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村井さんちの生活

 突然のことで驚かせてしまうかもしれないが、愛犬ハリーが亡くなった。

 今年2月に癌が発覚した時点ですでに末期で、手の施しようもなく、余命はわずかだろうと獣医師には言われた。ハリーはその状態でも、食べ、歩き、走り、琵琶湖に飛び込み、枝を拾っていた。そこまで体重を落とすこともなく、ピカピカで立派な姿のまま旅立っていった。7歳だった。

 実は、ハリーはこれが初めての闘病ではなかった。二度目だ。前足に悪性腫瘍が見つかったのは、わずか4歳のとき。手術をして、なんとか切り抜けたと思ってはいたものの、4歳という若さでの罹患、そして大型犬であるということを考えると、気をつけなければいけないだろうと考えていた。手術後も、体の表面にいくつも腫瘍ができた。すべて良性だったが、細胞診は何度もやった。そんなこんなで、ハリーはずいぶん動物病院にはお世話になった犬だった。

 人好きで、明るくて、なにより泳ぐのが好き。気のいい犬だった。最後まで淡々と生きた。往診に来てくれていた獣医師を、尻尾を振って出迎えていた。宅配便のお兄さんたちとも仲がよかった。誰にでも懐いて、すぐにお腹を出すような子だった。とにかく大きく、優しく、穏やかな犬だった。シャンプーなんてほとんどしていなかったけれど、常にピカピカだった。雷みたいに大きくて、太い声で吠えた。どこに出しても恥ずかしくない、とても素晴らしい犬だった。

 7年前に我が家にやってきてから、家族全員で大切に育ててきたので、心から残念だ。でも、動物の命だけは、人間がどれだけあがいても、どうにもならないものだとも感じている。あっけないほど短い闘病で、まさに駆け抜けるように遠くへ行ってしまった。それもハリーらしいと思っている。

 私にとっては特別な犬だった。朝から晩まで、飽きもせず一緒にいた。息子たちにとっては、多感な時期を共に過ごした弟のような存在だっただろう。私を超える犬好きの夫は、雨の日も風の日も嵐の日も、ハリーと一緒に散歩に出ていた。誰にとっても大切な存在だった。ハリーとの日々はとても濃厚で、激しく、忘れることはできないだろう。心にでっかい犬型の穴が開いているが、こればかりは仕方がない。

 亡くなる前日、息子の手からカステラを食べた。亡くなる数時間前、私にお手をした。最後の最後まで外でのトイレにこだわり、玄関までよろよろになりながら歩いていき、そこで倒れて亡くなった。最後まで立派だったよ、ハリー。

  私は今、呆然としながらも、いつも通りに仕事をしている。息子たちも、何ごともなかったかのように淡々と暮らしている。夫は、週末の長時間の散歩がなくなってしまったので、暇そうだ。ハリーがいつもいた場所には、愛用していた首輪とリードを置いたままにしている。なかなか片づける気にはなれない。今まで何頭も犬を見送ってきたが、何度経験しても楽にはならない。大きなハリーがいなくなり、家のなかが広くなったような気がする。

これが、ハリーの生涯最後の枝だった

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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