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おかぽん先生青春記

 そして翌日、俺たちはカンガルー島に飛ぶため、アデレードの空港に向かった。アデレードはその日、大嵐だった。指定されたゲートに着くと、そこには世にも小さなプロペラ機があった。8人ほどしか乗らないらしい。こんな天気であんな飛行機で、俺たちは大丈夫だろうかと、なかなか心配になってきた。
 出発予定時間が近づくと、白髪で白い髭を生やし、黒い服を着た人物がやってきた。俺とガラ子は「あの人、死神博士(仮面ライダーに出てくる)みたいだね。あの人もカンガルー島に行くのかね」と囁き合った。その人物は飛行機に乗り、なんと操縦席に座った。俺たちは死神の操縦で嵐の中カンガルー島に行くのか。生存確率はどのくらいだろうか。まあ、悪い人生ではなかったな。と思いながら出発を待つと、奇跡的なことに嵐は突然止んだ。死神博士は嵐の切れ目に飛行機を離陸させた。
  さて、この文章を書くために調べてみると、死神博士は髪の毛は黒く髭はなかった。白髪なのは地獄大使のほうだった。しかも地獄大使は髭を生やしていない。全く記憶は当てにならない。だが俺たちがその操縦士を「死神博士」とよんだのは事実なので、これ以降も死神博士とする。
 飛行機はものすごく揺れた。俺の中では宙返りくらいしたのではないかと思えた。後でガラ子に聞くと、揺れはしたが宙返りはしていないとのことだった。ものすごく揺れたが、死神博士は実は操縦は上手で、飛行機は墜落しなかった。そういえば、ジュゴンと泳いだときも半分死を覚悟した俺だが、今回も半分死を覚悟した。しかし窓の外に虹が見えた。そしてその虹は丸かった。虹が丸く見えることもあるということを当時は知らず、しかし(かけはし)状に見える必然性も分からなかった(今も分からない)ので、丸い虹があっても良いかとその時は漠然と思えた。飛行機は揺れたが、丸い虹は綺麗だった。
 俺たちは無事にカンガルー島に到着した。その後嵐は再び強まり、死神博士はアデレードに戻るのに苦労したであろう。俺たちは死神博士に神業の操縦を感謝し、ともかくは宿に向かった。時代は1990年代前半である。平成ではあったが、オーストラリアのカンガルー島まで来る日本人は少なかろう。俺たちも島の情報を得るのには「地球の歩き方」のみが頼りであった。
 宿に着くと、まず聞こえてきたのは日本語である。日本から来たと思われる若い女性が数人、すでに宿のロビーではしゃいでいた。もちろん彼女たちも「地球の歩き方」を頼りにこの宿に来たのだろうから、責めるわけにはいかない。俺たちはカンガルー島でたった二人の日本人になりたかったのだが、その夢はもう崩れた。しかしガラ子は社交性が非常に高いので、さっそく彼女たちのところに情報収集に行った。まずは海岸にゾウアザラシを見に行くのが良いとのことで、俺たちは、今日は休んで明日ゾウアザラシを見に行くことにした。そして今調べてみると、カンガルー島にいたのは、ゾウアザラシではなく、オーストラリア・アシカであった。今は何でもすぐに調べられてしまうな。できれば俺はゾウアザラシを見に行ったのだと誤解していたかったな。事実はさておき、俺たちが見に行った動物はゾウアザラシと呼ぶぞ。
 俺たちは宿で夕飯を食い、明日以降の計画について語り合った。ゾウアザラシは必ず見に行くので決まりだが、あとは適当なツアーに申し込んで見所をいろいろ回ることにした。コアラやワラビーやカンガルーは当然見れる。なんと言ってもゾウアザラシに期待しよう。小1時間ほど明日の計画を語り合うと、ガラ子は宿にいる日本人グループのところに話に行くと言う。なぜかと聞くと、そのグループの中で友人との関係に悩んでいる子がいるのだと言う。おい待てよ。8ヶ月ぶりに会った俺をさておき、見ず知らずの人間の悩み相談に乗るのか。そう言いたい気持ちは抑えて、俺は了解した。まあ、良い。30分くらいで帰っておいでよ。俺はそう言うと、理解のある恋人としてガラ子を送り出した。
 そしてガラ子は3時間ほど帰ってこなかった。さすがに俺も問い詰めた。なぜせっかく二人でいるのに初対面の人間の悩み相談に3時間を費やすのか。俺は君のそういうところが理解できない。ガラ子は謝罪するだろうと思っていた。だが彼女は「私のそういうところが理解できないのなら、私とやっていけないと思う」と言うのだ。俺はしょうがないので、まあ今日は寝て、明日ゾウアザラシを見に行こうと提案した。ガラ子は再び頭痛を訴え、頭痛薬を飲んで寝た。俺は初対面の人物の悩みを3時間聞けるガラ子の良いところを考えながら眠りにつこうとした。だが、丸い虹とまだ見ぬゾウアザラシが俺のまぶたの裏には映っていた。
 翌日は快晴。俺たちはゾウアザラシ(実はオーストラリア・アシカ)を見に海岸に行った。すごい。ゾウアザラシはすごい。ガイドさんによると、とりわけ巨大な一頭がボスオスで、ハーレムを作っている。だから、オスの回りは基本メスである。そしてそのさらに回りに、あぶれオスがいる。俺はすっかり興奮し、ガイドさんの制止も聞かず、ボスオスのところに向かって行った。ボスオスは頭を振り上げて俺を威嚇した。再び命の危機を感じたが、俺は素早く逃げて事故に至らずに済んだが、ガイドさんにたいへん叱られた。なんだ俺は。ガラ子の前でゾウアザラシに挑戦して男を上げようとしているのか。あきれた人間である。
 俺たちはこのように仲良く島を回り、カンガルー島を満喫したのだが、夜になるとガラ子の頭痛が発生する。その頭痛の意味を、俺は考えようとしなかった。そしてその頭痛は、俺と二人っきりでいるときに襲ってくることに、俺は気づいていたはずなのに。
 カンガルー島を満喫すると、ガラ子はバヌアツに戻った。俺はあと何日かオーストラリアを一人旅することにしていた。そして俺のまなざしは今日子さんのまなざしになった。ガラ子との最後の夜、ガラ子は俺に言った。「今着ているサマーセーター、ジョンにもらった。オーストラリアは寒いところもあるから、これ着て行けって。そして私は、一夫さんといるときにもジョンのぬくもりを感じてしまっていた」。このように、ガラ子はまっすぐであった。俺はガラ子と今日子さんとの長期的な幸せを未来に向かって積分し、ガラ子との安定した暮らしに賭けようとしていた。ガラ子は、今自分を包んでいるサマーセーターのぬくもりを選んだのであった。
 日本に戻ってしばらくすると、ガラ子から手紙が来ていた。オーストラリア旅行中の頭痛はバヌアツに戻ったら治ったから心配はいらないとのことであった。俺たちはその後何度か手紙をやりとりし、別れるという方向に軟着陸しようとしていた。俺は自分のまなざしを奪っていた今日子さんの存在については触れず、軟着陸するのにまかせた。
 さて、俺はいったいどのような風景を今日子さんに見せたのだろう。たくさんの写真を撮ったが、ガラ子と一緒にいるときの写真ではなかったことは確かだ。ガラ子がバヌアツに戻ってから一人さまよったオーストラリアの平原の写真だったと思う。その平原には多くの動物がいたのだが、写真には平原しか写っていない。俺としては、多くの生命の可能性が潜んだ平原を、今日子さんに見てもらいたかったのである。今日子さんがそこに見たのは、俺の狡猾さと俺の意志薄弱さと俺の選ぶ度胸のなさだったのかも知れず、このように、俺は今日子さんともだんだんと会えなくなってしまったのであった。俺がそのことにじわじわと気がつきはじめたのは、水村美苗氏の『続明暗』を読んでからであった。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥

著者プロフィール

岡ノ谷一夫

帝京大学先端総合研究機構教授。1959年生まれ。東京大学大学院教授を経て、2022年より現職。著書に『「つながり」の進化生物学』『さえずり言語起源論』などがある。

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