるが、生身の出会いを広げる力については、私はとてもポジティブに捉えている。

 その一方、ネット上で連絡を取っただけの相手を家に泊めることについて、「危険ではないのか?」と考える人は多いだろう。その点CSはよくできている。会った登録者同士が互いにレビューを書けるようになっているなどいくつかの工夫がなされていて、それらが実にうまく機能しているのだ。実際にこれだけの人が利用しながら大きな事件はほとんどない。

 が、ゼロではない。二〇〇九年にイギリスで、ある女性がCSで連絡を取った男性の家に泊まって性的暴行を受け、男が逮捕されるという事件があったのだ。とても重い出来事であり、決して軽視されるべきではないだろう。ただ、そういう恐れがあることを認めた上でも、CSのコンセプトの魅力は変わらないと私は思う。

 イスタンブールで泊めてくれたセルジャンという男性は、毎日複数の旅人を泊めながら、高価なものなどもすべてそのまま家の中に置いていた。その様子に思わず、大丈夫なのかと尋ねると、彼はこんなことを言った。

「多少モノがなくなることは確かにある。でも、それは稀だよ。もしそういうわずかな盗難も防ごうとしたら、鍵を閉めて誰も泊めないという方法を選ぶしかなくなる。しかしそうやって警戒ばかりしていたら、素晴らしい出会いをも失うことになるだろう? 一%のリスクを防ぐために、九九%のいい出会いをあきらめるなんてもったいないじゃないか」

 私はいまの日本社会の、時に極端なほどあらゆるリスクを警戒し排除しようとする風潮に違和感を覚える。もちろん深刻なものには十分に気をつける必要がある。ただ、多少のリスクについてはある程度寛容になり、人と人が、まずは信頼し合おうと思える社会の方がきっと誰にとっても心地よいのではないだろうか。そして互いに心を開き合うことは、結果として重大なリスクを減らすことにもつながるように私は思う。

 ジュリーは今春再び、叔父を探しに日本に来る。どんな展開が待っているのか。それを楽しみに思いつつ、扉を開けば世界は予想以上に豊かな出会いに満ちていることを私は改めて感じている。

(「考える人」2015年春号掲載)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

近藤雄生

こんどう・ゆうき 1976(昭和51)年東京都生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院修了。2003年、旅をしながら文章を書いて暮らそうと、結婚直後に妻とともに日本を発つ。 オーストラリア、東南アジア、中国、ユーラシア大陸で、約5年半の間、旅・定住を繰り返しながら月刊誌や週刊誌にルポルタージュなどを寄稿。2008年に帰国、以来京都市在住。著書に『遊牧夫婦』シリーズ(ミシマ社、角川文庫)、『旅に出よう』(岩波ジュニア新書)、『吃音 伝えられないもどかしさ』(新潮社、講談社本田靖春ノンフィクション賞・新潮ドキュメント賞最終候補、本屋大賞ノンフィクション本大賞ノミネート作)、『オオカミと野生のイヌ』(エクスナレッジ、本文執筆)など。最新刊に『まだ見ぬあの地へ』(産業編集センター)。大谷大学/京都芸術大学/放送大学 非常勤講師、理系ライター集団「チーム・パスカル」メンバー。

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