シンプルな暮らし、自分の頭で考える力。
知の楽しみにあふれたWebマガジン。
 
 

安田菜津紀の写真日記

いつか見上げた春

 2年ほど前のこと。仕事でお世話になっている方についての誤情報が、ネットで出回ってしまったことがあった。その人の顔と名前が晒された上、一時期凄まじい勢いでそれが拡散されてしまった。訂正記事を出してもその広がりは思わしくなく、彼は自分の家族にも危害が及ぶのではと追い詰められていた。
 性被害を必死に訴えた友人が、連日複数の匿名アカウントからネット上で酷い言葉を投げつけられたこともある。
 ネットでの情報発信は難しい。悪意を持った投げかけが瞬く間に広がることもあれば、助けを求める人にとっては数少ない声を出せる場となることもある。ネットそのものは手段のひとつに過ぎないかもしれないが、今を生きる私たちにとってその影響力は無視できるものではない。そうである以上、問われているのはそれを目にする私たちの姿勢なのだろう。不確定な情報を感情のままに拡散させてしまうことは、助けを求めた側が誹謗中傷される危険性もあれば、故意に悪意ある誤情報を流した人に加担する可能性もある。
 事実関係を丁寧に確認しながら、決して単なる両論併記ではなく、両者の証言をしっかりと照らし合わせて問題点をあぶり出していくこと。それが報道の役割や、伝え手としての責任ではないかと思ってきた。
 そして、情報の受け手の一人としても常に考えたい。これは本当に事実であるのか、もし事実だとしても、今の時点で拡散することが適切なのか、と。SNS上では「いいね!」や「リツイート」のボタンを前に、「押すのか、押さないのか」と、すぐに自分の立ち位置を求められているような感覚に陥りがちだ。今私たちに求められているのはむしろ、わからないことをすぐに判断せず、立ち止まって考えてみる勇気なのではないだろうか。

のんびりいこうよ、と春の猫
君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

君とまた、あの場所へ―シリア難民の明日―

安田菜津紀

2016/04/22発売

シリアからの残酷な映像ばかりが注目される中、その陰に隠れて見過ごされている難民たちの日常を現地取材。彼らのささやかな声に耳を澄まし、「置き去りにされた悲しみ」に寄り添いながら、その苦悩と希望を撮り、綴って伝える渾身のルポ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

安田菜津紀

1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。

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