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たいせつな本 ―とっておきの10冊―

2021年12月21日 たいせつな本 ―とっておきの10冊―

(13)作家で英訳者・清涼院流水の10冊

知識ゼロから聖書に親しむための10冊

著者: 清涼院流水

中村光『聖(セイント)☆おにいさん
上馬キリスト教会『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門
阿刀田高『旧約聖書を知っていますか 』
三浦綾子『新約聖書入門
来住(英俊『キリスト教は役に立つか
アルベール・アリ、シャルル・シンガー 『イエスと出会う 福音書を読む
ティム・ダウリー『基本がわかるビジュアル聖書ガイド
マイク・ボーモント『バイブルガイド 目で見てわかる聖書
ヘンリー・ウォンズブラ『ヴィジュアル版 聖書読解事典
犬養道子『新約聖書物語

 1996年、京都大学在学中に『コズミック』で第2回メフィスト賞を受賞しミステリー作家としてデビューした時、私の聖書知識は、ほぼゼロでした。自分が将来、クリスチャン(カトリック信徒)になり、デビュー25周年の節目に初の聖書ガイド本『どろどろの聖書』を刊行することになるとは、夢にも思っていませんでした。今の私がタイムマシンで過去に飛び、当時の自分にこの未来を伝えても、絶対に信じられないはずです。そのように聖書やキリスト教とまったく無縁であったところから出発したのですが、戦国時代のキリシタン大名・大村(おおむら)純忠(すみただ)と宣教師ルイス・フロイスの歴史小説を執筆するために資料として読み込んだ聖書に魅了され、ライフワークとして聖書研究を進める中で、カトリック信仰の道を歩みたいと思うまでになりました。そのような経緯もあり、現時点で知識ゼロの方が聖書に親しむための10冊というテーマを決めると、おのずと最適なものが浮かんできます。

 まず1冊目の『聖(セイント)☆おにいさん』は、アニメ化やドラマ化もされた大人気作品なので、ご存じの方も多いでしょう。イエス・キリストとブッダが現代日本で若者のような暮らしを楽しむ、というユニークな設定のコミックです。キリスト教と仏教の宗教的なネタがたくさん盛り込まれていますが、笑いを交えて雑談のように軽いトーンで語られるため、予備知識がいっさいなくても、もちろん楽しめます。面白いコミックを読んでいるうちに、元ネタになっている聖書とキリスト教のことが気になってくる方も多いはずです。このコミックの優れている点は、キリスト教と仏教を等価で扱うことにより、どちらかの宗教に今まで抵抗があった方でも、さほど無理なく作品世界に入っていける点です。知識ゼロから聖書やキリスト教の面白エピソードに自然に触れられるという点で、非常に優れた作品です。

 2冊目は、『上馬キリスト教会の世界一ゆるい聖書入門』です。聖書やキリスト教の重要なエピソードに、ゆるキャラ風のイラストを添えてユーモアたっぷりに紹介しています。元はTwitterで連載していたのが大きな評判となり、フォロワーが数万人に達して書籍化されたという経緯もうなずける、キャッチーな切り口とわかりやすい語り口で、今まで聖書やキリスト教に堅苦しいイメージを持たれていた読者の方でも、すんなり読み進められて、思わず頬がゆるんでしまう箇所が多くあることでしょう。聖書やキリスト教に少しでも関心のある方にとっては、その世界への入口として理想的な1冊であることは間違いありません。

 3冊目は、ユーモア短編小説の名手である巨匠・阿刀田高先生の『旧約聖書を知っていますか 』。阿刀田先生はノン・クリスチャンとしての立場で聖書を読み、首を傾げるところには容赦なく鋭いツッコミを入れつつ、さまざまな矛盾を含みながらも人類を魅了し続けてきた聖書への理解とリスペクトの念も示されています。面白く、かつ味わい深い短編小説を読むようなノリで、旧約聖書の有名なエピソードを楽しく知ることができます。姉妹編の『新約聖書を知っていますか』と合わせて読めば、旧約聖書と新約聖書の重要なエピソードの多くを把握できるでしょう。聖書を面白く学ぶには、最適の2部作です。

 4冊目は、クリスチャン作家として著名な故・三浦綾子先生の『新約聖書入門』です。難しいご病気との苦闘の末にクリスチャンとなられ、大ベストセラー『氷点』で国民的人気作家としての才能を開花された三浦先生は、人生のどん底で味わう苦しみや悲しみを実体験で知り抜いていればこその透徹したまなざしと慈愛に満ちた語り口で、エッセイ風の読み物として、聖書の世界をやさしくガイドしてくださいます。姉妹編の『旧約聖書入門』とセットで読めば、人生について深く考えさせられる上質のエッセイに触れながら、旧約聖書と新約聖書のエッセンスに触れられるでしょう。三浦先生のキリスト教エッセイ「道ありき」3部作と合わせて読めば、さらに理解が深まり、キリスト教というレンズを通して人生の意味について考える良いきっかけとなるはずです。

 ここまでご紹介した4冊を読まれた方は、聖書への関心を少しずつ強められているかもしれません。その際には、聖書をベースに世界最大の宗教となったキリスト教への興味も強まっていることと思います。そんなあなたには、カトリック司祭として多くの著作がある来住(きし)英俊神父の代表作『キリスト教は役に立つか』が、格好の伴侶となってくれるでしょう。この本は、聖書も含めてキリスト教に関する幅広い話題について、現代人が興味の湧きやすい様々な角度からアプローチしてくださっているので、非常に読みやすく、また、目からウロコの内容が満載です。数あるキリスト教関連書籍の中で私が特に繰り返し愛読している1冊ですので、この本の著者である来住神父が、私の著作『どろどろの聖書』に推薦文を寄せてくださったのは、本当に光栄なことでした。

 6冊目の『イエスと出会う 福音書を読む』は、新約聖書の中でイエス・キリストの生涯を伝えている「福音書」を、絵本のように綺麗なイラストと読みやすい文字組みで紹介している大型本です。ハート・ウォーミングなやさしい雰囲気のイラストが満載ですので、ページをめくっているだけでも癒されますが、用語集や時代背景などの解説も充実していて、楽しく読みながら、たいへん勉強になります。実は、この本は、私が洗礼を受けてクリスチャンとなったカトリック高輪教会の入門講座で、赤岩聰神父の指導のもとで使用されていたテキストでもあります。教会では無料で借りられたのですが、内容が素晴らしいので書店で購入し、自宅でも何度も熟読しました。

 7冊目は、『基本がわかるビジュアル聖書ガイド』。旧約聖書と新約聖書に含まれるすべての書物のいちばん重要な部分が、聖書世界に関連する写真と当時の様子を再現したリアルなイラスト、そして、わかりやすい地図を添えて紹介されています。聖書のストーリーをただ解説して終わりではなく、重要な部分についてはテーマを決めて読者が考えるように促すコーナーもあり、受動的に知識を吸収するだけでなく、能動的に学べる工夫も施されています。そのため、勉強会などで使用するのも有効だと思われる1冊です。

 8冊目の『バイブルガイド 目で見てわかる聖書』は、そのサブタイトルの通り、写真とイラストと地図、それに詳細な解説によって、日本人にとって元々は縁遠い聖書の世界が、ありありとイメージできます。また、各見開きの右端には関連する聖書の書物が、左端にはその年代が常に明示されており、聖書全体の中でどの部分が解説されているかが、一目瞭然です。姉妹編の『バイブルワールド 地図でめぐる聖書』も、甲乙つけがたいほどわかりやすく、どちらもオススメです。

 9冊目の『ヴィジュアル版 聖書読解事典』は、旧約聖書と新約聖書に収録されているすべての書物について、すべての章の要約をひたすら列挙している本です。重要な箇所には解説がついているほか、イメージが豊かに膨らむ絵画も多く掲載されています。聖書の膨大な情報の中で迷子になってしまいそうな時に、自分の現在地を知る上で大きな助けとなります。また、読み返したい箇所をピンポイントで探す際にも、各章の要約の中から該当箇所を探せるので、参照しやすいです。要約を読んで復習することで、記憶の薄れている箇所を見つけるのにも役立ちます。

 最後の10冊目は、犬養毅元首相のお孫さんで難民支援活動にも長年従事されたカトリック作家の故・犬養道子先生が、半生を費やして完成された最高傑作、『新約聖書物語』です。姉妹編の『旧約聖書物語』との2部作で、聖書の複雑で難解な世界を文学の香気に満ちた重厚な物語として再構築することに成功していて、その佇まいは天高く聳える大聖堂のように荘厳で堅牢です。本家の聖書は旧約が新約の5倍くらいの分量があるのに対し、犬養先生のこの物語版聖書は新約のほうが旧約よりだいぶ長くなっているのは、聖書の記述だけではわからない細かい情報が、現地取材に裏づけられた無数の雑学知識によって補われているためです。日本人の小説家が今後、聖書の物語化に挑んでこの作品を超えるのは、おそらく不可能だと思います。少なくとも私には一生かかっても無理ですが、このような歴史に遺る不滅の金字塔を築かれた犬養先生が、私が所属するカトリック高輪教会の信徒で、私が教会に通い始める少し前に帰天されていたことを知った時には、お導きめいた不思議な巡り合わせも感じられました。その遥かなる高みに今後どこまで近づけるかはわかりませんが、犬養先生の聖書物語2部作は、私がいま歩んでいる位置を知るために、いつも仰ぎ見る最高峰であり続けるでしょう。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

清涼院流水

1974年、兵庫県生まれ。作家。英訳者。「The BBB(作家の英語圏進出プロジェクト)」編集長。京都大学在学中、『コズミック』(講談社)で第2回メフィスト賞を受賞。以降、『ジョーカー』、『カーニバル』、『彩紋家事件』などのJDC(日本探偵倶楽部)シリーズなど、型破りのミステリー作品を多数発表。また、TOEICテストで満点を5回獲得、英語の勉強会を主催し、『社会人英語部の衝撃―TOEICテスト300点集団から900点集団へと変貌を遂げた大人たちの戦いの記録』など英語学習本も多い。2018年に『純忠―日本で最初にキリシタン大名になった男』と『ルイス・フロイス戦国記 ジャパゥン』を同時刊行。2020年7月20日に受洗し、カトリック信徒となる。


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