4月14日、アメリカ、フランス、イギリスがシリアへの空爆に踏み切った。あの日からずっと、言葉にならない感情が心の中にうずまいている。その一年前にもアメリカは、化学兵器使用の疑いで、調査結果を待たずミサイル攻撃に踏み切っている。今回の攻撃も結局、化学兵器をシリア政府が使用した確固とした証拠がないまま実行に及んだとCNNが報じている。今のシリアの状況を傍観するべきだ、と言いたいのではない。ただ“本気で”シリアの内戦を解決したいのであれば、これまでも繰り返されてきた虐殺や人道支援を妨げるような砲弾の雨を、なぜ見過ごしてきたのだろうか。そしてトランプ政権になってから増え続けている有志連合軍の空爆による市民の犠牲は、顧みられることがあるのだろうか。“こうするべきだ”という答えが見つからないからこそ、もどかしさが募る。
3月、およそ8年ぶりにシリアの地を訪れた。クルドの人々が実質統制しているシリア北東部、ロジャワと呼ばれる地域だ。取材に協力してくれているシリア人の友人は大の日本好きで、「次は盆栽をお土産に買ってきて!」と言われたときには思わず笑ってしまった。そんな彼から切実な相談を受けたことがある。「自分だけのことを考えれば、僕はずっとここに残るつもりだった。だけど子どもが生まれ、この子の未来を考えたとき、もっと将来を保証された地に行くべきではないかと思うんだ。大好きな日本にはシリア人を受け入れる留学生の制度があるんだろう?」と彼は目を輝かせる。そんな彼の期待を前に、複雑な気持ちがわきあがる。堂々と「おいでよ」と言えない自分がいた。
同じ3月、難民認定を求めた4人のシリア人の訴えを、東京地裁は退けた。理由は「逮捕状や告訴状など、迫害の“客観的な証拠がない”」ということだった。シリアでは内戦前から、逮捕状や告訴状などない不当な拘束や逮捕が横行していると指摘されてきた。戦闘が激化し、社会がより不安定となった今では、ますますそのような事態は増えていると考えるのが妥当ではないだろうか。そんな闇の中に葬られがちな弾圧こそ、難民となった人々が逃れてきたものではないのだろうか。
日本に逃れてきたあるシリア人の友人は、外国人に向けられる不審な目、時にはイスラムに対するあからさまな差別にさらされ、耐えかねて第三国へと再び逃れていった。安全を求めたどり着いた日本に、彼らの思う“平和”はなかったのではないだろうか。
「シリアの現状に、何もできないのでは」と無力感を抱える人々の声を耳にすることがある。たとえ現地に赴けなかったとしても、私たちにできることは足元にある。傷つき、逃れてきた人々が、再び安心して日常を取り戻せる場所を築いていくことだ。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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