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村井さんちの生活

 先日、どうにもこうにも仕事が手につかないので、エクササイズを兼ねて家の大掃除をした。だいたい、仕事が手につかないときは、外に出てウォーキングなんてポジティブなことはできない。布団を被って寝るか、犬と遊ぶかぐらいのものなのだが、コロナ禍で体力が落ちてしまうのも嫌なので、それじゃあ家でエクササイズという名の大掃除をしようと思いついたというわけだ。

 箒を片手に掃除をはじめ、一階のゴミ箱(廊下に置いてある大きなもので、息子たちがゴミを辺り構わず落とすことを防止する目的で設置)のなかに、文字がびっしりと書かれたA4の紙が捨てられているのに気づいた。小さく折りたたまれてはいたものの、宛名が少しだけ見えており、よくよく確かめると次男の名前が書いてあった。ということは、長男から次男に宛てた手紙だということがすぐにわかった。筆跡からも間違いないことだった。多くの文字が透けて見えている。何ごとだろうと驚くほど、びっしりとなにやら書かれている。ここまで書いたものをなぜ捨てたのか? ただならぬ雰囲気が気になり、ついつい、その手紙を開いて読んでみた。そして泣いた。

 手紙を大急ぎで自分の書類入れにしまって、次男の帰りを今か今かと待った。25回ぐらい深呼吸した。次男はいつも通り、大変元気に家に戻ってきた。私がいる二階に到着し、ニッコニコの状態で冷蔵庫に直行、中からジュースやらケーキを出して、私が座っているダイニングテーブルにやってきて、どかっと座って、ムシャムシャやりはじめた。しかししばらくして、私の妙な雰囲気に気づいたのか、「えっ? なに? 俺、またなんかやらかした?」と言った。

 私は、「やらかしたというか、とりあえずこれを読んでほしい」と長男が次男に宛てて書いたものの、どうしても渡せなかった手紙を見せた。次男はさっと読むと顔色を変え、無言になって、下を向いていた。私はそれ以上何も言わずに仕事を再開させたが、次男が私のデスクの引き出しから紙一枚とペンを持って行ったのがわかった。ダイニングテーブルで次男は長男に手紙を書き、すぐに長男の部屋に持って行き、ベッドの上に置いてきたようだった。私はその次男から長男への手紙を読んではいない。

 しばらくして長男が学校から戻った。長男は几帳面なので、「ただいま」と言うとまずは自分の部屋に直行し、カバンを置き、着替え、そしてようやく二階のリビングに上がってくるのだが、その日はいつもの長男のリズムはなく、静かに自室に籠もっていた。たぶん、次男からの手紙を読んでいたのだと思う。

 夜になって、長男が晴れやかな顔で私のいるリビングにやってきた。買い置きしていたパンと野菜ジュースを持って自室に戻ろうとするので、「今日はどうだった?」と聞くと、笑顔で「楽しかったよ!」と答えた。「最近、ちょっと悩み事があったみたいだけど、だいじょうぶ?」と聞くと、「うん、大丈夫やで! 心配せんでいいよ」と答えて、軽やかに階段を降りていった。ああよかったと安堵した。

 長男と次男がそれからどんなやりとりをしたのかはわからない。今も普段と変わらず、会話をし、ゲームをし、LINEでやりとりをしているようだ。大きな喧嘩など一度もしたことがなく、二人の関係は傍目には良好に見える。それでも、私たち親が知らないところで、感情のもつれというか、すれ違いは起きていたようだ。

 双子といえども、二人はまったく性格も嗜好も違う。長男は大人しく、我慢強く、几帳面で、そしてなにより粘り強い。好き嫌いも一切なく、趣味は筋トレというストイックな一面もある。自転車で琵琶湖一周の旅を軽々こなし、運動神経もいい。一方で、考え込むことが多いのも特徴だ。

 次男は明るく、優しく、動物と相性がいい。大胆な子だ。素直だが気が強く、私としょっちゅう言い合いになっている。でも、反省すればすぐに謝ることができる。やんちゃだけど、心はとんでもなく優しい子。そういう子だ。

 親馬鹿もいいところだとは思うが、二人がこうやって成長し、二人だけの世界をちゃんと築き上げ、互いを尊重できるようになったことに感激している。こうやって人間は成長するのかと感心してしまう。長男が次男に対して手紙を書いたのは実は今回だけではなく、過去に何度か書いては捨てていたのを私は知っている。今回は、次男にも知らせた方がいいと思い、見せた。その判断が正しかったどうかはわからないが、長男の表情が明るかったのがせめてもの救いだ。

 親子の関係ほど難しいものはなく、同時に兄弟姉妹の関係も簡単ではない。ややこしい家族に生まれ育った私が言うのだから間違いない。でも、都度問題を解決していくことで、ちょっとした誤解が大きな断絶に繋がるのを防ぐことはできるのではないかと、ここのところずっと考えている。だから、ほんの少しだけ、二人の間に介入した。それがよかったのか、それとも悪かったのか…。親としての自信がゼロ、むしろマイナスなので、いつも通り、うじうじと考えながら暮らしている。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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