Webマガジン「考える人」

シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

少女が見せてくれた絵を前に。

 少女はおもむろに棚の中から1枚の絵を取り出し、私たちに掲げた。「何を描いたものなの?」と尋ねると、彼女はいつもの穏やかな口調で答えてくれた。
「私たちの村がIS(過激派組織「イスラム国」)に襲われ、焼け出されて逃れてきたとき、ただただ茫然と地面に座り込んでいました。するとテレビや新聞の記者たちがどこからかやってきて、私たちにカメラを向けました」。そのレンズから私たちが顔を背け、隠している様子です、と。

 イラク北部に暮らしていた少数宗教、ヤジッド教の人々がISに襲撃されたのは2014年8月、それから2年の月日が経とうとしている。避難生活を送る少女の一家が故郷に帰れる日はまだ見えてこない。彼女が描いたその1枚は、それを眺める私にも、ここイラクで過ごしていることの意味を問うているようだった。
  
 深い傷を負った人々にカメラを向ける度に、自分は一体何者なのか、何のためにレンズを向けているのかと自問自答する。その戸惑いに慣れることはない。“慣れ”てはいけないものだと思う。慣れる、ということは、その後ろめたさから逃げることだからだ。それはレンズの先の人に心を閉ざし、いたずらに傷つける行為となってしまう。「伝えるため」という大義と、目の前の人を「傷つけたくない」という気持ち、その狭間でいつも揺れ続けることが、この仕事で大切なことかもしれない。

 彼女たちにシャッターを切る度に、心の中で静かに呟く。「ごめんね。そして、ありがとう」。

少女と共に避難生活を送っている妹、弟、親戚の子どもたちと。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

何かについて考え、それが「わかる」とはどういうことでしょうか。

「わかる」のが当然だった時代は終わり、平成も終わり、現在は「わからない」が当然な時代です。わからないことを前提として、自分なりの考え方を模索するしかありません。

わかるとは、いわば自分の外側にあるものを、自分の尺度に照らして新しく再構成していくこと。

“Plain living, high thinking”(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)*を編集理念に、Webメディア「考える人」は、わかりたい読者に向けて、知の楽しみにあふれたコンテンツをお届けします。

*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル)所属フォトジャーナリスト。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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