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お坊さんらしく、ない。

 修行を始めて5、6年経った頃から、各地の寺院の大きな法要の役目を仰せ付かったり、時には説教を依頼されたり、ということが我が身に起こるようになった。

 すると、仕事が済んだ後、世に言う「打ち上げ」のようなことがあり、住職や主催者、あるいは先輩などに、

 「いやあ、ご苦労さん! ここはひとつ、ゆっくりしてもらおう!!」

 と連れ出されて、「慰労」のご馳走になったりする。

 この「ご馳走」はまことに結構なのだが、多くの場合、事はこれで終わらず、引き続き「二次会」の流れとなる。で、その行先が、接待する女性のいる店だったりすると、これが時に問題になるのだ。

 私は基本的に下戸だ。愉快な場所に行くのはよいのだが、下戸の自分が接待してくれる女性のいる場所に行くと、客のはずの私が妙に彼女らに気を使ってしまう。つい、

 「夜遅くまで大変ですね」

 などと、言わなくて良いことを口走って、自己嫌悪に陥ったり、会話が乏しくなると気になって、話のタネに過去の失敗談を大げさに披歴したりして、どっぷり疲れてしまう。

 その日も大がかりな法要を無事終えて、やれやれと言う時に、「ご馳走」の話になり、当然のごとく「二次会」になった。私は結構面倒な役目をこなして疲れていたので、早く宿にもどって寝たかったのだが、そういうわけには行かない。言われるままについて行った。

 和やかに「ご馳走」が終わり、さて、となった時、私は気がついた。私以外、全員が平服なのだ。在家の人などは無論だが、お坊さんも気楽な平服に着替えている。私一人が作務衣なのだ。「二次会」の店に向かう道すがら、私はイヤな予感がした。

 「いらっしゃーいっ! ○○さん、おひさしぶりーっ!!」

 予約がしてあったのか、扉を開けた途端、高音が尻上がりに尾を引く声に出迎えられて、我々は奥まった一角のシートに案内された。

 中にいた店員も客も、一斉に私を見ている(ような気がした)。自分は明らかに浮いている。

 剃り上げた頭と作務衣姿ももちろんだが、「浮く」にはもう一つ理由がある。修行僧は身のこなしが世間の人となんとなく違うのだ。目つきと顔つきも、話し方さえ、どこか緊張が抜けきらない。

 数人の女性が客の合間に坐り、オシボリなんぞを手渡し、飲み物の注文を聞く、お定まりの作業が終わって、座が少し落ち着いた時、先輩が、際立つ「浮き」を緩和しようとしたのか、ただのネタにしたかったのか、いきなり私を指差して、

 「この人、偉い坊さんなの。山奥の寺で修行ばっかりしてて、もう何年も世間に出てないの。今日は久しぶりの息抜きだから、優しくしてあげて」

 「えーっ、そうなんだあ!」

 私の横にいた、露出度高目の衣装を身に付けた女の人が、身を乗り出しつつ首を大きく回転させて、真正面から私を見た。先輩!余計なことをっ!!

 反応の良さに煽られたのか、先輩は立て続けに、こいつは、「有名大学出て」「有名企業に就職して」「寺の息子でもないのに」「親を泣かせて」出家したんだと、私の経歴を盛ってバラした。ますます余計なことをっ!!!

 俄然、その女の人、敢えて言わせていただくと、その「女の子」(そう言うのが相応しい年ごろに見えたのだ)は、ただの営業に見えない興味を見せ始めた。

 「ほんとなのー?」

 「なんでー?」

 「独身なのー?」

 「女の子興味ないのー?」

 「お坊さんだって、結婚するでしょー」

 余計なお世話だ!と思っていたら、さらにもう一発、

 「でもさあ、結局、なんでお坊さんになったの?悪いことしたから?」

 この「悪いこと」に、私は大人気なく反応してしまった。つい、詰まらぬ逆襲をしたのである。彼女をいきなり指差して、鋭く強く言った。

 「あ、見える!」

 これがいけなかった。

 「キャーッ!」

 「女の子」の時ならぬ絶叫。と同時に、フロアのあちこちの女性全員が立ち上がった。

 「女の子」は、上から体を叩きつけるようにして、いきなり私の作務衣の襟を両手でつかんだ。

 「ほんとに見えるの!?」

私は想定外の展開に度肝を抜かれ、声も出せずにいると、彼女はそのまま私を引きずって、女子トイレに連れ込んだ。そして、

 「私、子ども、3人おろしてるの。見える?」

 彼女は涙ぐんで、そう言ったまま私を見つめ、返事を聞かずに、外へ出ていった。

 とんでもないことをしてしまったと、大後悔をしながら私も出て行くと、店長と名乗る人物が近づいてきて、

 「お客様、恐れ入りますが、お代は結構ですので、お引き取りいただけませんか」

 店を後にしながら、私を連れて来た住職が、 

 「もうあの店には行けないなあ」

 私は、この時、坊さんのこの種の嘘は絶対にダメだと、心底身に染みた。そして、ゴータマ・ブッダの定めた戒律で、この種の嘘が教団追放の最重罪になることの意味が、ハッキリわかった。その戒律では、「神通力」、つまり超能力や霊感めいたものが、実際には無いのに有ると偽ることが、厳禁されているのである。

 この嘘が他の嘘と次元が違うのは、嘘だと確かめようがないからである。ある人物が「見える(・・・)」と言うのを、他人が嘘だと証明することは不可能である。嘘か本当かは、本人にしかわからない。つまり、バレようがないのだ。この嘘の罪深さはここにある。

 実は私は今まで何度も、「やっちまおうかな」と思ったことがある。実際、私が「見える」と言い出したら、タダではすまない。

 なにせ、舞台は恐山である。修行生活20年も事実である。そこに「インドの山奥で3年、神通力の修行をした」という作り話を混ぜ込んで(宗教が絡むと、10の内に2程度の本当を混ぜれば、後の8は全部嘘でも通用することがある)、大々的に「見える」話を展開したら、おそらく瞬く間に「教祖」になるであろう。ひょっとすると、莫大な蓄財もできるだろうし、政治の「黒幕」になれるかもしれない。

 では、なぜ私は「教祖」にならないか。まず、恥ずかしいからである。嘘とわかっていることを人前で堂々と言って、それで褒められるのでは、バカ丸出しである。

 もう一つ、自分の抱えている問題と関係ないからである。いくら「見え」ても、たとえば「死とは何か」も、「自分とは何か」も、全くわからない。

 ということは、嘘が平気な人間は、「教祖」の素質があることになる。というよりも、ある種の人間には、自分の嘘を本当だと頭から信じられる能力があるのだろう。私にはこれがない。

 私はもちろん、すべての「教祖」が嘘つきだと言っているのではない。中には「本物」もいるのかもしれない。

 しかし、大事なのは「本物」か「偽物」かではない。そうではなくて、信者の側には、「教祖」の言い分が本当かどうか確かめようがないことの危うさを、「教祖」が自覚しているのかどうかである。この自覚が無いなら、そもそも宗教に関わってはならない。

 人は一度何かを信じると、信じる自分を裏切れない。他人から、「それは嘘だ」と指摘されても、心の中で自分も嘘ではないかと疑っていても、「本当だ」と信じ続け、「教祖」を「敵」から守ろうとして、「本当である証拠」を探し回るようになる。

 けだし、「神通力」「超能力」「霊感」を教えの看板にする人間を、丸呑みに信じるべきではない。少なくとも仏教の核心はそこにない。

 仏教は、苦しみを一気に消去する教えではなく、苦しくても生きていけるようにする教えなのである。

 私は先に「教祖」にならない理由を述べた。が、理由はもう一つある。それは、あの「女の子」の、涙ぐんだ顔である。あの顔ゆえに、私は「教祖」にならないのではなく、なれないのだ。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

南直哉

みなみ・じきさい 禅僧。青森県恐山菩提寺院代(住職代理)、福井県霊泉寺住職。1958年長野県生まれ。84年、出家得度。曹洞宗・永平寺で約20年修行生活をおくり、2005年より恐山へ。2018年、『超越と実存』(新潮社)で小林秀雄賞受賞。著書に『日常生活のなかの禅』(講談社選書メチエ)、『老師と少年』(新潮文庫)、『恐山 死者のいる場所』(新潮新書)、『死ぬ練習』(宝島社)などがある。

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