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平成ベストテン

2019年6月15日 平成ベストテン

平成建築ベストテン

著者: 五十嵐太郎

スーパードライホール(フィリップ・スタルク、1989)
JR京都駅ビル(原広司、1997)
ルイ・ヴィトン名古屋栄(青木淳、1999)
那珂川町馬頭広重美術館(隈研吾、2000)
せんだいメディアテーク(伊東豊雄、2001)
横浜港大さん橋国際客船ターミナル(FOA、2002)
金沢21世紀美術館(SANAA、2004)
犬島精錬所美術館(三分一博志、2008)
KAIT工房(石上純也、2008)
太田市美術館・図書館(平田晃久、2017)

 建築の視点から平成の時代を振り返ると、バブル期の派手なデザインから、バブル崩壊後のミニマルなデザインへ、そして阪神・淡路大震災や東日本大震災による激烈な破壊を経験した後のコミュニティへの回帰といった流れが認められる。またコンピュータが本格的に設計の現場に入り、浸透していった時期でもあり、それまでは難しかった複雑なデザインや構造計算が可能になったことで、新しい可能性が開花した。社会的にはグローバリズムの到来が大きなトピックになるが、そうした波を受けて、日本の建築家が海外で仕事をするのが当たり前という状況をもたらした。もっとも、逆に言えば、国内では景気が冷え込み、コンペの参加資格のハードルが上昇し、デザインの保守化などによって(例えば、東京駅の復元、日本橋の上の首都高の撤去、ザハ・ハディドによる新国立競技場コンペ最優秀案の排除)、尖った建築家のプロジェクトが減ってしまったことも、その背景では起きている。実際、伊東豊雄、SANAA、藤本壮介、石上純也などの建築家は、事務所がある東京、もしくは日本よりも、海外の方が重要なプロジェクトが多い。
 さて、ここでは日本国内に存在し、読者が訪問できる平成の建築を10作品、時系列に沿って紹介しよう。したがって、谷口吉生によるニューヨーク近代美術館の新館(2004年)、坂茂のポンピドゥー・センター・メス(2010年)、SANAA(妹島和世+西沢立衛)のルーヴル美術館ランス別館(2012年)など、日本人の建築家による海外プロジェクトは除外する。また大小の直方体を敷地にちりばめた西沢立衛の森山邸(2005年)、被災した民家をオフィスに改造した宮本佳明のゼンカイハウス(1996年)、南面重視の住宅配置に問いを投げかけたアトリエ・ワンのミニ・ハウス(1999年)、吹き放ちのシェア空間を特徴とするオン・デザインのヨコハマ・アパートメント(2009年)など、住宅やそのリノベーションは、プライベートな空間なので、名前を挙げるだけにとどめておく。
 浅草のスーパードライホール(1989年)は、吾妻橋から見える東京スカイツリーよりはるかに小さくても、黒いビルの上にのせた金色のオブジェで強烈な存在感を放つ有名なランドマークだろう。まさにポストモダンかつバブルの時代だからこそ成立した時代の産物である。しかも建築家ではなく、フランス人のデザイナーに依頼するというチャレンジ精神はいまの日本にない。現在、世界各地でアイコン建築が増えているが、それを先駆けていたのはバブル期の日本だった。原広司は、関西に2つの未来的な巨大建築、すなわち梅田スカイビル(1993年)とJR京都駅ビル(1997年)を手がけ、いずれも急増する外国人の観光客にアピールしている。特に後者は、内部に壮観な眺めの大階段を抱え、「ニュータイプ」のためとでもいうべき空間を古都に出現させた。21世紀を迎えると、建築家によるファッション・ブランドの店舗が繁華街を賑わせる現象が発生したが、その嚆矢となったのは、青木淳のルイ・ヴィトン名古屋栄(1999年)である。ダミエの市松模様のパターンをモチーフとする洗練された外観のデザインは、海外の店舗でも数多く採用された。
 ポストモダンからミニマリズムへのモードの転回を自ら実践し、大成功したのが、隈研吾だろう。那珂川町馬頭広重美術館(2000年)は、地産の材料でルーバーを反復するデザイン手法を確立し、その重要なきっかけとなった。隈は新国立競技場を含む、国内の様々なプロジェクトに関与し、平成最大の勝ち組建築家と言えるだろう。伊東豊雄のせんだいメディアテーク(2001年)とFOAの横浜港大さん橋国際客船ターミナル(2002年)は、いずれも1995年にコンペが行われ、コンピュータがなければ実現不可能なデザインが一等案に選ばれたことで話題になった。前者は均等に配置された垂直の柱の代わりに、ガラス箱の中で不規則に並ぶうねるチューブによる画期的な構造を採用し、後者は建物全体が生き物のようなぐにゃぐにゃの造形をもつ。21世紀の頭にオープンした仙台と横浜のプロジェクトは、新しい時代の空間を予感させるのにふさわしい前衛的なデザインである。
 現代アートと建築の交差も注目すべきトピックだろう。SANAAの金沢21世紀美術館(2004年)は、大きなガラスのリングの中に大小のホワイトキューブをちりばめながら、コンビニのように開放的かつ透明感あふれる空間をつくり、普段は美術館に行かない層までとりこむという驚異的な集客力を発揮した。瀬戸内の島々にもいくつかの興味深い施設が登場したが、特に三分一博志の犬島精錬所美術館(2008年)は、光や風などの自然環境を最大限に生かしつつ、廃墟を現代美術の場として再生させたことで注目される。
 最後に1970年代生まれの新世代をとりあげよう。石上純也による神奈川工科大学のKAIT工房(2008年)は、コンピュータのプログラムを組むことによって、305本の柱がすべてランダムに並ぶ、自然の森のような空間を実現した。実際、柱の配列は建築の平面図とは思えない複雑性を備えている。平田晃久の太田市美術館・図書館(2017年)は、2つの施設が螺旋状に展開しつつ、互いに絡まりあう空間の形式を成立させ、新しい人の動きを誘発した。設計の際に住民参加のワークショップを導入したことも現代的である。
 ところで、3月に磯崎新が建築界のノーベル賞というべきプリツカー賞を受賞したというニュースが飛び込んできた。同賞は1979年に創立され、アメリカ人の受賞が8人で最多であるが、これで日本人も7組(人数では8人)となった。特筆すべきは、この10年で日本人が実に4組も受賞し(2010年にSANAA、2013年に伊東、2014年に坂、磯崎)、平成の時代でカウントすると、合計6組になることだ(1993年に槇文彦、95年に安藤忠雄)。こうしたデータから読みとれるのは、平成の時代に日本の建築家が世界的に高い評価を獲得したことだろう。マンガやアニメだけが、クール・ジャパンではない。

(撮影すべて著者、「新潮」2019年5月号掲載)

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*産業革命後に急速な都市化が進むロンドンで、イギリスの詩人ワーズワースが書き遺した言葉。

 

 

「考える人」編集長
松村 正樹