大学に入学して間もない時だった。新入生同士が一人一人自己紹介をし、和気あいあいとした空気の中、一人の男の子がふざけ半分にこう言った。「俺、男が好きやからー!」と。本当は彼自身はゲイではないという。ただ“笑い”を誘おうと放った言葉だった。彼の思惑通り、何人かがけらけらと可笑しそうな声をあげ、そしてまた何ごともなかったかのように時が過ぎて行った。
休憩時間に入ったときだった。ふと窓の外に目をやると、さっきまで輪の中にいた一人の女の子が、車の陰に隠れるようにうずくまっているのが見えた。肩が震えていた。泣いているのだとすぐにわかった。
彼女は恋愛対象として、女性を好きになる人だった。あの時、男の子の自己紹介を聞いて、「私が人を好きになることは、人から笑われるようなことなんだ」、とその場から消えたいとさえ思ったのだという。
あの時はまだ、LGBTという言葉を知る人は少なかった。自分の身近にそういった人たちがいることも、何気ない言葉に傷つくことがあることも、知らない人が大半だったと思う。そして私も、その一人だった。
10年以上の時が経ち、2018年になった。いまだ“生産性”という「ものさし」で人を測り、性的少数者である自分を肯定することを「不幸」と決めつける言葉が、力を持っている。というよりも、そうした言葉を放ってしまう人が権力を有することを、容認される社会がここにある。
私の友人がLGBTと呼ばれる人々のすべてを代表するわけではない。けれども彼女は、「無知」が差別を呼ぶことを教えてくれた。学び続けなければならない理由はそこにあるはずだ。私も、そして“あの言葉”を放った、杉田議員も。
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安田菜津紀
1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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とは
はじめまして。2021年2月1日よりウェブマガジン「考える人」の編集長をつとめることになりました、金寿煥と申します。いつもサイトにお立ち寄りいただきありがとうございます。
「考える人」との縁は、2002年の雑誌創刊まで遡ります。その前年、入社以来所属していた写真週刊誌が休刊となり、社内における進路があやふやとなっていた私は、2002年1月に部署異動を命じられ、創刊スタッフとして「考える人」の編集に携わることになりました。とはいえ、まだまだ駆け出しの入社3年目。「考える」どころか、右も左もわかりません。慌ただしく立ち働く諸先輩方の邪魔にならぬよう、ただただ気配を殺していました。
どうして自分が「考える人」なんだろう――。
手持ち無沙汰であった以上に、居心地の悪さを感じたのは、「考える人」というその“屋号”です。口はばったいというか、柄じゃないというか。どう見ても「1勝9敗」で名前負け。そんな自分にはたして何ができるというのだろうか――手を動かす前に、そんなことばかり考えていたように記憶しています。
それから19年が経ち、何の因果か編集長に就任。それなりに経験を積んだとはいえ、まだまだ「考える人」という四文字に重みを感じる自分がいます。
それだけ大きな“屋号”なのでしょう。この19年でどれだけ時代が変化しても、創刊時に標榜した「"Plain living, high thinking"(シンプルな暮らし、自分の頭で考える力)」という編集理念は色褪せないどころか、ますますその必要性を増しているように感じています。相手にとって不足なし。胸を借りるつもりで、その任にあたりたいと考えています。どうぞよろしくお願いいたします。
「考える人」編集長
金寿煥
著者プロフィール
- 安田菜津紀
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1987年神奈川県生まれ。認定NPO法人Dialogue for People(ダイアローグフォーピープル/D4P)フォトジャーナリスト。同団体の副代表。16歳のとき、「国境なき子どもたち」友情のレポーターとしてカンボジアで貧困にさらされる子どもたちを取材。現在、東南アジア、中東、アフリカ、日本国内で難民や貧困、災害の取材を進める。東日本大震災以降は陸前高田市を中心に、被災地を記録し続けている。著書に『写真で伝える仕事 -世界の子どもたちと向き合って-』(日本写真企画)、他。上智大学卒。現在、TBSテレビ『サンデーモーニング』にコメンテーターとして出演中。
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