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村井さんちの生活

2018年3月6日 村井さんちの生活

突然の入院騒ぎ その3

―No pain, no gain.―

著者: 村井理子

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DAY 14 涙の訴え

 朝一番の巡回で、看護師さんが「気分はどう?」と聞いた時、待ってましたとばかりに「もうダメです」と答えた。看護師さんはびっくりしたような表情で、たった今、ノートパソコンに打ち込んだ、体温と血圧と脈拍のデータに視線を戻し、そして不思議そうに「え、そうなの?」と言った。

「ゆうべは眠ることができなかったです。腹がたって仕方が無いんです」と、一気に吐き出した。「ここまで深刻な状況になってしまったことが、悔しいんです。私、悪いことなんてしてないのに…」 

 静かに聞いてくれていた看護師さんは、とうとう口を開き、「わかるよ。体だけじゃなくて、心だってしんどいよね」と慰めてくれた。そうなんです、その通りなんですと、私は涙ぐみながら訴えた。

 看護師さんが去ってしばらくすると、主治医がやってきた。

「調子がよくないんですってね。わかりますよ、びっくりしちゃいましたよね。とりあえず、しっかりと眠ることができるようにしましょう」と、就寝前に飲む眠剤を処方してくれることになった。

 その日の夜、消灯時間間際になって、私が「アルピニストおじいちゃん」とあだ名をつけた高齢の入院患者が、いつものように、とんでもなく大きな声で叫びだした。

 おーい! ヤッホー! ヤッホォォーィ!

 処方してもらった眠剤を飲み、電気を消した。おじいちゃん、今夜はどこの山に登っているのかなぁと考えながら、緩やかに効き始めた眠剤のうねりのようなものに身を任せた。

DAY 15 Good morning!

 朝の5時。あり得ないほどすっきりと目が覚めた。

 循環器病棟のみなさま、おはようございます! むくみなし! 動悸・息切れなし!

 …と、廊下に飛び出さんばかりの上機嫌だった。前日の大暴走がウソのようだ。

 入院する一ヶ月ほど前から、夜中に咳が出てほとんど眠ることができなくなっていた。これは胸水が溜まったことによるものであり、心不全の典型的な症状だと後から教えてもらった。二週間にわたる入院治療のおかげですっかり心不全の状態から脱しつつあったが、今度は心が揺れに揺れ、眠ることができなくなっていた。しかし、眠剤のおかげで久しぶりにしっかりと寝た私は、たった一晩で心身ともに力を蓄えることができたのだった。

 私が心臓を病んだのは誰のせいでもないのだから、自分自身で乗り越えるしかないと考えを改めた。それに、この弁膜症はたぶん生まれつきのものだ。それが年齢を重ねて悪化したというだけの話だ。

 神様は私の心臓を弱く作った代わりに、効率のいい精神を私に授けてくれたようだった。

 午後に主治医がやってきた。
「あさって、心臓カテーテル検査をします。ご家族への説明がありますし、検査当日に付き添いが必要ですので、明日、だんなさまに来ていただけますか?」

DAY 16 ハンディークリーナーの秘密

 病室に到着するなり、夫が言った。

 「おもちゃみたいに小さな掃除機が届いてるけど、あれ、買ったの? なにあれ、全然パワーないよね」

 二度ほど深呼吸をして、私は答えた。

 「入院する一週間ぐらい前に注文したんですよ。呼吸が苦しかったから、大きな掃除機は使えなくなっちゃってね。ほら、うちは私以外誰も掃除機なんて使わないし、手伝ってもくれないわけだし、いわゆる自己防衛本能というか、病人の知恵ですよね?」

 「…」

 そこへ主治医がやって来て、夫に心臓カテーテル検査の説明をはじめた。

 心臓カテーテルとは、冠動脈の狭窄と心機能の評価のために行う検査だ。首、または足の付け根の静脈からカテーテルという管を心臓の中に入れ、心臓内の圧力を測定したり、ポンプ機能の評価を行ったりする。

 次に、左手首などの動脈からカテーテルを入れ、冠動脈に動脈硬化による狭窄がないかどうか、造影剤を使って撮影するというものだそうだ。

 私はこの心臓カテーテル検査を、過去に二度受けたことがある。先天性の部分肺静脈還流異常という心疾患があった私は、七歳の時に開胸手術を経験しているが、その手術前に行われたのだ。おぼろげではあるが、記憶に残っている。その時は足の付け根からカテーテルを入れたはずである。今回は局部麻酔で首から入れると主治医は言った。

 首から? なんだか嫌な予感がしたが、この検査で今後の治療方針が決まるわけだし、この入院生活においてもっとも重要な検査であることは間違いない。これを避けて通ることはできないのだ。恐れていても仕方が無い。いつものように、「なんとかなるやろ」で納得し、眠剤を飲んで早めに寝た。

 
DAY 17 心臓カテーテル検査

 朝9時。

 前日から、時間前には必ず検査着に着替えておくよう何度も言われていた私は、準備万端の状態でベッドに座っていた。看護師さんが車椅子で迎えに来た。「準備はできてますか?」と聞かれ、私はこくりと頷いた。

 車椅子に座り、看護師さんに押してもらいながら病院内を進む。行ったことがない階の、迷路のような廊下をどんどん進む。進めば進むほど、深刻な雰囲気に包まれている。ちょっと待って、ここって手術室があるところなんじゃないの、それとも何か別の施設かしら…? などと怯えはじめたところで、分厚い鉄のドアの前に到着した。

 中から妙に明るいおじさんが顔を出した。「オッハヨー! 今日はね~、ここで心臓のカテーテル検査をしまぁす」と言われて、ものすごく不安になった。ここで循環器科の看護師さんと別れ、おじさんに車椅子を押されて部屋に入った。そして激しく動揺した。なにこれヤバい、すごいことになってる。

 巨大なモニタに囲まれたシルバーの手術台が部屋の真ん中に配置され、それを中心として、様々な機器が放射状に設置されていた。その向こうには、医師たちが待機するガラス張りのスペースもあった。とても広い空間だ。ああこれは、いわゆるアレだ、手術室だ。何人もの技師たちが忙しそうに動き回っている。

 そこへさきほどのおじさんがやってきて、「じゃあ、お名前確認しまーす! よろしく、おっねがいしまぁーす!」と言った。

 「村井理子です」

 「はぁい、確認できましたぁ~!」…って、大丈夫か、この人!?

 手術台に寝るよう指示され、顔を左側に向けて下さいと言われる。その通りにすると、首の右側に消毒液をたっぷり塗られた。「布をかけますね」という看護師の声と同時に、患部だけ露出するよう切り取られた、少し厚手の緑の布が私の上半身にかけられた(ドラマでよく見るアレだ)。

 「麻酔しますよ」と、主治医の声がした。いつの間にか、彼女は手術台の横に立っていた。「ちょっとだけ痛いです…」と聞こえた瞬間、死ぬほど痛い。首に深々と針が突き立てられた(ような気がした)。ぐぐぐっと、渾身の力で針が差し込まれる感覚だ。とても可憐で物腰柔らかな主治医は、本気を出すと怖い人であることを悟った。

 「麻酔、もう少し追加しますね」と、主治医の天使のような声。やってることとのギャップがすごすぎる。再び、太い針を首に垂直に突き立てられているような感覚がして、痛みというよりは、その非現実的な状況に全身がガタガタと震えそうになる。

 「それでは検査を開始します!」 

 主治医が手術室にいるスタッフ全員に声をかけた。「ちょっと押されるような感覚がありますけど、頑張って下さいね」と、囁くような声で主治医は私に言った。次の瞬間、思わず声が出そうになった。

 ンギャアアアアアアア!!!!!!

 すごく長くて固い何かが、力一杯、首に押し込まれているのだ!一切容赦しない主治医は、あまりの衝撃に焦る私を無視してどんどん作業を進めていく。酷い。痛い。残酷過ぎる。これよりも強い痛みは何度か経験したことがあるが、この「何かが首に力一杯押し込まれる」違和感は強烈なものだ。私の人生で、もっとも衝撃的で苦痛を伴う瞬間だった。

 首への強い圧迫感に呼吸が苦しくなる。両目をぎゅっとつぶるしかない。額に脂汗が滲む。とにかく耐えるしかないと我慢するが、一分一秒がここまで長く感じられる経験は初めてだった。しばらく耐えていると主治医の「抜きますね」という声がした。直後、首からカテーテルがずるりと抜かれ、傷口に大きなテープが貼り付けられた。ご、拷問や…。

 次は左手首だ。手首はマシだろうと思っていたが、それは大きな間違いだった。ズズズッ、ズズッと、腕の内側を管が這って進むのがわかる。痛みはないが、その感覚が恐ろしい。とにかく一刻も早く終わってくれ、頼む、お願いしますと念じて30分、やっとのことでカテーテル検査はすべて終了した。

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考える人とはとは

 はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう―。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか―手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。

「考える人」編集長
金寿煥


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