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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2020年2月21日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび番外編

タイの町にて葉で包む その1

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

 タイにはこれまで六回訪れているのだが、そのいずれもが南部の島々でのダイビング三昧で、食に対してはほとんど興味をもっていなかった。またそうした島には欧米からの外国人客が訪れるため、食堂が作るのはハンバーガーやパスタといった料理ばかりで、現地食はカオパ(焼きめし)やパッタイ(焼きそば)などに限られている。日本食でいえばラーメンと焼きそばしかないような状況である。お菓子も袋入りスナック類ばかり。それでも別に、若い時分は問題なく過ごしていたのであった。
 しかし今回は約八年ぶりのタイである。行き先は東北地方イサーンで、電車とバスで内陸部の山あいをめざすと、あるわあるわ、地元菓子がそこらじゅうで売られている。町の日常風景を構成する屋台はもちろん、市場、商店、巨大ショッピングセンターの地下食品売場からお寺の境内の露店まで、まさに百花繚乱の勢いである。お菓子イーターを自任していながら、これまでの不明を恥じ、端から購入し研究しようとするが、胃袋はひとつしかなく、じきに行き詰まってしまう。買う買わない食べる食べないの境界をどこに引くのか。私が特に心惹かれたのは葉で包まれたお菓子であった。

包むのに使うのはバナナの葉がほとんどで、他に竹の皮やパンダンリーフなどが使われる。バナナの葉はお皿としても多用される

 食物を葉で包むのは、どの国においても太古から受け継がれてきた文化であり、植物の葉とは食器であり、調理道具であり、防腐剤であり、携帯用弁当箱でもあった。しかしタイではその数がいまだあまりにも多い。プラスチック製の包装容器が(問題になりつつも)世に溢れている現代にあって、葉で包む食文化がこれほどまでに残されているとは。それは単に文明が遅れているのではなく、これまでずっとそうしてきたから、そうしないとこの味が出ないからという積極的な理由なのだ。つまり、タイのおやつ(の一部)は植物の葉あってこその味なのだ。
 しかしながら異邦人としての弱みは、葉に包まれた中身がなんであるか、食べるまでわからない点である。怪しげな葉包みの前で、はたしてこれはいかにと逡巡していると、お店の人は気の毒になるのか、惜しげもなく自ら商品の包み(葉)を開けて見せ、さあ食べなさいと勧めてくれる。いやそんな、売りものをすみません、とかなんとか言いつつのぞきこむと、たいていは思ってもいなかった食物が中から現われる。

葉で包まれたものは皆どことなく謎めいている。きれいに整えられた職人芸のなかに漂う人間味も味わいのひとつ
上の写真の葉包みハーモォの中身はネギとパクチーと唐辛子入りの生肉であった

 中身は甘いとは限らず、おつまみのようなしょっぱい味も多い。最初に出会ったのはどってりと持ち重りしそうなバナナの葉包みで、楊枝で一ヵ所留めてある。通じない言葉よりも開けた方が早いとばかりに見せてくれた中身はどうみても餃子のあんのごとき半生肉のパテだ(!)。ハーモォと呼ぶらしい。これ、このまま食べるの? ええ、そうよ。次に口にしたのはカノムティアンという、バナナの葉で三角形に包まれた小さな葉包み。開くと葛桜のような透明餅に青豆とネギの中華風のあんが入っている。その隣はバナナの葉でくるりと巻いたカノムグルアイで、バナナとココナッツミルクと米粉とキャッサバ粉を混ぜて蒸して作った、いわばバナナ餅である。葉包みの材料はおおむねバナナ、豆、イモ、カボチャ、米、餅米、タピオカなどで、豆、イモ、小麦粉、米、餅米などを使う日本の地元菓子と大差ない。地元菓子とは本来、その土地で収穫した作物で作られるということを、タイの田舎町で再確認する。

カノムティアンはその形からろうそく菓子ともいわれ、中華系タイ人の行事食でもあったようだ
回りのむにゅむにゅは餅粉からできている。5、6個入りで20バーツ(約70円)ほど。コショウの風味が効いている
カノムグルアイはバナナよりももっちり感の増したバナナ餅。昔はバナナの木のある家庭ではふつうに作ったという

(その2に続く)

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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