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私、元タカラジェンヌです。

2021年4月27日 私、元タカラジェンヌです。

第2回 仙名彩世(前篇)ピンクとリボンを克服しよう

著者: 早花まこ

彼女の「正義感」

 雨が降りしきる、暗い夜の帰り道だった。彼女の自宅マンションのすぐそばで、子猫のか細い鳴き声が聞こえてくる。マンションから他の住人も出てきて、ずぶ濡れになりながら、雨水が溢れそうな側溝を覗き込んでいた。彼女もまた、側溝の奥にいる子猫をどうにか助けたい一心で見守っていた。
 やがて、協力してくれた人が側溝に深く手を入れて、子猫は救助された。その時、彼女は酷い罪悪感に苛まれていた。
 両肩に掛けたお稽古の荷物を、下ろそうとしなかった自分。濡れても汚れても、なぜ荷物を地面に放り出して手伝わなかったのか。
 それから1週間ほどのちの夜。まるで試されるかのように、彼女は同じ場所で側溝の奥から助けを求める子猫に出くわした。
「今度こそ助けたい」とロープや懐中電灯を使い救助に当たったが、姿はいっこうに見えず鳴き声も弱まっていく。為す術もなく、人の手が届かない場所に入り込んでしまった子猫を救い出すことはできなかった。様子に気付いた多くの人が手を貸してくれたものの、子猫が他の出口から自力で脱出できることを祈ってその場を立ち去るしかなかった。少し離れたところから、親猫と兄弟猫らしき親子がこちらをじっと見ていた。どうしようもない状況でできる限りのことをしたと思うのだが、それでも彼女はこう思った。もしも自分の愛犬ならば、側溝を壊してでも必ず助けたはずなのに。
 彼女は、それから長らく、その場所を通ることができなかったという。

「なんていう人間なんだ、私は」
 まるで昨日のことのように、彼女は今、打ち明ける。
「なんて薄情な。そう思いました。ものすごく、悲しかった」
 彼女が子猫を救えなかった記憶は、誰もが持つ「ちょっと切ない思い出」ではない。日常に起きた事件から、「私はどういう生き方をするのか」と、自らの内面の奥底を見つめた経験だ。
 自分に憤りを感じたのは、あなたの根底に揺るぎない正義感があるからなのか。その問いに、きっぱりと頷いて言った。
「自分のなかの正義に反することは、したくない」

「完璧」な少女時代

 仙名(せんな)彩世(あやせ)さん。2017年から2019年まで花組でトップ娘役をつとめた。宮城県名取市出身、愛称はゆきちゃん。幼い頃から活発で明るい性格で、バレエやピアノ、お習字などの習い事に熱中していた。学校の成績も優秀だった彼女は、新体操部で活躍する楽しい高校生活を送り、やがて進路を決める時期を迎えた。
 新しく挑戦できることを探していた仙名さんは、そこで初めて宝塚歌劇を知ることになる。進路に悩んでいた彼女に、母が取り寄せた学校案内のパンフレット。そこに書かれていたのは、ジャズダンス、タップ、そして日本舞踊まで……面白そうな「科目」が学べる進学先として、宝塚音楽学校を見つけたというべきかもしれない。「なんでもやりたいことをやってみなさい」と言ってくれた両親の後押しもあり、受験を決意した。
 宝塚歌劇団に入るための宝塚音楽学校受験は、平均倍率が約25倍という狭き門だ。受験対策のレッスンに何年間も通う人がいる中、試験のわずか2ヶ月前から準備を始めた彼女が合格できたことは、生まれ持っての華やかさと身体能力の高さを証明している。
 なにしろ、二次試験を受けるために初めて宝塚を訪れ、宿泊先のホテルのテレビで初めて宝塚歌劇を見たというのだ。煌びやかな舞台に魅了され、心奪われ、すっかり夢中になった。生の舞台を観劇したのは音楽学校に入学してからで、ビデオで過去の作品もたくさん見たという。

 2008年、仙名さんは第94期生として入団、月組「ME AND MY GIRL」で初舞台を踏んだ。入団時に首席だった彼女は早くから注目され、花組に配属されたのち、研2(研究科2年のことで、宝塚では生徒の在団年数を「研究科〇年」と表す)で印象的な役に抜擢されている。「メランコリック・ジゴロ」全国ツアー公演で演じた、図書館のベテラン司書役だ。
 上級生であるトップ娘役さんを叱り付け、テンポよく芝居を引っ張るという、下級生にとっては気後れしてしまう役どころ。悩みながらお稽古するうち、真面目にやればやるほど笑いを誘う演技に辿り着いた。
「怖いもの知らずだったんです。全国ツアー公演では各地をまわるので、お客様の新鮮な反応が嬉しくて、下級生なのに毎回違ったアドリブをしていましたね」

「ピンク」と「リボン」を乗り越える

 宝塚では研5までに3回の試験があるのだが、仙名さんはなんと常に全ての科目で上位を占めていた。私が在籍していた雪組にも、「花組に素晴らしい新人がいる」と彼女の名前が聞こえてきた。しかもその娘役は綺麗で、おまけに優しい人なんだって、と。
 上級生のプライドも無しに「少女漫画の主人公みたい」と憧れたものだった。
 ところが当の本人は、娘役として歩み始めた当初から大きな戸惑いを感じていたという。

 宝塚の娘役には、男役に寄り添うという「役目」がある。寄り添うとは、一歩下がってお隣に佇む――そんな単純なことではない。大切なのは、男役をいかに、より魅力的に見せることができるか、ということだ。
 なかでも、ヒロインをめざす娘役にとって、宝塚ならではともいえる「可愛らしさ」「可憐な雰囲気」を持っているかどうかはとても重要なことなのだ。
 自分自身を「野性的な少女で……子供の頃はズボンしか穿きませんでした」と振り返る仙名さんは、娘役の必須アイテムであるスカート、リボン、ピンク色、花柄というものに、最初は戸惑い、馴染めなかった。しかし入団したからには、なんとしても「宝塚の娘役」にならなくては……!
「ピンクとリボンを克服しようと思ったものの……それは本来の自分の姿とは違って……悩みました」
 そのため、外側だけではない部分からも娘役をより深く研究し、「宝塚らしさ」とは何かを考え続けた。

 そんなふうに試行錯誤しながらも、見せ場のある役をもらい始めた研4の時。東京公演の前の2週間ほどの休暇中、故郷・宮城県に帰省していた彼女は、忘れられない経験をする。2011年3月11日、東日本大震災である。

実体験から学んだこと

 立っていられないほど強い揺れに襲われながらも、仙名さんは冷静だった。
「その時は一人で大きなショッピングモールにいて、うずくまりながら恐怖を感じたものの、私、なんとか生きなくちゃって咄嗟に思いました」
 幸い家族は無事だったものの、自宅に戻ると、めちゃくちゃに物が散乱していた。水も電気もガスも情報も、何もかもが不足していた。そんな状況でもお互いを思いやり、力を合わせようとつとめる近所の人たちの助け合いの精神に、強く心打たれたという。
 その一方で、大きな被害を受けた人を気遣うあまり「自分よりもっと大変な人がいるのだから弱音を吐いてはいけない、我慢しなくては」と、苦しみや痛みを一人で背負い込んで体調を崩してしまう人がたくさんいることを知った。災害の目に見える被害の陰では、人それぞれの問題が起きることを学んだ。
 体験したこともないほどの大変な状況下で一人故郷を離れることに葛藤はあったが、東京公演のお稽古に参加するため名取市を発った。バスで山形に移動して避難所で過ごし、山形発の飛行機の臨時便でどうにか関西に帰り着いた彼女の目前には、それまでと少しも変わらない街があった。心配して帰りを待ってくれていた知人たちに感謝すると同時に、同じ国とは思えないほどの、あまりの落差に言葉を失った。数時間前まで、寒さに凍え、蝋燭一本の灯りを頼りにしている人たちと一緒にいたのに……。

 地域の被害状況の差によって、人々の生活や意識が違うのは当然のことだと、彼女は話す。
「だからこそ、あの震災以来、災害が起きた時には何よりもまず現地の方々に思いを寄せるようになりました。本当の悲しみは被災した当人にしかわからないことが、もどかしい」
 みやぎ絆大使を務める仙名さんは、今も故郷への思いを大切に活動している。災害を風化させないという強い意志は、着実に形となっている。

エーデルワイスの哀しみ

 2013年「フォーエバー・ガーシュイン―五線譜に描く夢―」でバウホール(宝塚大劇場の隣にある小劇場)の初ヒロインをつとめ、大劇場公演ではエトワール(パレードの最初に大階段の真ん中でソロで歌う大役)に抜擢されるなど、活躍を続けていた仙名さん。宝塚歌劇が100周年を迎えた2014年、大作ミュージカル「エリザベート」で、個性的な役と巡り合った。精神を病んだ女性、ヴィンディッシュ嬢である。
 オーストリア皇后エリザベートの孤独と自由への憧れを浮き彫りにする重要な役だが、上手くやるだけではヴィンディッシュ嬢の心の奥底は表現しきれない。
 仙名さんはまず、ヴィンディッシュ嬢がどのような精神状態だったのか調べ尽くした。たくさんの専門書を読み込み、医学的な視点を持つと、奇抜なキャラクターの内面が見えてきた。
「彼女の純粋さを表現したくて、幼い風貌に見えるメイクをしました」
 自分を皇后エリザベートだと妄想しているヴィンディッシュ嬢は、破れ目だらけの扇を優雅にかざし、病的に着飾っている。その外見も、徹底して作り込んだ。
 有名な肖像画の中のエリザベートは、エーデルワイスをモチーフにした髪飾りをつけている。そこに注目した仙名さんは、舞台で使う花冠を手作りした。数少ないエーデルワイスの造花を探し回り、遠方から取り寄せた。
「造花をひとつずつ千切って、汚れを付けて……枯れたお花にしたかったんです」
 2000席以上ある広い劇場だ。離れた席から舞台を観る人は、花冠の色や形に気付かないかもしれない。それでも、演者がどれだけ役を掘り下げ、その人物になりきる工夫を凝らしているかは、舞台全体の精度を確実に上げると思う。
 朽ちたエーデルワイスの花冠を被ったヴィンディッシュ嬢は、深い心の闇と幼女のようなあどけなさから滲む哀切を伝えた。今でも多くの人の記憶に残っている演技だ。

ハンドメイドの天才

 宝塚の生徒は、公演に使う鬘、髪飾りやアクセサリーを全て自分で用意している。全員お揃いの髪飾りをつけることもあるが、それも各自が頭の形に合わせて改良する。特に娘役は、ひとつの演目で7、8個の飾りを作ることもある。娘役なら誰でもお裁縫が得意というわけではないから、大変だ。私も、公演が近づくと毎度四苦八苦していたタイプだった。
 花組の舞台を観るたびに目を引いたのは、仙名さんの髪飾りだった。場面や衣装の雰囲気をとらえながらも独創的で、その上彼女にぴったりと似合うデザインの装飾品は、仙名さんをより魅力的に見せていた。
「装飾品作りは、自分が気持ち良く舞台に立つために、私にとって必要不可欠な作業でした。舞台稽古の前の夜は、あまりに眠くて吐きそうになりながら髪飾りを作っていました」
 やり始めると止まらない自分を思い出したのか、そう苦笑いした。
 手作りする飾りの多さに、初日の間際は徹夜をする娘役が大勢いるのだが、彼女の拘りは人一倍だった。飾りを作り過ぎてしまい、減らすこともしばしばあった。
 トップ娘役になってからも、多忙な舞台稽古での出番の合間や休憩中でさえ、ずっとちくちくと縫い物をしていたそうだ。

 髪飾り作りに始まり、タカラジェンヌがやるべきことはまだまだある。舞台はもちろん、お稽古場でのヘアメイクも大切だ。
 特に尊敬する娘役は、彩乃(あやの)かなみさんや野々(のの)すみ()さん。そのやわらかな佇まいとナチュラルな演技が大好きで、舞台姿も普段のスタイルもお手本にしていた。
 そんな憧れの先輩たちの写真を集めて作った4冊以上ものスクラップブックが、娘役・仙名彩世の参考書だったと教えてくれた。

「私はヒロインではない」

 優秀な成績、はきはきとした受け答え、明るい笑顔。舞台では物怖じせず、全力を出し切るパフォーマンスができる。そんな仙名さんは、まさに非の打ちどころのないタカラジェンヌだ。しかし、人が羨むような長所が本人を苦しめていたのだと、今回じっくりと話を聞いて知ることができた。
「下級生の頃に、『守ってあげたくなるような娘役の方が良いんだよ』って、言われたことがあるんです」
 入団してすぐに「なんでもできて、すごい」と褒められることが多かった仙名さん。「隙がなくて器用貧乏なんだよね」と言われ、思い悩んだこともあったという。
 彼女が目指していたのは、質の高い歌やダンスを充分に発揮できる舞台人。確かな技術と表現力を習得するのは、タカラジェンヌとして当然だと考えてきた。
 何でも巧みだったため、個性的な役や悪役などのキーパーソンを任されることが多かった。そういった役柄を演じるのは純粋に楽しく、やりがいもあった。だが――。
「お姫様のような王道のヒロインの役は、全く頂けませんでした」
 美貌と実力に恵まれながらも、新人公演(研7までの生徒だけで、本公演と同じ作品を演じる)に出演していた7年間、ヒロインに選ばれることは一度もなかった。
 当時、エネルギッシュな演技で観客を魅了していた仙名さんは、ヒロインをやらずとも輝いていた。鮮やかなダンスと豊かな表情。たとえ群舞の中にいても、彼女の姿は目に飛び込んできた。
 だが彼女自身は与えられた役に打ち込みながらも、幾度も挫けそうになったという。
「宝塚のヒロインにずっと憧れはありましたが、『それができるのは可憐な雰囲気を醸し出す人なんだ』と考えた時、どうしようと思いました。私が持っていないものだったから」

 その頃、「意外とこれができないんだね」「苦手なの?」と人から言われることがあると、嬉しく感じてしまっていた。そんな自分を「おかしいですよね!?」と振り返る。歌・芝居・ダンスと三拍子揃った娘役なのに「上手くできないけど頑張っている、人が応援したくなるような姿を見せなくては」と、思い詰めていたのだ。だが、どれほど迷っても、彼女の心は踏みとどまった。
「いやいや! 舞台に立つのなら、芸をひたすら磨くべきだという考えを貫こうって。何度も、何度も」
 他の娘役と競い合う環境にいるうちに、いつしか自分自身の良さが分からなくなってもいた。
「それは、卒業するまで変わらなかったな。自信はなかった。ずっと持てなかった」
 切なげに、しかしどこか懐かしそうな眼差しで、仙名さんはにこっと微笑んだ。

彼女が笑顔でいる理由

 日々人知れず葛藤していた時、チャンスが巡ってきた。2015年「風の次郎吉―大江戸夜飛翔(OH! Edo Night Show)―」、大阪と東京で上演される公演でヒロインの一人に選ばれたのだ。
 仙名さんが演じた幸は、手妻(手品)や殺陣、三味線など、やったことのない技ばかりを披露する、見せ場がたくさんある役だった。新しいことへの挑戦が大好きな彼女は、文字通り、「やる気が爆発」した。
「体力的には大変でしたが、初めて達成感を味わえた作品でした」
それまでは、千秋楽を終えても「もっと努力できたのでは」と心残りを覚えるのが常だったが、全力を出し切った心地よさを実感できた公演だったという。作品の素晴らしさもさることながら、驚異のゆきちゃんパワーに圧倒されるエピソードだ。

 よく知られているように、宝塚には厳しい上下関係がある。芸事やお稽古場の態度について、先生や上級生に叱られてばかりの下級生たちは、いつも緊張感を持って過ごしている。一方、上級生になれば余裕綽々、偉そうにしていられると思われがちだが、そんなことはない。
 下級生のお手本として。立派なタカラジェンヌとして。「叱られなくてもできる人」でいることは、上級生になったとしてもそう簡単ではない。
 上級生になった仙名さんも、そんな緊張感からは抜け出せなかったという。
「お稽古場だけでなく、劇団の廊下を通る時でも、下級生は上級生のことをよく見ているんです」
 歩き方や挨拶の仕方、休憩中の座り方まで……今振り返ると、劇団内では気を抜ける瞬間がなかった。それに、公演中やお稽古中は、宝塚ファンの人たちが応援しているスターさんを劇団の前まで見に来ている。劇団の中に加えて、出勤時も退勤時も、タカラジェンヌとして振る舞うことが身に付いてしまうのだ。
 他人の視線に神経を擦り減らす一方で、下級生の優しさに助けられたことも沢山あった。
「下級生の皆は、私のちょっとした変化にも気付いてくれる。疲れていたり、少しでも浮かない表情をすれば、心配してくれる……。だからこそ、心配させてはいけない、いつも元気でいよう!と思っていました」
 劇団で会う仙名さんは、いつでもにこやかに話し掛けてくれた。その笑顔に元気をもらったものだが、彼女の明るさには周囲への気遣いも込められていたのだ。かといって、わざと快活に振る舞っていたわけではなく、仙名さんは常にナチュラルな人だった。誰かと顔を合わせればまず笑顔が飛び出す、そんな彼女生来の愛らしさが常に溢れ出ていた。
 印象的なのは、しっかりと相手を見つめる眼差しだ。明るいのに少しも浮ついたところがない話し方には、その舞台の雰囲気と同じ、まっすぐなものが感じられる。

 そんなふうに、仲間と接する時は明るくいられる。しかし、内心では不安を抱え、自信を失っていたのも事実だった。頑張っても、頑張っても、トップ娘役に近づくことはできない。
「私はもう、劇団に必要とされていないと感じていました。でもまだ夢を諦めたくない気持ちもあって……その頃は心の中がジグザグでした」

「卒業」に心が傾き始めた研8の終わり、驚くような役が巡ってきた。「For the people―リンカーン 自由を求めた男―」。専科の男役スター・轟悠(とどろき・ゆう)さんの相手役として、ヒロインを演じることになったのだ。

仙名彩世(せんな・あやせ)
1988年生まれ。宮城県名取市出身。俳優。元宝塚花組トップ娘役。
宝塚卒業後は舞台を中心に活躍中。現在はミュージカル『ゴヤ -GOYA-』(2021年4月8日~29日まで日生劇場で上演予定だったが緊急事態宣言により25日以降は中止。5月7日~9日御園座は上演予定)に出演中で、7月〜8月には音楽劇『GREAT PRETENDER グレートプリテンダー』に出演予定。

オフィシャルサイト https://sennaayase.com/

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 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
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手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

早花まこ

元宝塚歌劇団娘役。2002年に入団し、2020年の退団まで雪組に所属した。劇団の機関誌「歌劇」のコーナー執筆を8年にわたって務め、鋭くも愛のある観察眼と豊かな文章表現でファンの人気を集めた。BookBangで「ザ・ブックレビュー 宝塚の本箱」を連載中。
note https://note.com/maco_sahana


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