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おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

2020年3月19日 おかしなまち、おかしなたび 続・地元菓子

島根県松江

素焼きの型で作る、華やかな花もち

著者: 若菜晃子

 ひな祭りもまた、端午の節句と並ぶ桃の節句として、季節になるとさまざまな祝い菓子が作られる。はぜたお米に色づけした砂糖をかけたひなあられがもっとも一般的だが、地方によっては、その土地でしかお目にかかれないお菓子が登場する。

 島根県の松江は茶の湯を好んだ松平不昧公のお膝元として、今も老舗和菓子店が軒を連ねる城下町だが、ここでのひな菓子には花もちがある。餅粉と上新粉(米粉)を混ぜただんご粉(地元ではちまき粉とも)で生地を作り、中にこしあんを入れ、別に色づけした生地をつけ、椿の葉を敷いて蒸したお餅で、以前は時期になるとどこの家庭でも作っていたが、祖父母を含む大家族での生活様式が減ったことで、現在は菓子店が作るようになった。松江のひな祭りは月遅れの四月三日で、花もちは二月下旬から店頭にお目見えする。

風流堂の花もちは亀、巾着、桃の三種類。椿の葉は蒸した後に敷くと色鮮やかに

 特徴は愛らしいその形と色で、ふくふくとふくらんだお餅の上部が赤、黄、緑の三色で色づけされており、よく見ると梅や桃や菊、鶴や亀、巾着や扇など、いずれも縁起のいい形をしている。これらは手で形づくるのではなく、素焼きでできた専用の型があるという。

 今でも型を製造販売している市内のきむら陶器店で聞くと、昔はどこの家庭にもあった型だが、家庭で花もちが作られなくなったことで、昭和の終わりにかけて徐々に失われてきてしまったそうだ。それでも孫に作ってやりたいというおばあさんや、昔を懐かしんで型を求めて店を訪れる人がいて、松江の伝統が途絶えないようにと型を販売し続けたご主人の遺志を継いで、今も扱っているという。「昔は玉造の窯元でお願いしていて、おじいさんが夜、こたつに入って、ひとつひとつ手作りしてたもんだけど、今では作る人もいなくなったので」、三重の製造業者に依頼して作っているそうだ。昔の型は小ぶりだったが、子どもたちにも扱いやすいように、ひと回り大きく作っている。

きむら陶器店の店先に並ぶ型。昔はひな祭りの前に一家総出でにぎやかに作ったという

 型の柄には特に決まりはなく、縁起のよいものが選ばれる。昔からあったのは亀、桃、菊などで、今は鯛や筍、富士山なども作っている。昔の型には蝶々や兎、葡萄などもあった。

 「以前は花もちではなく、いが餅、えが餅と呼んでいました。一晩つけて黄色く色づけしたお米をお餅の中央につけた姿が栗のいがに似ていたことからと思います」。いが餅に関しては、これまでに実際に見たところでは山形、石川、富山、長崎、愛知、三重などに存在しており、いが餅ともけいらんとも呼ぶ。ひな菓子として作られることが多く、こうして山陰の島根にも分布しているところをみると、江戸から明治期にかけて日本海側の港町の交易を担った北前船の経路とも関係があるのではないだろうか。松江のいが餅も当初はお米自体に色をつけてお餅にのせていたが、次第に簡略化され、食紅で色をつけるようになったのではないかと推察される。同じように色づけされたひな餅は佐渡にも存在する。

愛知のいが餅は丸いしんこ餅に赤、黄、緑に色づけしたお米がのっていた

 もうひとつ訪ねた、松江の窯元(そで)()(がま)でも花もちの型を作っていた。こちらは昔のままの小さい素焼きの型で、鶴、亀、桃、扇、桐、提灯、おかめなど、いずれもおめでたい柄が揃っている。家にあった古い型を持ってきてくれる人もいて、それを見本に復刻しているものもあるという。同じ梅や亀でも微妙に違う模様なのがおもしろく、木でできた打ち菓子の型を思い起こさせる。お餅は水分が多いため、木型ではなく素焼きの型を作って応用したのではないだろうか。

袖師窯の型は昔ながらの小ぶりなもの。花もちの風習は松江だけで、出雲にはないそうだ

 地元の南目製粉では「白玉だんごの粉」「まきの粉」「青豆粉」などを作っているが、この時期になると三色の食紅入りの「花もちの粉」を作っており、老舗和菓子店ではイベントで花もちの作り方を教えている。少し前の昔とは人々の暮らし方も季節の風習も大きく変わってきてしまったが、地域に根ざした伝統のあるものを残したいという気持ちは、松江の人々のなかで変わっていない。

彩雲堂の花もちはいずれも花の形。菓子店の花もちは洗練されたみめかたち

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「考える人」編集長
松村 正樹

著者プロフィール

若菜晃子

1968年神戸市生まれ。編集者。学習院大学文学部国文学科卒業後、山と溪谷社入社。『wandel』編集長、『山と溪谷』副編集長を経て独立。山や自然、旅に関する雑誌、書籍を編集、執筆。著書に『東京近郊ミニハイク』(小学館)、『東京周辺ヒルトップ散歩』(河出書房新社)、『徒歩旅行』(暮しの手帖社)、『地元菓子』『石井桃子のことば』(新潮社)、『東京甘味食堂』(本の雑誌社)、『街と山のあいだ』『旅の断片』(アノニマ・スタジオ)他。『mürren』編集・発行人。今春『東京甘味食堂』を講談社より文庫化。

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  • 津野海太郎「最後の読書」読売文学賞受賞


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