シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

イラク北部に身を寄せる、シリア人のご家庭で。停電が続き、この日もわずかな灯が頼りだった。

 その日は朝から苛立っていた。何をしていても心が落ち着かない。理由は自分の中でもはっきりしていた。シリアの街アレッポから、苛烈なニュースが絶え間なく流れてくる。今、日本から何もできない自分自身が腹立たしいのだ。

 隣国の病院で出会ったシリアの少年の顔が、ふと頭を過る。アブーデくん、と呼ばれていた6歳の男の子だ。人一倍おしゃべりで人懐っこく、看護師さんたちの人気者だった。最初にこの病院の薄暗い廊下に足を踏み入れたとき、アブーデくんは、にこにこしながら勢いよくこちらに車いすを走らせてきた。私たちを屈託のない笑顔で見上げると、こう言った。「ねえねえ、僕の足、いつ生えてくるのかな?」。今、シリアで、あの街で、何人の“アブーデくん”がいるのだろう。

 そんなとき、イラクの友人がこんな言葉を私に送ってくれたのを思い出した。「あなたがもしも沈黙してしまったら、世界はどうなると思う?」。その沈黙が集まった姿が、今の世界だから。まずはその沈黙を変えなければならないんだ、と。

 私の心の支えである人がくれた言葉を、ここで皆さんにもお伝えしてこの一年の締めくくりとしたいと思う。「言の葉、いっぱい出して、大きな木にして、森にする。やさしくて、まあるい森」。どうか2017年がもっと、優しさに溢れる一年となりますように。

不法投棄による環境汚染と向き合い続けた香川県の豊島(てしま)。人々の手で今、豊かな地を取り戻そうとしている。平和の象徴といわれる、オリーブの木々とともに。
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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