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お坊さんらしく、ない。

2023年1月9日 お坊さんらしく、ない。

二十一、「宗教2世」と「カルト2世」

著者: 南直哉

 昨年に勃発して、年を越してもそのまま大問題であり続けている案件と言えば、国外ならウクライナの戦争だろうし、国内なら元首相の銃殺に端を発して浮上した、某宗教団体にまつわることだろう。

 この宗教団体の件では、他の大事件の時と同様、耳慣れぬ言葉が飛び交ったが、その中に「宗教2世」というものがある。私は、宗教にかかわる当事者として、この言葉には多少の屈託があるのだ。

 いま世上で言われる「宗教2世」は、親の信仰によって、心と生活を支配され、著しい困難や窮乏に陥った子供たちのことである。

 しかし、思うに、世の中には親子が信仰を分かち合い、穏やかに安心して暮らしている例も多々あるはずで、私もそういう「宗教2世」も「3世」も知っている。

 となると、問題は、「宗教2世」を著しい困難に至らしめる、教団の教えと体制にあるはずだろう。敢えて言えば、「宗教2世」と言うより「カルト2世」が問題なのである。

 もう一つ、「宗教2世」で思うのは、日本の伝統仏教の寺院住職の子供と、キリスト教の牧師の子供である。これもバリバリの「2世」であろう。

 ただ、この「2世」が他の類型と違うのは、たとえば「カルト2世」と比較して、「被害者」ではなく、どちらかと言えば「受益者」に該当することである。この件で子供本人に何の責任もないが、「カルト2世」が「献金」を搾取される側だとすれば、「住職2世」は「御布施」で生活する側なのだ。

 もう一つの違いは、昔は知らないが、私の知る限り、最近の住職や牧師が「後継」を子供に強制する例は非常に少ないことである。また、強制されても、必ずしも子供は従わない。最低限、「従わない」自由は確保されている。大体が、その気にならず、無理矢理やらされて、まともに務まる「仕事」ではない。

 とは言え、僧侶になってから、多くの「住職2世」と知り合って、私は彼ら「受益者」系の「2世」にも様々な困難があることがわかった。

 まず幼少期の切なさである。彼らは、一家そろって旅行したことが無い、という者がほとんどだった。いつ葬儀が入るかわからないので、父母のどちらかは必ず寺に居なければならない。そもそも家族旅行をしたことが皆無という者も、決して少なくなかった。これは子供には辛いだろう。

 あと、小さい時に友達から「親の仕事」とか「職業」を訊かれた時、どう答えたらよいのか困った、ということである。サラリーマンと違って、いつも「ウチ」にいる。色々としていることはあるが、意味がわからない。どう説明したらよいのか困惑して、他人から訊かれるのが、とても嫌だったと言う。

 「仕事」について言えば、子供にも多少知恵がついて「寺」「住職」の意味がわかってくると、独特のイジメ方をされるらしい。学校に新しい服で行ったり、新品の文房具など持っていくと、

 「オマエ、これ人が死んだから買えたんだろ」

 「人が死ぬと嬉しいだろ」

 これを「からかい」と言うには、子供には残酷すぎるだろう。

 長じてからは、いよいよ「後継」問題が目前となる。

 私の後輩に、非常に頭脳明晰で、あるスポーツに関してはプロを期待できるレベルの者がいた。私はあえて言ったものである。

 「僕の立場で言うのもアレだが、君、寺なんか継がないで、別の道を行ったほうがイイよ。その方が、君のため、世の中のためだと思うよ」

 私は何度か説得を試みたのだが、彼は頑として、

 「それはできないです」

 を繰り返した。

 どうしても惜しいと思ったので、多少しつこく理由を訊くと、彼は言った。

 「檀家さんを裏切れないです。小さい頃から、ボン、寺を頼むな、オレが死んだらその時は頼むな、と言われてきました。その人たちを裏切れないです」

 私は彼の深い葛藤に無神経であった。

 この「後継」問題は息子だけではない。「2世」後継がほぼ定番化している伝統教団では、住職の子供が女性だけだと、その娘は僧侶と結婚して「ムコ養子」を迎えることを期待される。これも今や強制されるわけではないが、その「期待」は少なからず「負担」となるのではないか。

 息子であれ娘であれ、「後継」を目前に覚悟を決めて、それを受け容れるなら結構だが、私は「2世」の後継に一つ言いたいことがある。彼らは寺院なり、住職を後継することに覚悟を決めることはあっても、「僧侶」になることに関しては、覚悟が甘いのだ。

 一般家庭出身で僧侶になった私が、「2世」を見ると、まず目につくのは、僧侶になることについての自覚の曖昧さである。

 考えてみれば、「2世」にとっては、後継は住職という「家業」を継ぐようなものであろう。だから、彼らの問題は、まず「住職になるのか、どうか」である。ここで覚悟を決めるのは、当たり前の話だ。

 ただ、私が敢えて言いたいのは、住職となるために僧侶になるのでは、本末転倒だろうということである。僧侶になった結果、住職になることもある、と言うのが真っ当な話である。釈尊も道元禅師も住職になりたくて出家したわけではない。

 住職は「職業」だが、僧侶は「生き方」である。ここを間違えてはいけない。「僧侶としてどう生きるか」ということを第一のテーマにできないのでは、この先世間に支持される住職になれるはずがない。

 私が住職になれて一番嬉しかったのは、書類の職業欄に「住職」と書けた時である。それまで、職業欄に「無職」と書いたら、「お坊さんですよね」と言われて、訂正を余儀なくされていた(実に屈辱的)。

 同時に、私のような一般家庭出身の僧侶にも、往々にして大きな勘違いがある。

 いわゆる在家出身の彼らが僧侶になるということになれば、そのこと自体に覚悟がいる。それまでの自分の生活と経歴を一度切り捨てなければならない。これはそう簡単ではない決断である。しかも彼らのほとんどは僧侶になろうと思うのであって、最初から住職になろうと思うわけではない。

 そうなのだが、この覚悟の決め方が方向を間違えることがある。彼らは実際に僧侶になる前に、膨大な仏教書を読むなど「予習」していたりして、頭の中に「自分の仏教」が出来上がっているケースが多い。

 すると、実際に僧侶になって道場で修行し始めると、

 「こんなのは仏教じゃない」

 「ここは道元禅師の教えと違う」

 などと言い出して、下手をすると一週間ももたずに、突然道場から飛び出して行ってしまうのである。たかが一週間で何がわかる!言うなら2年たってから言え!(師匠の教え。前回より

 結局は、僧侶になるのも、何かの教えに入信するのも、まずは本人の覚悟と意志の問題である。それが担保されないようでは、出家も洗礼も「洗脳」同然だ。

 そしてもう一度強調したい。この覚悟と意志には、信仰を捨てる自由と決断が含まれる。信仰を捨てる自由を無条件で保障せず、その決断を妨害する教団は、間違いなく「カルト」である。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

南直哉

みなみ・じきさい 禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』(新潮新書)、『死ぬ練習』(宝島社)などがある。

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