タイにはこれまで六回訪れているのだが、そのいずれもが南部の島々でのダイビング三昧で、食に対してはほとんど興味をもっていなかった。またそうした島には欧米からの外国人客が訪れるため、食堂が作るのはハンバーガーやパスタといった料理ばかりで、現地食はカオパ(焼きめし)やパッタイ(焼きそば)などに限られている。日本食でいえばラーメンと焼きそばしかないような状況である。お菓子も袋入りスナック類ばかり。それでも別に、若い時分は問題なく過ごしていたのであった。
しかし今回は約八年ぶりのタイである。行き先は東北地方イサーンで、電車とバスで内陸部の山あいをめざすと、あるわあるわ、地元菓子がそこらじゅうで売られている。町の日常風景を構成する屋台はもちろん、市場、商店、巨大ショッピングセンターの地下食品売場からお寺の境内の露店まで、まさに百花繚乱の勢いである。お菓子イーターを自任していながら、これまでの不明を恥じ、端から購入し研究しようとするが、胃袋はひとつしかなく、じきに行き詰まってしまう。買う買わない食べる食べないの境界をどこに引くのか。私が特に心惹かれたのは葉で包まれたお菓子であった。

食物を葉で包むのは、どの国においても太古から受け継がれてきた文化であり、植物の葉とは食器であり、調理道具であり、防腐剤であり、携帯用弁当箱でもあった。しかしタイではその数がいまだあまりにも多い。プラスチック製の包装容器が(問題になりつつも)世に溢れている現代にあって、葉で包む食文化がこれほどまでに残されているとは。それは単に文明が遅れているのではなく、これまでずっとそうしてきたから、そうしないとこの味が出ないからという積極的な理由なのだ。つまり、タイのおやつ(の一部)は植物の葉あってこその味なのだ。
しかしながら異邦人としての弱みは、葉に包まれた中身がなんであるか、食べるまでわからない点である。怪しげな葉包みの前で、はたしてこれはいかにと逡巡していると、お店の人は気の毒になるのか、惜しげもなく自ら商品の包み(葉)を開けて見せ、さあ食べなさいと勧めてくれる。いやそんな、売りものをすみません、とかなんとか言いつつのぞきこむと、たいていは思ってもいなかった食物が中から現われる。


中身は甘いとは限らず、おつまみのようなしょっぱい味も多い。最初に出会ったのはどってりと持ち重りしそうなバナナの葉包みで、楊枝で一ヵ所留めてある。通じない言葉よりも開けた方が早いとばかりに見せてくれた中身はどうみても餃子のあんのごとき半生肉のパテだ(!)。ハーモォと呼ぶらしい。これ、このまま食べるの? ええ、そうよ。次に口にしたのはカノムティアンという、バナナの葉で三角形に包まれた小さな葉包み。開くと葛桜のような透明餅に青豆とネギの中華風のあんが入っている。その隣はバナナの葉でくるりと巻いたカノムグルアイで、バナナとココナッツミルクと米粉とキャッサバ粉を混ぜて蒸して作った、いわばバナナ餅である。葉包みの材料はおおむねバナナ、豆、イモ、カボチャ、米、餅米、タピオカなどで、豆、イモ、小麦粉、米、餅米などを使う日本の地元菓子と大差ない。地元菓子とは本来、その土地で収穫した作物で作られるということを、タイの田舎町で再確認する。



(その2に続く)
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若菜晃子
1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。
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とは
はじめまして。2026年7月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、松本太郎と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただき、ありがとうございます。
2002年7月4日、季刊誌「考える人」が創刊されました。
目次には当代随一の執筆陣がずらりと並び、B5判240ページの誌面の隅々から知の香りが立ちのぼってくるかのようでした。
当時、入社3か月の営業部員だった私は、見上げるような思いで手に取り、発売日には編集長の松家仁之さんと創刊のご挨拶のために書店にうかがいました。
まだ書店訪問にも慣れておらず、編集長ともほぼ初対面の中、次のお店の約束の時間に間に合うだろうかと時計ばかりが気になって、終始、そわそわしていました。そんな私に松家さんがやわらかな笑顔で接してくれたこと、そして、新雑誌の門出を祝うようなすっきりと晴れた一日だったことを覚えています。
あれから四半世紀が過ぎ、ウェブマガジンとして衣替えした今でも、創刊時に掲げられた「Plain living, high thinking(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という言葉は古びていません。AIに尋ねれば瞬時に答えが返ってくる時代だからこそ、それらしい言葉に飛びつくのではなく、自分の頭で考え、心の声に耳を澄ませることの大切さは増しているように感じます。
創刊号には、養老孟司さんのロングインタビューが掲載されています。養老さんはその中で、恩師である中井準之助先生の口癖だった「人の心がわかる心を教養という」という言葉を紹介しています。
読んだ瞬間に立ち止まり、さまざまな思いが湧き上がってくるような文章に、楽しみながら出会える場であり続けたいと思っています。
「考える人」編集長
松本太郎
著者プロフィール
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- 若菜晃子
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1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。
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