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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2020年3月5日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

おかしなたび番外編

タイの町にて葉で包む その2

たびのきほんはあるくこと。あるいてみつけるおかしなたび。

著者: 若菜晃子

 タイの地元菓子には甘いココナッツ味が断然多いが、特筆すべきはその食感である。彼らの好む食感は圧倒的にむにゅむにゅ系である。ゼリーよりも弾力があり、寒天よりもやわらかい。葉包み菓子だけでなく、その他のお菓子もむにゅむにゅ、もちもち系が多い。あん入りあんのせ、またはシロップに投入など、最終形はさまざまだが、あくまでも主体はむにゅむにゅだ。その正体はおおむねキャッサバの根から精製したタピオカ粉だが、餅米のもちもち感も大好きだ。パンダンリーフでうつわを作ったタゴーサークー(田子作?)はコーン入りのタピオカの台の上に甘いココナッツミルクをゆるく固めてのせたお菓子で、上下で違う食感を楽しめる。もちもち好きは日本人とて同じで、餅やだんごやういろうを愛する感覚と変わりはなく、深いところでつながりがあるようにも思われる。

見た目も愛らしいタゴーサークー。サークーはタピオカの意。上のココナッツクリームにはパンダンリーフの香りづけをするのが正統

 葉で包むのとは異なるが、竹筒を容器にしたおやつにも出会う。タイでは餅米をココナッツミルクと砂糖で甘く炊いたおこわがお菓子によく使われており、これを竹筒に詰め込んで蒸したのがカオ・ラオだ。竹は剥きやすいように茎の外側の堅い表皮をあらかじめ取ってあり、店頭でおばさんがぐいぐいと剥いて食べさせてくれる。竹の薄皮の繊維が餅米に張りついておりますが、大丈夫でしょうかと思うが、口に入れてしまえば不思議と気にならない。甘い餅米に豆が入り、もちもちしておいしい。格好の携帯食である。これはまるで鹿児島のあくまきにも近いのではないか。あくまきは灰汁(あく)に一晩漬けた餅米を竹の皮に詰めて再び灰汁で煮た郷土食で、ぷるぷるとした食感があり、灰汁の臭みにさえ慣れてしまえばなかなか乙な味、きなこをかけて食べる。昔は戦時の兵糧でもあったという。

カオ・ラオは白い餅米のみと、豆を入れて色づけした赤飯の二種類があった。竹の皮を剥きながら出てきた餅米を手でちぎって食べる
餅米はハオ・ニャオと発音。スティッキーライスと英語でも通じるが、ハオ・ニャオねと言うとタイの人は皆笑顔に

 葉包みの調理法は蒸籠(せいろ)などで蒸すことが多い。葉のもつ水分と成分がほどよく食物に浸透するからだろう。むにゅむにゅ系ではないが、カノムターンという鮮やかなオレンジ色をした蒸し菓子も印象的である。経木のような、竹の皮を割いて作ったものでくるくると上手に巻いてある。明るいオレンジ色はカボチャかと思いきや砂糖椰子の繊維の色で、食感はぽそぽそして食べ慣れない植物の味がするが、作るのに手間がかかる上、砂糖椰子が穫れる時期の季節菓子でもあるため、それほど多くは見かけない。タイのお菓子はこうしてオレンジ、赤、青、緑と、原色に近い鮮やかな色をしているが、それらはもともと花や実など植物のもつ色を生かしているのだ。

このカノムターンは三角巻きだが、四角く編んだ葉のうつわに入っているものもある。砂糖椰子の穫れる2月から4月頃の春のお菓子のようだ

 どのお菓子も食べる際は葉を開いて食べるが、ラオス国境の町では葉ごと生で食べるおやつに遭遇した。屋台では、女の人が日本では見かけない、厚い木の葉のような葉を二枚重ねて、手際よくタマネギやピーナッツや肉たれなどを入れ、ささっと折り畳んで小さな山型に包んでしまう。串に四個刺したそれを火で炙るのかなと思ったら、そのまま食べろと言う。またしてもここで運だめし?  屋台で生ものという衛生面はもとより、厚い葉の葉脈も硬そうだし、私は桜餅の葉脈でさえ苦手なのだ。ええいままよと口に入れると、葉はやわらかくフレッシュな風味が広がり、中の具をまとめて、意外や爽快な食べ物である。アローイアローイ(おいしいおいしい)と女の人と笑い合う。古くから人々に愛され、時を経て今の世に残ってきた地元菓子は、どこの国でもおいしいのがあたりまえなのであった。

タイ語で中身を説明してくれたがちんぷんかんぷん。手前の豆は別の店で皮を剥いて食べるスナックとして売っていた
ひと串4個で約20バーツ(約70円)。せっせと働くお母さんの屋台の後ろでは子どもが毛布の上に寝転がって遊んでいました

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社、講談社文庫)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。3月に『岩波少年文庫のあゆみ』(岩波書店)を上梓。

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